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「文学的」な死

2015.10.07(21:38)

 8月3日(月)

 会社にいった。


 8月4日(火)

 会社にいった。


 8月5日(水)

 会社にいった。


 8月6日(木)

 会社にいった。


 8月7日(金)

 会社にいった。


 8月8日(土)

 ねむっていた。


 8月9日(日)

 トドを殺すな。


 8月10日(月)

 会社にいった。


 8月11日(火)

 会社にいった。


 8月12日(水)

 会社にいった。


 8月13日(木)

 会社にいった。


 8月14日(金)

 会社にいった。


 8月15日(土)

 ねむっていた。


 8月16日(日)

 角がはえてきた。


 8月17日(月)

 会社にいった。


 8月18日(火)

 会社にいった。


 8月19日(水)

 会社にいった。


 8月20日(木)

 会社にいった。


 8月21日(金)

 会社にいった。


 8月22日(土)

 ねむっていた。


 8月23日(日)

 ねむっていなかった。


 8月24日(月)

 会社にいった。


 8月25日(火)

 会社にいった。


 8月26日(水)

 会社にいった。


 8月27日(木)

 会社にいった。


 8月28日(金)

 会社にいった。


 8月29日(土)

 ねむっていた。


 8月30日(日)

 レム睡眠だった。


 8月31日(月)

 会社にいった。


 9月1日(火)

 会社にいった。


 9月2日(水)

 会社にいった。


 9月3日(木)

 会社にいった。


 9月4日(金)

 会社にいった。


 9月5日(土)

 ねむっていた。


 9月6日(日)

 会社にいった。金曜日に課長に、日曜日これる、と訊かれて、はあ、と言ってしまったのが最大の失策だった。日曜日に会社にいくとみんながおかしをくれる。


 9月7日(月)

 会社にいった。


 9月8日(火)

 会社にいった。


 9月9日(水)

 会社にいった。


 9月10日(木)

 会社にいった。


 9月11日(金)

 会社にいった。


 9月12日(土)

 ねむっていた。


 9月13日(日)

 死体のふりをしていた。


 9月14日(月)

 会社にいった。


 9月15日(火)

 会社にいった。


 9月16日(水)

 会社にいった。


 9月17日(木)

 会社にいった。


 9月18日(金)

 会社にいった。


 9月19日(土)

 ねむっていた。
 

 9月20日(日)

 佐藤友哉「デンデラ」を読んだ。


「一つ、質問してもいいか」
「なんだ」
「お前はなんのために生きている?」
「なんのため」何者かは言葉をくり返しました。「そうだな……殴りつけてやりたくて生きているんだろうな」
「誰をだ」
「誰もかれもだ」

 

 主人公は70歳をこえた老婆だけれど、作品の構造的にはどこかしら教養小説のような響きが感じられた。たんじゅんにいってしまえば、この小説は彼女が「言葉」を獲得するまでの過程を描いた小説で、村という絶対的な体制のもとで生きてきた彼女はデンデラで暮らすようになってはじめて「言葉」を持つように強いられる。うえで引用した「何者か」の言葉はきわめて「文学的」だと思う。主人公の老婆にはこういう言葉を放つことはできない。「何者か」の言葉の意味はせいぜい体制だとか理不尽な世界への怒りといった程度のものでしかないかもしれない。でも「文学的」な言葉の意味は解釈によって生成されるものではなく、その意味内容をつきつめていったとしてもなにかがわかるわけではないと思うし、すくなくともわたしはそういう行為に価値は感じない。「文学的」な言葉の価値はそれが発されるということのみによってのみ存在していて、それはけっきょくのところ表現のための表現なのかもしれないけれど、すくなくともわたしたちが無意味だったり無価値だったりしてでもわたしたちが無意味だったり無価値のままで生きていけるような、たとえばそういうありかたをしているように思う。主人公の老婆は最後には死を選ぶ。でも、もちろんその死は彼女が姥捨山に捨てられたような死とはちがう。彼女は「文学的」に死んだんだと思う。


 9月21日(月)

 早稲田松竹にいってジャン・ルノワール「ピクニック」とロベール・ブレッソン「美しい女」を見た。たとえばわたしは「ピクニック」のような映画がリアルなのか、ということはわからない。彼らは現実においてそういうしゃべりかたをしたり、そういう表情をしたんだろうか。ジャック・ロジエ「オルエットの方へ」を見ればたとえばわたしはそこにリアルなものを感じるけれど、そこで感じるリアルさはそこで描かれていることが現実的なものと似ているからだろうという気がする。現実的なものと似ている、というものが一般的にわたしたちが感じるリアルさの基準になっているのであれば、すくなくとも「ピクニック」はリアルではないだろう。けれど「ピクニック」がつまらないかといったらそうでもなく、すくなくともブレッソンの「美しい女」よりは「ふつうの映画を見ている」という気持ちになる。問題は、おそらくはわたしたちがルノワールが「ピクニック」という映画をどういう感覚を抱いて撮っているのか、ということで、たぶん、それはもう失われたものだと思う。いま生きている映画監督のだれが撮ってもおそらくはもう「ピクニック」のような映画にはなりえないだろうと思う。「ピクニック」のなかのひとびとはわたしたちが知っている現実のにんげんのありようとくらべてたんじゅんに見えてしまう。けれど、ルノワールが「ピクニック」のなかのひとびとのようにたんじゅんだったわけではぜったいにない。重要なことは、かりに「ピクニック」のなかのひとたちがにんげんとしてたんじゅんなように見えたとしたら、それはなにによってそう見えているんだろうか、ということだと思う。そして、「ピクニック」という作品が映画としてある以上、それはすべて外面的なものによってそう感じられている、としかわたしには考えられない。わたしたちが「ピクニック」のなかのひとびとのことを想像するとき、おそらくそこに複雑なものを持ちこむのは困難だろう。それは、そう考えることが困難な映像がうつしだされているからという、ただそれだけの理由でしかないだろう。そして、そういう映像を撮るということは現在においてはわたしたちが考えるよりもきっとむずかしいんだろう。ブレッソンの「美しい女」において、あきらかにわたしたちはそこにうつしだされたもの以上のことを考えているはずだ。そしてそれも「美しい女」がブレッソンによってそう撮られているからというだけの理由でしかない。わたしは「ピクニック」をたんじゅんなものとして見たし、そう見る以外にわたしにはおそらくもうやりようはないのだろうけれど、わたしがそう見ているから「ピクニック」というものとしてあるし、だから、映画がスクリーンにうつされているとき、わたしたちが見ているのはわたしたちのまなざしであって、その映画ではないんだろう。
 実家に帰った。ペルー人の話を聞いた。殊能将之「鏡の中は日曜日」を読んだ。
 

 9月22日(火)

 小林泰三「臓物大展覧会」を読んだ。おもしろかった。麻耶雄嵩「鴉」を読んだ。おもしろかった。
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感情を欲するという感情

2015.09.20(23:20)

 5月20日(水)

 会社にいった。


 5月21日(木)

 会社にいった。


 5月22日(金)

 会社にいった。


 5月23日(土)

 ねむっていた。


 5月24日(日)

 ふかくねむっていた。


 5月25日(月)

 会社にいった。


 5月26日(火)

 会社にいった。


 5月27日(水)

 会社にいった。


 5月28日(木)

 会社にいった。


 5月29日(金)

 会社にいった。


 5月30日(土)

 ねむっていた。


 5月31日(日)

 ともだちと競馬にいった。快勝した。負けたら生活費がまったくなくなるからいのちがけだった。


 6月1日(月)

 会社にいった。


 6月2日(火)

 会社にいった。

 
 6月3日(水)

 会社にいった。

 
 6月4日(木)

 会社にいった。


 6月5日(金)

 会社にいった。


 6月6日(土)

 ねむっていた。


 6月7日(日)

 さなぎのようだった。


 6月8日(月)

 会社にいった。


 6月9日(火)

 会社にいった。


 6月10日(水)

 会社にいった。


 6月11日(木)

 会社にいった。


 6月12日(金)

 会社にいった。


 6月13日(土)

 ねむっていた。


 6月14日(日)

 友達とSTスポットまでいって山縣太一×大谷能生「海底で履く靴には紐が無い」を見た。海底ではく靴にはひもがないんだなあと思った。


 6月15日(月)

 会社にいった。


 男たちはKを地面に坐らせ、石に凭れかからせ、頭を上向きにのせた。かれらが非常に苦心したにもかかわらず、またかれらの意のとおりにしようとKが努めたにもかかわらず、彼の姿勢は信じられぬぐらい無理のあるものだった。そこで一人の男がもう一人にむかって、Kを横たえる作業をしばらく自分一人に任せてくれと頼んだが、それでも事情はよくならなかった。ついにかれらはKをある状態に置いたが、それでさえこれまでなされた状態のうち一番いいものとは言えなかった。
 ――カフカ/審判


 カフカのこの描写はわたしにはとても簡潔でいて明晰な文章に思えてしまうけれど、それでも、けっきょくのところKがどんな状態におかれたのかこの文章から理解することはわたしたちにはできない。重要なことは、最終的なかたちでさえ不明瞭でありながらそれでもなおこの文章が簡潔さや明晰さを、すくなくともわたしにはつたえるということだと思う。この文章はたしかにある種類のグロテスクなものやぶきみなものをふくんでいるように思えるけれど、でもそれらはたとえばわたしたちが想像するKのかたちからくるものではないように思う。グロテスクだったりぶきみだったりするのは、おそらくはけっきょくKがどんな状態におかれたのかすら描かないでいながらそれを結果として断定してしまっているからで、そしてきっと、そこに描かれていることは「あるものがある」というきわめてたんじゅんな現実性だという気がする。「あるものがある」ということは、その「あるもの」の存在を無条件に断定してしまうことで、たとえわたしたちがKがどんな状態にあるのか曖昧な状態としてしか認識できないでいても、それはもう「あるもの」としてとらえしかないんじゃないかと思う。それは描写がたりていないとかあるはずがないものがあるとかそういう問題以前のきわめて断定的な「ある」というありかたで、わたしたちがおどろくのはただ「あるものがある」という冷徹な事実なのかもしれない、と思う。リアリティ、という言葉が小説だけではなくて創作物全般にたいしてふつうに言われていて、でもそれはたぶん描写のこまかさとかそういうことではなくて、ただ「あるものがある」といういってんにかかわっているように思う。それでも、たいていの場合わたしたちはただそこに「あるものがある」というたんじゅんな事実に自信が持てなくて、そこにたくさんの意味やゆたかな感情を創造しようとしている。わたしにはそれがまちがっていると言う勇気なんてないけれど、それでもそれらの姿勢のうらにはその創作が虚構にすぎない、という意識はあるだろうという気がする。たんじゅんな話として、創作というものをしようとするときの創造過程は、虚構の舞台やひとがあってでもそれだけではだめからそこにたくさんの意味やゆたかな感情で肉づけしていく、というかたちでとらえられるのかもしれない。でもそうやってできあがった舞台やひとはけっきょくは肉づけされた虚構のままなのかもしれなくて、そしてわたしたちがその作品の深さについて語るとき、わたしたちはそうやってつけられた肉の厚さをはかっているだけなのかもしれない、とときどき思う。
 

 6月16日(火)

 会社にいった。
「あるものがある」ということはある種の究極的な断定で、そこにおいて根拠や理由、つまりそれがそこに存在することの意味を問うことに価値はないように思う。だから、というわけではないけれど、わたしは「自分は○○のために生まれてきた」ということにたいしての価値は感じられなくて、それはぎゃくに虚構的なように思う。
 

 6月17日(水)

 会社にいった。
「あるものがある」ということは「そうであるようなものがそうである」ということとはたぶんちがっていて、感情や価値観の絶対化ではない、と思う。絶対的な感情と絶対化された感情はおそらくちがうものとしてあって、感情を信じることと感情の存在を信じることもまたちがうことだと思う。


 6月18日(木)

 会社にいった。


 6月19日(金)

 会社にいった。
 ヴォネガット「ガラパゴスの箱舟」を読んだ。


 6月20日(土)

 舞城王太郎「淵の王」を読んだ。


 6月21日(日)

 夏目漱石「彼岸過迄」を読んだ。


 千代子は広い本堂に坐っている間、不思議に涙の何もでなかった。叔父叔母の顔を見てもこれといって憂に鎖された様子は見えなかった。焼香の時、重子が香を撮んで香炉の裏へ燻るのを間違えて、灰を一撮み取って、抹香の中へ打ち込んだ折には、可笑しくなって吹き出した位である。式が果てから松本と須永と別に一二人棺に附き添って火葬場へ廻ったので、千代子は外のものと一所に又矢来へ帰ってきた。車の上で、切なさの少し減った今よりも、苦しい位悲しかった昨日一昨日の気分の方が、清くて美くしい物を多量に含んでいたらしく考えて、その時味わった痛烈な悲哀を却って恋しく思った。


 僕は常に考えている。「純粋な感情程清く美くしいものはない。美くしいもの程強いものはない」と。強いものが恐れないのは当り前である。僕がもし千代子を妻にするとしたら、妻の眼から出る強烈な光に堪えられないだろう。その光は必ずしも怒を示すとは限らない。情の光でも、愛の光でも、若くは渇仰の光でも同じ事である。僕はきっとその光の為に射竦められるに極っている。それと同程度或はより以上の輝くものを、返礼として彼女に与えるには、感情家として僕が余りに貧弱だからである。


 漱石が書いていることはわたしにとってはとてもせつじつなことのように思うけれど、わたしはそれについてはたくさんは書かない。でもそれはたぶん須永が言うようにとてもたんじゅんなことのように思う。
 わたしたちは感情を欲しているし、感情を欲しているということすらもひとつの感情としてあるだろう。そして、感情を欲しているということはわたしたちが求めているその感情よりもはるかに醜く、醜さを通過しないかぎりその感情を手にいれることはできない。
 TS「OtoZ」をやった。


 6月22日(月)

 会社にいった。


 6月23日(火)

 会社にいった。


 6月24日(水)

 会社にいった。


 6月25日(木)

 会社にいった。


 6月26日(金)

 会社にいった。


 6月27日(土)

 TS「OtoZ」をやった。


 6月28日(日)

 TS「OtoZ」をクリアした。もうなんどもやっているんだけれど、ほんとうにいまさら、これ「オズの魔法使い」のパロディなんだと気づいた。
 


 6月29日(月)

 会社にいった。


 6月30日(火)

 会社にいった。


 7月1日(水)

 会社にいった。


 7月2日(木)

 会社にいった。


 7月3日(金)

 会社にいった。


 7月4日(土)

 TS「昴の騎士」をやった。


 7月5日(日)

 TS「昴の騎士」をクリアした。わたしはこれはもう4回くらいやっているけれど、ほんとうにゲームとしてしんそこおもしろいと思う。
 TS「闇鍋企画」がわたしにはわからなくて途中でやめてしまったんだけれど、なんとなく、「闇鍋企画」のようなコンセプトでおもしろいものをつくるのはたぶんむずかしいだろうという気がしている。「魔法少女」にたいして、わたしは「登場人物たちがなにかを考えているから、わたしたちは彼女たちがなにを考えているかわからない」ということを言った。それは、登場人物たちがあらかじめあたえられた設定を踏襲するのではなく、その都度生成されている、という感じをあたえる、ということだと思う。「闇鍋企画」ではたとえばティエラが登場すると、あえて仲間に「毒舌だ」というようなことを言わせる。それはすでに登場人物の生成ではない。「昴の騎士」という作品のなかでティエラ自身がなしとげたことを確認しているだけだ。TSというひとはおそらくは「闇鍋企画」を二次創作というかたちで制作している。そして、たぶんそのことに自覚的なんだろう。だから「闇鍋企画」は物語ではないのだけれど、そういうものをわたしはどううけとめたらいいのかよくわからないままだ。


 7月11日(土)

 エクセシオール・カフェにいってカズオ・イシグロ「忘れられた巨人」を読んだ。そのあとMOVIXで園子温「リアル鬼ごっこ」を見た。全国の女子高生たちが鬼から逃げながらなおぼろぼろに殺されていく話だと思っていたけれど、鬼もいないし、それどころじゃなく鬼ごっこもしていなかった。予告編は鬼ごっこっぽくつくってあるけれど、予告編をつくったひとも、どうしたものかこれ、と思っていたんじゃないかと思う。ほんとう、どうしたものかこれ。


 7月12日(日)

 ドトールにいって前田司郎「グレート生活アドベンチャー」の表題作を読んだ。


 僕がそれでも眠くなって、目を閉じていたら加奈子が言った。
「あのさ、将来に対する不安とかないの?」
「例えば?」僕はよくわからなかったので、加奈子にしゃべらせて、僕も同じだ、と言おうと思った。
「例えばって、例えたら別のものになっちゃうじゃん」
 意味がわからなかった。
「そういうもんなの」
「働く気とかないの?」
「働く気はないよ」
「働かないでどうやって暮らしていくのよ」少し怒っている。
「うん、どうやって暮らしていったらいいのかな?」
「知らないわよ」
「そうか」
「あんたなんでそんなに悩みなく生きられるの?」
「あるよ」
「何よ」
「地球温暖化とか」
 加奈子は黙った。それで、また縫い物を始めた。しばらく続けていたみたいだ、僕は半分眠っていた。
「私、死にたいと思うこともあるよ」
 そんなことを言った。僕は無視するのも悪いと思って一応「なんで?」と訊いた。
 加奈子はながく考えてから「未来が怖い」という意味合いのことを言った。僕は随分スケールのでかい恐怖だと思った。



 このとき「僕」は「僕」自身にも加奈子にも興味を持っていないように見える。「少し怒っている」という文章があるけれど、それは会話文のついでにさらりとつけくわえられた、という程度のもので、「加奈子が怒る」という事象がたんに事象としてしか「僕」にはとらえられていない。「だれかを怒らせる」という行為にはそのだれかを怒らせてしまった、あるいは傷つけてしまったことへの罪悪感とかそれからのやりとりに対する不安な気持ちとかがあるはずだけれど、「僕」にはそういうものがいっさいない。それらの気持ちが人間関係と呼ばれるもののなかで生まれるのであれば、「僕」がこの場面で加奈子にたいしておこっているものはすでに人間関係とは呼べない。


 僕は無視するのも悪いと思って一応「なんで?」と訊いた。


「無視するのも悪い」と思って会話をつづけること、「僕」はそれを加奈子への思いやりととられているように思う。「僕」は「無視するのも悪い」と思って会話をつづけることの本質的な残酷さに目を向けようとはしていない。でも、おおかれすくなかれわたしたちの会話というものはそういうかたちでなりたっていて、それは「だれかを怒らせる」といいうことにたいしての「僕」の気持ちよりもたぶんまだ人間関係的だと思う。重要なことはおそらく「僕」が「僕」として完結していることで、おそらくは「僕」は加奈子が「少し怒っている」ということが自分と関係しているなにかだと思ってはないだろうということで、そして、けっきょくのところ、「無視するのも悪い」と思って会話をつづけることというありかたは、「僕」と加奈子の関係性を無視することでなりたっているように見える。だから、「僕」は加奈子の言葉の意味を問おうとしない。それを問いはじめたあと、けっきょく彼らは彼らの関係性にふれてしまわざるをえないだろう。


「私、死にたいと思うこともあるよ」
 そんなことを言った。僕は無視するのも悪いと思って一応「なんで?」と訊いた。



 この場面の「なんで?」は問いではない。そして加奈子も感覚的にそれを理解していて、その問いを問いとして答えてはいない。彼らは会話を交わしているけれど、それでなんらかの意味や気持ちをたがいに疎通しあっているわけではないように思う。重要なことは、それでも彼らがなにかを疎通しあっているようにだけは見えることだと思う。彼らはでも実際にはなにも疎通しあっているわけじゃないかもしれない。「僕」が考えていること、やっていることはとてもひとりよがりで「僕」のなかで完結しているようにも思えることだけれど、その「『僕』のなかの完結」ですらもなにかと響きあってしまう。というより、おそらくは響きあうことをわたしたちは求めてしまっている。


 7月13日(月)

 会社にいった。


 7月14日(火)

 会社にいった。


 7月15日(水)

 会社にいった。


 7月16日(木)

 会社にいった。


 7月17日(金)

 会社にいった。


 7月18日(土)

 ねむっていた。


 7月19日(日)

 ふぐのようにねむっていた。


 7月20日(月)

 会社にいった。


 7月21日(火)

 会社にいった。


 7月22日(水)

 会社にいった。


 7月23日(木)

 会社にいった。


 7月24日(金)

 会社にいった。


 7月25日(土)

 ねむっていた。


 7月26日(日)

 牛のようにねむっていた。


 7月27日(月)

 会社にいった。


 7月28日(火)

 会社にいった。


 7月29日(水)

 会社にいった。


 7月30日(木)

 会社にいった。


 7月31日(金)

 会社にいった。


 8月1日(土)

 ねむっていた。


 8月2日(日)

 どじょうのようにねむっていた。




物語の場所

2015.07.12(23:35)

 4月16日(木)

 会社にいった。


 4月17日(金)

 会社にいった。


 4月18日(土)

 お友達と遊んだ。マリオがいた。


 4月19日(日)

 さばの数をかぞえた。


 4月20日(月)

 会社にいった。


 4月21日(火)

 会社にいった。


 4月22日(水)

 会社にいった。


 4月23日(木)

 会社にいった。


 4月24日(金)

 会社にいった。


 4月25日(土)

 知らない階段を見つめていた。


 4月26日(日)

 砂漠が壊れていた。


 4月27日(月)

 会社にいった。


 4月28日(火)

 会社にいった。


 4月29日(水)

 記憶がない。


 4月30日(木)

 会社にいった。


 5月1日(金)

 会社にいった。


 5月2日(土)

 「らんだむダンジョン」をやった。


 5月3日(日)
 
 「らんだむダンジョン」をやった。


 5月4日(月)
 
 「らんだむダンジョン」をやった。


 5月5日(火)

「らんだむダンジョン」をやった。
 更新後のクレジットカード一体化型のキャッシュカードがずっとまえにとどいていたんだけれど、めんどうくさくてずっとふるいものをつかっていたら、とうとうつかえなくなった。


 5月6日(水)

「らんだむダンジョン」をやった。
 あたらしいキャッシュカードにきりかえようと思ってあたらしいキャッシュカードをさがしたけれど、なかった。まだ封筒すらあけていないはずだからないはずがないのに、家のなかのあらゆる場所をさがしてもなかった。じゅうたんをめくってもない。やばい、と思いつつ部屋のなかをぐるぐるぐるぐるとまわりつづけて、これはもうないってことだ、と思って銀行に電話をして再発行してもらうことにした。口座をとめたほうがよい、と言われて、はい、はいとうなずいていたら口座がとまった。よかったよかったと思ったけれど、その20秒後くらいに、再発行まで俺手持ちのお金で生きのびなきゃじゃん、と思った。2000円しかないじゃん、と思った。


 5月7日(木)

 会社にいった。友達に、カードなくした、と言ったら、さいこうの貯金じゃん、と言われた。
 手持ちのお金がほとんどなくなったので、ずっとまえにつくったきりまったくつかっていないべつの口座をのぞいたら、奇跡的に3万円もはいっていた。大金!


 5月8日(金)

 会社にいった。友達に、僕きのうさいこうの貯金じゃんってさんざんばかにしてたんだけど、なんか僕もカードなくしてた、と言われた。さいこうの貯金じゃん、と思った。


 5月9日(土)

「らんだむダンジョン」をやった。裏ボスまで倒した。


 5月10日(日)

「らんだむダンジョン」をやった。ゴールデンウィーク中、さっくりやって実家に帰ったりしていろいろやろうかと思っていたけれど、やってもやっても終わらないで、ついにゴールデンウィークが終わっても「らんだむダンジョン」は終わらなかった。だいたい寝ておきて「らんだむダンジョン」をやっての生活サイクルをくりかしていて、もう100時間くらいやったはずなのにどうして終わらなかった。最後までやろうと思って、裏ボス後のおまけイベントみたいなものをやっていたけれど、なぜかきゅうに燃えつきてすべてのやる気を失った。
「らんだむダンジョン」の欠点はやはりおもしろすぎるということだろうか。あやうく一生部屋からでられない身体になってしまうところだった。ローグライクな設計のRPGだから世界観は圧倒的にせまくて、やっていることはほとんど村とそこに隣接しているダンジョンの往復だけでしかない。それにもかかわらずこのゲームはとてもおおきな、たぶんそれは「ゆたかさ」と呼べるものに満ちているように思う。ふつう、「物語」と「登場人物」と呼ばれるものをわたしたちはある程度別個なものとして考えていて、だから、物語は登場人物の外部にあるもの、あるいは登場人物は物語の内部にあるもの、というかたちで認識される。けれど、たとえばこのゲームのアイテムや装備品に書かれたコメント、それじたいはときとしてたしかにひとつの物語としてあって、しかもそれは主人公たちの物語にはほとんど関係すらしないけれど、その物語が彼らの外部にある、というふうにはわたしには感じられなかった。それは、おそらくはアイテムや装備品につけられたコメントをわたしたちが個々のものとしてうけとっているんじゃなくて集合的イメージとしてうけとっているから、というふうにわたしには思える。もしかしたらそんなふうな集合的イメージを物語とはだれも呼ばないのかもしれないけれど、物語を語る、ということは本来的にはそういうことだとわたしは思うし、そうじゃない物語なんてどんなにおおきな物語だったとしても、それぞればらばらにつくられた「設定」でしかない。


 5月11日(月)

 会社にいった。またべつの友達に、銀行のカードなくした、と言ったら、まずいじゃん、今月末競馬いくんだから、と言われた。ずっとまえに競馬いくと約束していたけれど、すっかりわすれていた。いや、でもむしろそこで勝てばすべてが解決するよね、と言った。


 5月12日(火)

 会社にいった。


 5月13日(水)

 会社にいった。


 5月14日(木)

 会社にいった。


 5月15日(金)

 会社にいった。


 5月16日(土)

「らんだむダンジョン」のボスをいちおうぜんぶ倒そう、と思ってやりはじめたけれど、燃えつきたみたいでちっともやる気がおきなくて、ふて寝した。


 5月17日(日)

 なにもしなかった。ほんとうになにもしなかった。


 5月18日(月)

 会社にいった。


 5月19日(火)

 会社にいった。病院いったり公共料金はらったり煙草を買ったりしていたらあっというまにお金がなくなった。これはまずい、ほんとうにまずい、と思って親にこれこれの口座にお金をふりこんでください、とメールをしたら電話がかかってきて、オレオレ詐欺かと思った、と言われた。




100%成立しえたハッピーエンド

2015.04.15(22:57)

指の骨指の骨
(2015/01/30)
高橋 弘希

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 イヌハル「箱庭物語 海の祈り」
 以上の物語内容に結末をふくめて言及しています。


 3月9日(月)

 会社にいった。


 3月10日(火)

 会社にいった。


 3月11日(水)

 会社にいった。帰って、河出書房新社にいった。


 3月12日(木)

 会社にいった。謎の胃痛におそわれ、会社から逃げかえった。病院にいったら、原因はわかりません、と言われた。血をぬかれた。


 3月13日(金)

 会社をやすんだ。ぬかれた血のよしあしを聞きにいったら、肝臓がよくない、と言われた。


 3月14日(土)

 小説を書いた。


 3月15日(日)

 小説を書いた。


 3月16日(月)

 会社にいった。


 3月17日(火)

 会社にいった。


 3月18日(水)

 会社にいった。


 3月19日(木)

 会社にいった。


 3月20日(金)

 会社にいった。
 友達が、人生で生まれてはじめて救急車にのった、と言っていた。これは救急車を呼んでいいほどの苦痛なのだろうか、と逡巡していたと言っていた。病院で、原因はわかりません、と言われたと言っていた。


 3月21日(土)

 朝おきて、ドトールにいって小説を書いた。それから、モスバーガーにいって小説を書いた。そのあいまに、高橋弘希「指の骨」を12ページまで読んだ。
 わたしたちはおそらくは作家の文章が持つ特徴を普遍的な言葉で語ることはできない。「あたたかい文章」というものは、すくなくともわたしがそう思う文章を書く作家はいるけれど、あのひともそうだし、あのひともそう、ということにしかけっきょくは向かっていかないと思う。


 その年若い白人兵はきょとんとして、穴の縁から顔を出す私の姿を、青い瞳で見つめていた。私は引鉄を引いた。銃弾は若者の白い首の根に減り込み、彼は英語で鳥の鳴き声のように何か喚き、血液の溢れる首筋を掌で押さえたまま、後方へと倒れた。死んだ。西日の草地に黒い血が広がっていく。私はそれを見届けると、再び穴の中へと引き返した。

 
 文意だけをとろうとするのであれば、このいちれんの文章にぽつんとおかれた「死んだ。」という文章は不要となるように思う。「銃弾は若者の白い首の根に減り込み、彼は英語で鳥の鳴き声のように何か喚き、血液の溢れる首筋を掌で押さえたまま、後方へと倒れた。西日の草地に黒い血が広がっていく。」という文章でなまなましさは通常ではつたわるように思う。だから、「死んだ。」という文章は「意味」ではない、とわたしは思う。それは文意をつたえてはいなくて、そのかわりに「なにか」を端的につたえている、そしてその「なにか」だけが重苦しい、過剰な読点でいちいちたちどまりつづけるこの文章におそらくはせつじつさをあたえている。これはたとえだけれど、「死んだ。」という表現の文意ではないものが、文章に流れているように思う。
「死んだ。」というのはいったいなんだろうか。「私」にとって白人兵の死は「死んだ。」と表現できるほどの事実性を持っているんだろうか。そして、白人兵が「死んだ。」ということが、「後方へ倒れた」と「黒い血が広がっていく」というふたつの事実以上に「私」に重要な価値をもたらすんだろうか。けれど、この小説のすくなくともここまでの部分は、その価値をもたらす、という意識のなかで書かれている。


 3月22日(日)

 小説を書いた。


 3月23日(月)

 会社にいった。帰って小説を書いた。


 3月24日(火)

 会社にいった。帰って小説を書いた。


 3月25日(水)

 会社にいった。帰って小説を書いた。


 3月26日(木)

 会社にいった。帰って小説を書いた。


 3月27日(金)

 会社にいった。帰って小説を書いた。


 3月28日(土)

 小説を書いた。


 3月29日(日)

 小説を書いた。


 3月30日(月)

 会社にいった。小説を書いた。


 3月31日(火)

 会社にいった。小説を書いた。


 4月1日(水)

 会社にいった。小説を書いた。


 4月2日(木)

 会社にいった。帰ってイヌハル「箱庭物語 海の祈り」をひさしぶりにやった。

 4月3日(金)

 会社にいった。帰ってイヌハル「箱庭物語 海の祈り」をやった。


 4月4日(土)

 イヌハル「箱庭物語 海の祈り」をやった。
 まえにも書いたかもしれないけれど、批難するというわけではなく、この作品の最大の特徴はハッピーエンドからバットエンドへの作者の恣意的なすりかえにあると思う。100%成立しえたハッピーエンドを「無意味」にすりかえた場所にこのバットエンドは存在していて、その存在過程がこのバットエンドにとてもつよい印象をあたえている。重要なことは、このバットエンドの性質が「100%成立しえたハッピーエンド」の性質をなんら継承していない、ということだと思う。「100%成立しえたハッピーエンド」がすくなくとも物語的に要請されていることを、このゲームをプレイしたひとであればふつうに理解できると思う。「物語的に要請される」ということは物語が直接的でひとつながりの意味を発生させる、ということで、そうであるかぎり、わたしたちが通常の感覚で呼んでいる「物語」は「意味」の代替にすぎない。でも、ほんとうはそうではなく、そうではない「物語」に惹かれることもあるはずで、すくなくとも「箱庭物語」と名づけられたこの「物語」はそういうありかたをしている。このバットエンドにはあきらかに作者の意志が介在していて、そして作者の意志はメタフィクション的な意味においては「物語」を破壊するものとしてあるけれど、このゲームにおいて破壊されているものは「物語」ではなく「意味」なんだと思う。


 4月5日(日)

 イヌハル「箱庭物語 海の祈り」はたんじゅんな構図として「世界対個人」としてあって、けれどそれはRPGではふつうなこととしてあると思う。問題は「世界対個人」が「世界的悪対個人的正義」とおなじではない、ということだと思う。「箱庭としての世界」は世界としての正義があって、そして、結果としてウテルスを殺しているティチェたちもすでに個人的正義としてありえていない。このとき重要になってくるのは、けれどもう「絶対的多数としての世界」と「絶対的少数としての個人」という関係性ということでしかないように思う。このゲームをプレイしてティチェたちがしていることは「世界にたいしての悪」だと認識するひとをふつうの意味で考えることはむずかしい。けれど、それはわたしたちが持ちえる「視点」が「個人」としてしかありえない、ということにのみ理由があるようにも思う。ミールスミールがわたしはこの作品のなかでいちばんいきいきと動いているように思うけれど、それは彼女だけがこの物語のなかで唯一「絶対的多数」としてあることも「絶対的少数」としてあることもまぬがれているからだと思う。
 イヌハル「箱庭物語」をやった。


 4月6日(月)

 会社にいった。イヌハル「箱庭物語」をやった。
「FF7」でバレットたちアバランチは「テロリスト」だけれど、新羅という「世界的悪」とアバランチという「個人的悪」の対立は、すくなくともバレットにはテロ行為として罪のないひとびとを殺してしまっていることへの罪悪感がありながら、「星の危機」というさらにおおきなものによってなかば解消されてしまっている。そして、「星の危機」によって彼らは「個人的な視点」へと回帰している。「星の危機」が回避されることがエアリスという個人へと過不足なくむすびついている。セフィロスという存在は弁証法的存在としてあって、ルーファウスもクラウドも、ある意味ではセフィロスに個人的に救済されている。


 4月7日(火)

 会社にいった。イヌハル「箱庭物語」をやった。


 4月8日(水)

 会社にいった。イヌハル「箱庭物語」をやった。


 4月9日(木)

 会社にいった。イヌハル「箱庭物語」をやった。


 4月10日(金)

 会社にいった。イヌハル「箱庭物語」をやった。
 本人は「自他ともにみとめるクソゲー」というようなことを言っていたけれど、そうでもないように思う。問題はレベル90になっても瞬殺される隠しダンジョンだけれど。


 4月11日(土)

 ねむっていた。


 4月12日(日)

 ねむっていた。


 4月13日(月)

 会社にいった。


 4月14日(火)

 会社にいった。河出書房新社にいった。
 

 4月15日(水)

 会社にいった。ドトールにいって日記を書いた。




ロマンを生きることを現実のうえでのみ生きること

2015.03.09(00:04)

短篇五芒星短篇五芒星
(2012/07/13)
舞城 王太郎

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 3月5日(木)

 会社にいった。ドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟」を読んでねた。


 3月6日(金)

 会社にいった。すっかりわすれていたけれど、わたしは2月にローゼンクロイツ「ダージュの旋律」、花姫パパ「セレンと虚空の塔」をクリアしていた。「ダージュの旋律」はとてもよかったと思う。
「セレンと虚空の塔」は村の近くにとつぜん塔ができるところからはじまる。べつの世界で強大なちからを求めようとした兄と妹がいて、兄はそのちからに飲まれて暴走、妹は石像に閉じこめられて、セレンたちはその兄と妹を解放するために塔を攻略していく、という物語だ。途中、塔の魔力を解放していくんだけれど、それがきっかけで村の近くに魔物が発生して村人たちは怪我をする。妹は。わたしたちのせいでこんなことになってごめんなさい、というようなことと言うんだけれど、セレンは、ぜんぜん気にしないでください、村のひとたちの怪我もたいしたことはなかったんだし、というようなことを言う。作者としてはいい場面として描いているんだと思うけれど、わたしはどうしてもひっかかってしまう。そもそもの話として、セレンは村人たちが怪我をしたことを許す立場になく、妹があやまるのはセレンにたいしてではなく村人たちにたいしてで、妹はそのあと村人たちに怪我をさせてしまったことを気にかけている様子はない。村のひとたちの怪我がたいしたことなかったのは事実かもしれないけれど、それはセレンたちが救助にまわったからで、彼らは実際に殺されかけている(足をやられて動けなくなっているひとまでいたのに)。そのとき、彼らが感じただろう殺されるかもしれないという恐怖の感情は、すくなくともこの物語ではまったく無視されているように感じる。
 セレンはあかるく、天真爛漫な性格をしている。問題なのは世界がそのセレンをつねに肯定するように動いているということだと思う。おそらくこの物語で唯一いっぽうてきに被害をうけた村人たちは、そしてその怪我は、ただセレンというキャラクターを肯定するだけの装置にしかなっていない。村人たちには自らの怪我を憂い、その怪我について他者と共有するだけの個性すらもあたえられていない。彼らが怪我をしたのはセレンが妹を許すためだけだったし、ひいてはそういうセレンを賞賛するためだけだったように見えてしまう。この物語にとってセレンは世界としてある。それはほんとうにはもう狂気でしかないのに、それは狂気としては指摘されない。なぜなら、世界そのものがすでに狂っているからで、そのなかで彼女たちは理性をよりどころにして動いているからだ。そしてその理性とは、作者が彼女たちにあたえたものでしかない。
 ドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟」を読んだ。中巻のいいところはドミートリイが金策に奔走するところだけれど、この場面は基本的にはギャグとしか書かれている。ドミートリイにいきなり金鉱へいくことをすすめだすホフラコワ夫人はほんとうにおもしろくて思わず笑ってしまうんだけれど、重要なのは、それらのことをドミートリイが「リアリズム」だと言っていることだと思う。


 リアリズムってやつは、なんて恐ろしい悲劇を人間の身に引き起こすんだろう!


 ドミートリイはこの金策はまったくすばらしいものだと、相手がことわるはずがないと思いこんで相手のところにいくけれど、それはまったくくだらない理由で頓挫してしまう。ドミートリイ自身が抱いていたロマンにたいして現実はあまりにも滑稽で、その滑稽さだけがドミートリイを苦しめている。重要なことはそういう現実感のように思う。セッターのありかたもホフラコワ夫人のありかたも、すくなくとも現代のわたしたちから見たら自然主義的なふるまいではないけれど、その滑稽さにおいて、彼女はドミートリイにとってもそしてわたしたちにとってもきわめて現実的なちからでたちはだかっている。

 わたしは、ふた昔前の《ロマンチシズム》の世代に属する一人の娘を知っているが、この娘なぞは数年にわたってさる紳士におよそ理解しがたい恋をよせ、いつでもその男としごく円満に結婚できたのに、超えがたい障害を自分で勝手にひねりだして、嵐の夜、絶壁にも似た高い岸から、かなり深い急流に身を投じ、もっぱらシェイクスピアのオフェリアに似たいという、ひとりよがりの気まぐれから生命を落としたのである。それも、彼女がかねがね目をつけて惚れこんでいたその絶壁が、もしそんなに美しくなく、散文的な平らな岸であったとしたら、おそらく自殺なぞまるきり起こらずにすんだはずであった。


 ドミートリイもおそらくはロマンを生きようとしている。重要なことは、ドストエフスキーがロマンを生きようとすることですらリアルだという強烈な認識を抱いていることで、「カラマーゾフの兄弟」の異様なちからはおそらくはこういうところにあるように思う。けれどわたしたちはドミートリイをたぶん笑うことはできない。わたしたちはロマンを生きていて、現実はまたどうしようもなくくだらくて、そして、わたしたちはロマンを生きることを現実のうえでのみ生きることしかおそらくはできはしないのだから。


 3月7日(土)

 朝おきて新文芸座にいってツァイ・ミンリャン「郊遊〈ピクニック〉」、ジャ・ジャンクー「罪の手ざわり」を見た。
 ツァイ・ミンリャン「ピクニック」はびっくりするくらいにカメラが動かないし、そのなかでほとんど耐えがたいほどにまで息の長い場面がつづいている。おそらくは各場面の長さをそれぞれはんぶんほどに縮めても物語的な意味ではこの映画の価値はなにも変わらないだろうと思う。だから、たんじゅんな意味では2時間20分くらいはあるこの映画のはんぶん以上は物語的なものではないなにかでできていて、そのなにかとはいったいなんなんだろう、ということからこの映画ははじまっているように思う。わたしにはけれどそのなにかをさししめすことはできないし、それを言葉でもって積極的にさししめそうとは思わない。それでも、もしかしたらこの映画はゴダール「さらば、愛の言葉よ」とはまるでぎゃくの映画に思えるような気がする。まえにも書いたけれど、「さらば、愛の言葉よ」には映像と言葉と音楽と編集の4つしかなく、ただその4つがむきだしにそこにならべられているような気がする、あるいはそれらがたがいに溶けあうことなくその場所に存在しているように思えるいっぽうで、「ピクニック」ではそれらが合成されたものがそこにはりつけられているようにも思う。ゴダールのありかたはすでにyoutubeやニコニコ動画の、つまり映画ではない「動画」にあまりにも接近していて、接近していくことで意味と物語を失いつづけていく。「ピクニック」ではそれらが合成されたものが「ありつづける」ということ、おそらく重要なのはそのてんで「ありつづける」ということ、ただそれだけのためにある種の長さが必要とされるような気がする。おそらくすでにわたしたちは「さらば、愛の言葉よ」という映画を消費することなしに見ることはできないような気がする。それは積極的な価値の創造を放置するということで、もっと言えば、それは文学と映画がすでにやっていて、演劇とダンスがいまだなしえていないこと、だと思う。だからこそ一般的には文学や映画よりも演劇やダンスのほうがおもしろいんだと思うけれど、そのいっぽうで、すくなくとも映画よりも歴史のふるい演劇のその奇妙なまでの「洗練のされなさ」ということは興味ぶかいと思う。けれど、それはおそらく劇場と劇場にたいするわたしたちの意識の問題でしかないのかもしれない。劇場の問題、劇場にたいするわたしたちの意識の問題、それはきっとわたしたちにとっては文学の問題で、でもわたしたちはもうそれに気づくことはできない。
 映画を見たときにその映画をとおして現実社会の問題を考える、ということがわたしにはできないしやりたいともあまり思っていなくて、だからというわけじゃないのかもしれないけれど、わたしは外国の映画を見たときに、わたしたちとはまるきり考えかたも価値観もちがう、と思うことはほとんどない。それは、けっきょくのところ、アメリカ映画もフランス映画も日本映画も韓国映画もロシア映画もたいしてちがいはないということだと思うけれど、中国映画を見たとき、というか、わたしは中国映画はワン・ビンやジャ・ジャンクーくらいしか見ていないのでよくはわからないし、ワン・ビンやジャ・ジャンクーがつまり中国という国の貧しさを描くことにすぐれているというだけなのかもしれないけれど、ジャ・ジャンクー「罪の手ざわり」を見るとびっくりするくらいに不愉快な場面を見ることができる。女を金で買おうとして札束で顔をたたきつづける、という信じられない場面がおそらくは冗談ではなくでてくるところもすごいけれど、たとえば、4つめの話で同僚がけがをする原因をつくってしまった青年が工場長(みたいなひと)に呼びだされる場面がある。工場長は食事をしながら青年を箸で指さしておまえはこれからしばらく無給だ、ということを言うんだけれど、このときの工場長の態度がとても自然にものすごく不愉快に描かれている。重要なのは金とそれにまつわる権力の問題で、金と権力ここまで直接的にむすびついた自然な態度、というのをわたしは見たことがなくて、びっくりしてしまう。ワン・ビン「無言歌」を見たとき、わたしはその光景が核戦争後の世界があったらこういう世界なのかもしれないと思ったけれど、わたしにとってこういう映画はどことなく終末思想を感じさせるSFみたいに思えてしまう。それは、キューブリック「時計じかけのオレンジ」やタルコフスキー「ソラリス」がSFだとはわたしには思えない、ということとおなじ意味でしかないのかもしれないけれど。
 そのあとにお友達と会ってごはんを食べにいった。だいたいお店なんか決めていないのでひたすらにてくてくてくてく歩いて、だいたい歩きつかれたところでてきとうなお店にはいる、といういつもの感じだった。ふりこめ詐欺の防止のために手あたりしだいに電話をかけて注意をうながす、という仕事をしていると聞いて、そんなやりかたじたいが詐欺みたいな仕事があるのか、と愕然した。あとは「リア充」という言葉はもうふるい、と聞いて愕然とした。愕然としてばっかりだったかもしれない。


 3月8日(日)

 朝おきて、「カラマーゾフの兄弟」を読みながら郵便を待っていた。


 近くに部落があり、黒い、ひどく真っ黒けな百姓家が何軒も見える。ところが、それらの百姓家の半分くらいは焼失して、黒焦げの柱だけが突っ立っているのだ。部落の入口の道ばたに女たちが、大勢の百姓女たちがずっと一列にならんでおり、どれもみな痩せおとろえて、何やら土気色の顔ばかりだ。特に、いちばん端にいる背の高い、骨張った女は、四十くらいに見えるが、あるいはやっと二十歳くらいかもしれない。痩せた長い髪の女で、腕の中で赤ん坊が泣き叫んでいる。おそらく彼女の乳房はすっかりしなびて、一滴の乳も出さないのだろう。赤ん坊はむずがり、泣き叫んで、寒さのためにすっかり紫色になった小さな手を、固く握りしめてさしのべている。
「何を泣いているんだい? どうして泣いているんだ?」彼らのわきを勢いよく走りぬけながら、ミーチャはたずねる。
「童でさ」馭者が答える。「童が泣いてますんで」馭者がお国訛りの百姓言葉で、子供と言わずに《童》と言ったことが、ミーチャを感動させる。百姓が童と言ったのが彼の気に入る。いっそう哀れを催すような気がするのだ。
「でも、どうして泣いているんだい?」ミーチャはばかみたいに、しつこくたずねる。「なぜ手をむきだしにしているんだ、どうしてくるんでやらないんだい?」
「童は凍えちまったんでさ、着物が凍っちまいましてね、暖まらねえんですよ」
「どうしてそんなことが? なぜだい?」愚かなミーチャはそれでも引き下がらない。
「貧乏なうえに、焼けだされましてね、一片のパンもないんでさ。ああしてお恵みを乞うてますんで」
「いや、そのことじゃないんだ」ミーチャはそれでもまだ納得できぬかのようだ。
「教えてくれよ。なぜ焼けだされた母親たちがああして立っているんだい。なぜあの人たちは貧乏なんだ。なぜ童はあんなにかわいそうんだ。なぜこんな裸の曠野があるんだ。どうしてあの女たちは抱き合って接吻を交わさないんだ。なぜ喜びの歌をうたわないんだ。なぜ不幸な災難のために、あんなにどすぐろくなってしまったんだ。なぜ童に乳をやらないんだ」
 そして彼は、たしかに気違いじみた、わけのわからぬきき方にはちがいないが、自分はぜひともこういうきき方をしたい、ぜひこうきかねばならないのだと、ひそかに感じている。



 重要なことは、ときには書かれえるべきものがあるということだと思う。そして、書かれえるべきものは書かれえるべきを場所を必要とするということだと思う。とても純粋な言いかたをすれば、小説とは書かれえるべきものではなく、書かれえる場所のことだ。けれど、そのことはたったひとことの書きたいことのために小説家は小説を書いているという小説の夢だとはわたしは思わない。
 郵便局からの荷物の不在票がはいっていて、送り主が「UJA」となっていてまるで覚えがなかったからどうしようかと思って「UJA」で検索したら、おなじようなひとがyahoo!知恵袋にいっぱいいて、「VJA」だったと知った。クレジットカードの更新だった。yahoo!知恵袋にはあらゆることが書いてある。
 ドトールにいって日記を書いて、舞城王太郎「短扁五芒星」を読んだ。「美しい馬の地」、「アユの嫁」、「あうだうだう」がわたしはよかったと思う。こういう小説を読むと、「ディスコ探偵水曜日」は長篇として書かれた短篇だったのかもしれない、というようなことを思う。




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