![]() | Ommadawn (2000/07/11) Mike Oldfield 商品詳細を見る |
2010年2月9日(火)
「Chikirinの日記」の「アフリカが発展しない理由」がおもしろかった。
アフリカでは子供のHIV検査は行わないほうがいい。なぜならHIVポジティブだとわかると親はもうその子にミルクを与えない。つまり検査をすると子供はエイズで死ぬ前に餓死させられる。
HIVポジティブの人に治療薬を渡したら、家族はその薬を(病気の家族には飲ませず)密売人に売り払って食費にあてる。だから薬は家に持ち帰らせず、必ずその場で飲ませないといけない。
有為で有能な少女がいて学校に行きたいというから教育費を援助することになった。親に渡すと教育費に使わない可能性があるので、学校に直接払い込んだ。そしたら・・学校の先生がその学費を引き出していなくなった。
貧しい子供に無料でいきわたるように、抗生物質などの薬を各地の病院に配布する医療援助は意味がない。そんなことしても医者はその薬を、金持ちの患者に高額で売って代金をポケットにいれ、貧しい人には相変わらず「お金がないと薬は手に入らないものなのですよ」といい続ける。
井戸を援助して貰った。みんなでそれを飲料に使えば何十年も伝染病を防げるのに、結局は井戸の部品を売り払ってその日の夕食代に充ててしまうケースが続出する。
ぽんたさんのついったーのつぶやきもおもしろかった。
群像の編集者に、最終候補作といっても活字にならないかもしれないものを校正する意味を質すと、最終候補に残るのは殆ど当選と同じだと力説し「でも今年も送ってくるかなって待ってても、そのまま書かなくなっちゃう人も多くて残念です」と言っていた。で、その扱いのどこが当選と同じなのかな?
「当選と同じ」だと認めているのであれば、ある程度の編集者からのフォローがあると思っていたが、来年の応募時に名前を覚えてもらっているという以外の意味はないようだ。僕は今年初めて応募したんだけど、最初に「初めてなんですか!それで最終候補はすごいです」と驚いてたのはそういうことらしい。
その編集者は「名前を覚える」だけの事を、書き手を「育てる」ことと思っていた。楽な育て方だ、今や出版業界はそんなJALみたいな努力不在の有様かと思ったが、群像のツイッターが殆ど沈黙していて新潮やすばるが頑張っているのを見ると、あるいは群像の頭には「読者」が不在なだけかとも思える。
群像のツイッターがほとんど沈黙しているのは「オフィシャルなことしか出せないので」ということだった。新しい書き手や、何より読者の存在も、群像にとってはオフィシャルな「仕事」ではないらしい。変だし、腹が立つ。最終候補に残ったことで、まるで原稿を奪われたような気分になる。
たぶん、わたしにとって、「群像」のなかのことも「アフリカ」のなかのことも同じなんだろうと思う。アフリカはわたしにとってひとつの本や物語としてしか作用しないし、それよりももっと近い場所にあるはずの「群像」も同じものとしか作用していない。「群像」(編集部)は本をつくる場所としての機能を有しているはずなのに、それ自体がひとつの本になってしまっているように見える。そして、書かれかたにたいする書きかたを「群像」が「オフィシャル」にすら持っていないようにも見えた。
14時30分からゼミだった。パワーポイントが完成していないうえに、このスライドで何をしゃべっていいのかもまったく考えずに挑んだので、ぐだぐだだった。先生からつっこみを受け、「これこれこうです」と言ったあと、「なるほど」と言われただけでだまりこまれるのがこわい。12日にレジュメをださなくてはいけないらしい。すっかり忘れていた。アルバイトをいれちゃった。やっちゃった。
Mike Oldfieldの「Ommadawn」を聴きながら論文を書いている。飽きた(論文に)。「Ommadawn」からいつの間にかKeith Jarrett「Paris Concert」に変わっていたのに「おまどーんいいきょくだなあ」と思ってずっと聴いていた。わたしの脳味噌のいろんなところがいけない。
これを見ていたせいで、修論が進まない。ふだんなら見ないものを忙しいときほど見てしまうのは、いったいどういうわけだろうか。脳味噌がドーナツにでもなってしまったんだろうか。
![]() | joy (2005/02/23) YUKI 商品詳細を見る |
2010年2月8日(月)
「HUNTER×HUNTER」がとにかくおもしろい。
論文、先生から言われたところを直すけれど、あまりにもやる気がなくてちっとも直せていない。わたしはいったいなんなんだろうか。
(そんなことをやっている場合ではないのに)チェルフィッチュの岡田利規とローザスの池田扶美代さんのトークが生中継されていたので、見た。以下、気になったてんをめもめも。
・映画で、カメラで撮られている俳優は自分がどう撮られているかだけは知ることができない。
・舞台は舞台上にない。そこで完成するべきではない。そこで完成したものは観客のなかで完成しないものだからだ。
・観客は「これをわからないのは自分の想像力がたりないからだ」と思っちゃうかもしれないけれど、想像させることができないのは演劇側の欠陥だ。
・ずっと見ていると、その劇団が「何をやりたいか」ということはだいたいわかる。でも「『何をやりたいか』がわかる」ということはぜんぜんおもしろくないので、それ以上のことが求められる。
・いわゆる難解なことに説得力を持たせる。そのやりかたのひとつとして、何十回もやりなおすということがある。
思潮社のホームページが開設していた。ついに思潮社にもIT化の波が!
しかしそれにしてもYUKIの「JOY」がかわいい! かわいい!
時効廃止(案?)ニュースにショックを受け時効について調べたり、鉄道オタクたちの駅でのふるまいにショックを受けyoutubeを見まくり、ついったやったり、なんだか演劇が見たくなって演劇をたくさん調べていたり、したせいで、8時間以上かけても論文が数行しか書けてません。たすけて。だれか た す け て ! あと明日発表なのにぱわーぽいんとつくってない。たすけて。だれか た す け て !
![]() | orbital period (2007/12/19) BUMP OF CHICKEN 商品詳細を見る |
![]() | いつかソウル・トレインに乗る日まで (2008/11) 高橋 源一郎 商品詳細を見る |
2010年2月6日(土) お昼
大学近くのアパートから実家へ帰ってきた。晴れていたのに雪が降っていた。貿易センタービルに飛行機がつっこんだとき、多くのひとが「映画みたいだ」と言ったらしい。でも、たとえば、わたしは渋谷を歩くとき、こわいので、音楽を大きく聴いている。そういうとき、渋谷の風景はただのPVになって、こわさはなくなる。そういうことと貿易センタービルはたぶん何も変わらない。わたしたちの街はずっとずっと、PVだった。
高橋源一郎「いつかソウル・トレインに乗る日まで」を29ページまで読んだ。これは高橋源一郎が「セカチューOK、ケータイ小説OK」という思惑のもとに書いた小説だ、というふうに認識しているけれど、そういう認識のとおり、文章がとんでもなくひどい。
リビングには先客がいた。妻のヨウコだった。ヨウコはリビングで本を読んでいた。
次の日、ケンジが出社したのは昼すぎだった。
「女」の顔が目の前にあった。ケンジはまず違和感を覚えた。正確にいうなら、まず驚くほど美しいと思った。そして、ひどく若いような気もした。
技巧も情緒も知性もない文章だ。文章にまともに気を使うひとならこういうことは書かない。もったいなくて、こんなどうでもいい文章で紙を埋めたくないと思うだろう。女子高生の形容のしかたも比喩の使いかたもひどい。「オヤジ」と「女子高生」の会話も想像を絶するひどさだ。うん。技巧も情緒も知性もない。「もう小説なんてどうでもいいや」ということかな。どうせ何を読んだってたいしたことは書かれていないんだから、文章に技巧をこらしたってなんにも変わりはしないんだということなのかな。
「高良留美子詩集」の解説に「シュールレアリストたちはものを見たあとそのもののいろいろ形容をすることに必死で、けっきょくものの見かたを変えることはできなかった」と書いてあった。
この小説は最後まで読んだら感動できるんだろうか。「高橋源一郎だから最後まで読む」。わたしはそういうひとだ。そういうときわたしは読者のふりをした不具合なパロディでしかない。小説なんてなんでもいい。わたしがパロディであるかぎりは、なんでも。
今日三角さんのLIVEに行けばウィスキーボンボンをくれるということだったのに、遠すぎるから行かなかった。かなしい。ぼんぼんかなしい。
◇◇◇
Mr.Children「シフクノオト」をひさしぶりに聴いた。「掌」はもちろんいい曲だし、「タガタメ」もいい曲だった。「血の管」がなんといっても最高だけれど。Mr.Childrenはだいすきだったからいちおう「HOME」まではぜんぶ聴いて、「HOME」で「にょ?」と思ったので、それからすっかり聴いていなかった(「ポケット カスタネット」はだいすきだ)。
Mr.ChildrenとBump of Chickenはいちばん好きだったのに、いつのまにか聴かなくなってしまった。なんでだろうと思ったので「SUPERMARKET FANTASY」と「orbital period」を聴いた。「ギフト」はいい曲だ。「ハンマーソングと痛みの塔」は最高だ。
坂本龍一「Merry Christmas Mr.Lawrence」を聴いて、RADIOHEAD「life in a glass house」をひさしぶりに聴いた。音がうんときれいだからだいすきだなあと思った。「Morning Bell」(Amnesiacなほう)だいすき。「子供たちをはんぶんに切ろう。はんぶんに。はんぶんに」。ば、ばかじゃないのっ!
しかしそれにしてもYUKIの「JOY」はかわいい! かわいい!
2010年2月7日(日)
池田扶美代+アラン・プラテル+ベンヤミン・ヴォルドンク「ナイン・フィンガー」を見にいった。よくわからなった。わたしの知るかぎり、コンテンポラリーダンスには2種類あって、つまり、「踊る作品」と「踊らない作品」があって、「踊らない作品」は見ると「???」という確率が非常に高くて、さいきんは「あんまり見にいかないようにしようかなあ」と思っていたのに、「ナイン・フィンガー」が「踊らない作品」だということは知らなかった。「あれれ?」と思った。頭のおかしいようなひとが奇声をあげながらわけのわからないテキストをマイクに向かってさけぶのはやめたほうがいいんじゃないかと思った。これはまったくわたしの考えだけれど、いまやらなければいけないことは、わけのわかるテキストをどうやってさけぶかということだと思う。ローザス「ツァイトゥング」がとても評判が高かったみたいで、わたしは「ツァイトゥング」はなぜか見にいかなかったけれど、だからこそ「ナイン・フィンガー」はすごくすごく楽しみにしていたぶん、よけい残念だった(「ツァイトゥング」がもっとダンスっぽい作品だったから「ナイン・フィンガー」は演劇よりだったのかもしれないけれど)。高い声であのテキストをさけぶことはもしかしたらユーモラスなことなのかもしれないけれど、1時間もそれを聞いていたら、さすがにいらいらしてくると思う。もういっかい考えよう。奇声をあげながらマットにマイクをたたきつけるダンスのいったい何が楽しいんだろうか、見ているひとはそこのいったい何に楽しさを見いだせばいいんだろうか。テキストは全部英語だった。それはしかたないのだけれど、字幕をいちいち読まなければいけないのはやっぱりたいへんだ。字幕のだしかたも台詞から遅れているようにしか見えなかったし、誤植っぽいのもふつうにあったし、もっとひどいのは、字幕をうつしているプロジェクタがたびたびブルーバックして、背景に「Panasonic」の文字がもろにうつっていたことだった。作品の雰囲気がだいなしになっちゃうからやめたほうがいいと思う。飴屋法水演出、サラ・ケイン原作「4.48 サイコシス」も2時間以上あった作品で、(おしりが痛くて)正直途中で飽きていたけれど、舞台装置の圧倒的な美しさとカタコトの日本語がおりなす迫力があった。「ナイン・フィンガー」にはいったい何があったのか、さっぱりわからなかった。John Lennonの「Imagine」が流れたときは「その選曲かよ!」と思ってひとりでくすくす笑っちゃってよかったけれど。あとローザスの池田扶美代さんはすごくよかったので、ちがったかたちでまた見たい。
英語でものを見たり聴いたり、ということがさいきん難しくなってきているように思った。映画でも英語の映画は、台詞がなんだかぜんぶ白々しく聞こえてしまう感じがして、あんまり見たい気持ちになれない。ロシア語やフランス語、韓国語や中国語みたいな、何を言っているのかぜんぜんわからない言語のほうが好きだ。英語、かっこわるい。
「メールは送ったけれどどうなったのか?」と思ったまますっかり忘れていた舞台芸術系の文化庁予算案、0・5%増という結果になったらしい。とりあえず「よかったよかった」というところだと思う。でも、やっぱり「ナイン・フィンガー」などを見ると「こんなのにお金はらいたくないよ!」と思う気持ちもわからないでもない。だってわけわかんないもん。この作品の「何がおもしろいのか?」ということを説明するのはほとんどむりだと思う。もちろん説明できなければ削ってしまえというのはあまりにもむちゃくちゃな考えだとしか思えないけれども。
あまりにもよくわからなかったのでElliott Smith「XO」を聴きながら帰った。「Waltz #2」がすき。音が青っぽいからすき。サリンジャー「ド・ドーミエ=スミスの青の時代」を電車のなかで読んだらひとりで笑った。サリンジャーだいすき。
去年の佐東利穂子「HER」以来、ほんとうにだいすきだと思った舞台を見られていない。だから、来週行く「NECK」、再来週行くチェルフィッチュはおもしろくあってほしい。「NECK」はともかくチェルフィッチュにはすごく期待している。3月には矢内原美邦とヤン・リーピン。矢内原美邦はどうせ踊らないたぐいのやつだと思うからとりあえずいいとして、1万円とさよならして衝動買いしたヤン・リーピン「シャングリラ」はほんとうにほんとうにおもしろくあってほしい。国宝、ばんざい!
![]() | 砂糖の世界史 (岩波ジュニア新書) (1996/07) 川北 稔 商品詳細を見る |
2010年2月5日(金)
完璧な私信なので、今村さんと管城さん以外のひとはとくに読まなくていいです。ブログにおいて私信をすぺしうむ光線のごとく個人に発射することに、ためらいを感じません。
議題
・今村さんがけっきょくのところ文学を否定していない(ようにしか見えない)ことについて
・「押しつける」を回避するのはいいけれどその回避策としてすら「文学」あるいは「文学的なもの」はなんの役にもたたないぞ☆とわたしが思うことについて(いちおう)
・相対性理論が日本を救うだろうことについて
・「絶望する暇をなくす」ことの是非について
・たとえば「政治を変えるには首相のついったの変革から!」という主張の純政治的・社会的有効性について
・「アバター」を「ゴミ!」と呼ぶことの是非について
・ついったの一人称は「僕」じゃなくて「俺」がいいと思うことについて
>・「社会から転がり落ちた下」にどんなクッションを置くか
社会から転がり落ちた「下」にクッションを敷くのが政治の役割で、社会から転がり落ちた「先」にクッションを敷くのが文学・芸術の役割にならないんだろうか。
わたしは文学や芸術が社会からこぼれおちたもののクッションになっていることは否定しない。それは社会的な価値観とはべつのところで自分の価値を認めてもらえる場所としてあるからだ。たまたま文学・芸術には高尚な価値観が根づいていて、それらはとてもここちいい。わたしが思っていることはたいしたことじゃなくて、ただだれかから褒められたいとか、だれかから好きになってもらいたいとか、それだけだ。駅の構内でギターを弾きながらミスチルのできそこないみたいな歌をうたっているひとたちとわたしのやっていることは、そうは変わらないはずだと思う。わたしはギターも弾けないし、歌もうたえないし、構内でパフォーマンスする勇気もないから、こそこそ文章を書いている。
わたしがそういうありかたでいることによって、たとえば、管城さんや今村さんやほかのひとたちがあたしに話しかけてくれる。だれかと演劇を見にいったり、だれかとLIVEに行ったりして、楽しい時間をすごすことができる。そういうことはうれしい。そういうことだけが、うれしい。たんじゅんなことだ。たまたまわたしが選んだのが文学や芸術であるだけで。管城さんは「文学は実学ではないと思う」と書いたけれど、わたしが「文学は実学かもしれない」と書いたのは、文学や芸術を自分がやることによって派生する日々生きる時間のすごしかたの変化のことだ。文学自体はなんの救いにはならないと何度か書いた。救いになるのはそこから生まれる会話ややりとりや時間だけだと思う。そういう意味では、わたしは自分の作品になんて興味はない。自分が書いていることにも、さして。砂を見たら水をかけてあげればいい。たとえそれが太陽に照らされ、すぐに乾いてしまうとしても。不毛を否定することがかなしい。草原じゃなければ生きていけないのはしまうまさんたちだ。わたしは、しまうまさんじゃない。しまうまさんじゃなくて、べつにいい。そしてかりにわたしではないだれかが草原をつくり、「こっちに来なさいな」と言われたら、わたしは砂漠を捨て、さっさと草原に居つくだろう。
文学が社会から転がりおちた下にあるのではなくて、社会から転がりおちた場所を「文学」と呼ぶことにあたしたちがしているだけじゃないだろうか。
◇◇◇
明けがた、論文を書きおわった。先生に提出して、チェックしてもらって、つっこみがあったら、直す。発表が17日、それが終わればわたしにとっての天国が待ちうけているだろう。わくわく。
2010年2月6日(土) 明けがた
学校に来たら、金曜日の朝に提出した論文への返信がなかった。先生は火、木しか学校に来ないといううわさは、ほんとうらしい。しゅ、っせき、りつ! さて、これで、土日はやることがないので、思いきり、楽できる。遊べる。日曜日はダンスをいっこ見るので、うきうき。
川北稔「砂糖の世界史」を読んだ。すごくおもしろかった。歴史を勉強するのは、たぶん、たんじゅんなもので、「その事件が起こったことによって社会のシステムはそれ以前とどう変わったのか」を知ることがひとつで、もうひとつが、「その事件が起こったことによってひとびとの考えかたがどう変わったか」を知ることだと思う。そしてそのふたつを両方学ぶことによって、歴史を「流れ」としてようやく感じとることができると思う。
この本はそういう書きかたをされていて、ほかに、橋本治や高橋源一郎もそういう書きかたをしている。だから、わたしはほとんどの歴史の話に興味はないけれど、彼らの話になら、耳を傾けることができる。
たとえば、労働の仕方ひとつとっても、昔のひとは日曜日にはお酒を飲みすぎて、月曜日には「せんと・まんでい!」と言って二日酔いで休んでいた(らしい)。産業革命が起こり、近代国家ができあがり、工場というやっかいなものができると「時間を守れ!」と言われるようになってしまった。ひどい。日本だって同じようなもので、わたしたちが時計を持って「何時にどこで待ちあわせ」という行為ができるようになったのは、おもに明治以降のことだった(らしい)。つまり、考えようによっては、近代以降に世界はぐっちゃぐちゃにされてしまったということだった。そういう世界があって、そういう世界のありかたのことを、わたしたちは「自由」とか「平等」とか「豊かさ」とか、そう呼ぶことを、「学校」で教わった。もちろん、「学校」というものの制度化は近代の産物であって、学校教育の義務化が起こったとき、当時のひとを何を言ったのか、「ああ、これでやっとだれもが勉強できる平等な世のなかがやってきたんだ!」と言ったのか。ちがう。「家でやらせることいっぱいあるのになんで昼間から子供を学校にとられなきゃなんないのよう。ふざけないでよう。ぷーんぷん!」と言った(らしい)。学校で教える、それを教育というものの基本とする、という概念自体が近代の発明だった。そこにはたかだか150年の歴史しかない。ひとがふたり生きるぐらいの時間しかないものを、わたしたちはどれだけ信じすぎているんだろうか。日本はいつできたのか。日本とは何をさすのか。本居宣長は「他国にたいしての日本」という概念をうちだした(らしい)。それ以前にほんとうに日本なんてものがあったんだろうか。いま文学といえばそれはほとんど小説をさすけれど、小説の歴史だって3、400年しかない。それまでは「詩」が文学の代名詞だった。1000年前のアラブの詩人はその詩でいったい何を言っていたのか。「お酒いっぱい飲んで楽しければそれでいんじゃね?」と言っていた(これはほんとう)。ひとびとの考えかたはいったいどうなってしまったんだろうか。みんなだいじょうぶなんだろうか。わたしはだいじょうぶなんだろうか。近代以前にひとびとに「内面」と呼ばれるものはあったんだろうか。「経済」という言葉をつくったのは福沢諭吉で、はじめは「経世済民」という言葉だった。「経済」は輸入品だ。それ以前のわたしたちが行ってきた経済的ものもたしかにあったはずだけれど、「経済」が輸入された時点で後世のわたしたちは「経済的なもの」と「経済」にうまく区別をつけられなくなってしまった。その混同に待ったをかけることによって現在流通している「経済」と呼ばれるものにあらたな価値観をもたらすものが文学のやりかたでもあるし、歴史のやりかたでもあった。歴史とはたとえばそういうことだと思う。ピカソはほんとうには何を描いたのか。遠近法とはなんだったのか。レヴィ=ストロースの構造主義的な手法によって、わたしたちはようやく西洋史以外の歴史を発明したんだろうか。歴史は直線的かつ進歩的なものではないと、はじめて理解したんだろうか。カミュが「異邦人」において描いた「太陽がまぶしかったからひとを殺した」あのひとは、ほんとうはだれだったんだろうか。
高校の頃に、わたしは日本史も世界史も習った。でも、その内容はひとつも覚えていない。歴史の先生は数学の話をしてくれた。「ふたつの並行する直線は交わらないと思っているけれど、あれは交わるんです」と言った。その話だけは覚えている。そういう話しか覚えてない。それだけが、ほんとうの歴史だったからだ。
コンビニの廃棄のお弁当は基本的にひとにはあげられない(もちろん、わたしは食べるし、わたしが持ちかえったものを友達にあげたりはする)。なぜなら、それはそういうシステムだからだ。コンビニのシステム上、販売期限(賞味期限の2時間前とかに設定してある)を切れた商品はレジを通らないので、お客さんがいくら「すぐ食べるから」と言っても、売れない。なぜなら、そういうシステムだからだ。1000年前だったら売ることも、あげることもできたかもしれない。でもわたしたちの社会はもう1000年前ではない。システムを通せば、ひとにあげることができないその商品を豚の餌にすることはできる。でも、ひとにはあげられない。そして、そういうコミュニケーションの貧しさがわたしたちの社会の豊かさの基盤になっているのだと思う。「それはなにかがおかしい。なにかが狂っている」とふつうは思う。わたしも思う。でも、その「おかしさ」にたいしてどうすればいいのかということだけは、いつもわからない。それを社会的・政治的問題だと考えればおかしくなるし、個人の感情的な問題だと考えても、やっぱりおかしくなる。生きていくためには社会に迎合しなければいけない。あたりまえだ。わたしはコンビニの弁当が廃棄されていくのを見ても「アフリカがうんぬん」とか「もったいないな」とか、そういうことはほとんど思わないのでどうでもいいけれど、それでもやっぱり、「おかしさ」に興味がないこともない。文学はいちおうそれをひきうけている。津村記久子を読めば「ぱわはら!」についてもやもや思うだろう。思った結果どうなるかといえば、べつにどうにもならない。どうにもならないから「そんなものは役にたたないじゃないか」と言われる。あたりまえだ。わたしはものすごくあたりまえのことを言っている(はずだ)。でも、あたりまえのことを言うことすらもう「おかしさ」が流れているいまのわたしたちのありかたというのはどうなんだろう、と考えてみると、たぶん、それは昔もいまも未来もそれほど変わっていないんだろう、とは思う。わたしはいまの社会がへんだと思う。テレビにでて、ニュースなどにコメントしているひとを見ると「このひとは正気なんだろうか」とよく思う。でもわたしはべつにそのひとじゃないので、そのひとが正気だろうが気狂いだろうが、とくにどうということはない。でもそれにたいしてアプローチするやりかた、というものがいちおうはあるみたいで、それをやるとたちまち政治的だよ、とか社会的だよ、とか、たぶんそういうことになるんだと思う。それは、どう考えたっておかしいじゃないか。
政治、社会、経済、文学。たしか吉田アミが「芸術は芸術としてその享受されかたを発見された時点で芸術じゃなくなる」と言っていたと思う。社会は複雑になった。だからわたしたちはそれをカテゴリとしてわけるようになった。だからそれは社会じゃなくなってしまった。という言いかたですらすでに「それはすでに芸術的観点だ」と言われるようになってしまったのなら、わたしはどうすればいいのか。たぶん、たぶんだけれど、わたしたちは目がわるいんだと思う。あとたぶん頭もわるいんだと思う。それはどうしようもない。どうにかする気もなくなる。でも、だからといって生きていることが楽しくないわけでもないし、だったら、ますますどうにもしないだろう、とは思う。
たいへんだね、世界は。にこにこ。
![]() | わたくし率イン歯ー、または世界 (2007/07) 川上 未映子 商品詳細を見る |
2010年2月2日(火) 夜
月のはじめなのでアルバイト先にたくさんの荷物がはいってきて、忙しかった。お客さんのおばちゃんに同情されてコーヒーをおごってもらった。ウリ・ジョン・ロート「メタモルフォシス」に感動して、触発され、ロス・カナリオス「シクロス」も聴いた。こっちもたのしい。今年はヴィヴァルディックな一年かもしれない。
賞味期限のきれた「まるかぶりずし」を食べた。お寿司ってふつうぜんぶまるかぶりだよねと思った。「HUNTER×HUNTER」を読んだ。おもしろい。今週は「ジャガーさん」もおもしろかった。くだらなさが極限に達しつつある。
2010年2月3日(水)
午後5時頃に起きた。そとは暗くて、つめたさがひどかった。暖房をつけたけれどなかなかあたたまらなくて、家のなかで凍えていた。図書館に行って本を返して、高橋源一郎「いつかソウル・トレインに乗る日まで」と川上未映子「わたくし率イン歯ー、または世界」を借りてきた。学校に来た。エアコンのとりかえ工事がまだ終わっていないので、エアコンがつかなくて、寒い。エアコンのない学校はスノータイヤのない車と同じくらい致死率が高い。寒すぎて、うっかり死んじゃう。
ほかのひとのことを書くことを思った。書かれたひとにとってそれは蹂躙かもしれない。たんじゅんに「書かないでくれ」と言われたらわたしはほかのひとを書かないと思う。でも、わたしはどうしてもそのひとを好きなのかどうかがずっとわからないし、ほんとうには好きではないような気がいつもしている。だから書くことでそのひとを好きになることができるのならばそれでいいと思った。だから書きたいと思ったし、思っている。あのひとがなんとかと言った。そういうたんじゅんな、つたないことからでいいから、書きたいと思った。
死ぬことはがこわいと思っていたけれども、さいきんこわくないんじゃないかと思った。でも痛いのはいや。なんにも考えられなくなることはこわいと思ったけれども、なんにも考えられなくなることはやさしいことだと思った。昔の農民はどうして生きていられたんだろう。わたしは昔の農民を尊敬するし、ばかにするし、軽蔑しているんだと思う。
2010年2月4日(木) 明けがた
アルバイトを終えて、学校に来た。Fさんと「携帯電話は文房具と同じだ」という話をした。つまり、「高校を卒業したあたりでとくにお金をかけなくなるという」ことらしい。「俺、昔見栄はって500円くらいのシャープペン使ってた」とFさんは言った。「俺、ふでばこが100円ですよ。小学校のときのほうがいいもの使ってた…」とあたしは言った。
「知りあいの知りあいで150万円で家を買った」とFさんが言った。「それはビニールハウスですよ」とわたしは言った。真相は傷ついた花束のように闇のなかに葬られていった。
川上未映子「わたくし率イン歯ー、または世界」に衝撃を受けている。22ページまで読んだ感想を少し書く。まず、11ページの「紙に書いてきました」で爆笑したんだけれど、問題はその紙に書かれた文章で、これを読んでわたしは1月の七尾旅人のLIVEに出演した後藤まりこが音読した自身のラブレターを思いだした。たぶん、この連想が川上未映子の文章の多くをとらえているとわたしは思った。川上未映子の文章はその「文章」から「音声としての言語」を想起させるように書かれていて、それは、たぶんじつは「実際にひとがどうしゃべっているか」に近づくように文章を書くことによって達成できるものではないと思う。川上未映子のすごさは、たぶん、ひとはそうしゃべるものではないのにもかかわらず、文章が音声が立ちあがってくるところだと思う。川上未映子の文章は「文章」でも「しゃべり言葉」でもなく、「しゃべられた手紙」だ。
オセロのぺたこん
なかなかどうしてやっぱり確かに専門医はさすがやな、とほとんどの感服がわたしをころっとやるのでした。
その発話と同時に医師の白い袖が、わたしの両目の端に飛んできて、それがあまりにぱりっとしてるものやから無目的な郵便はがきのようで少しのけぞり、
川上未映子は何かを具体的に描いていない、「ぺたこん」「ころっと」「ぱりっと」のような言葉を使い重ねていくことで、こういう言いかたしかできないけれども、抽象を具体的に描いていっている。それが彼女の特異だ。現代の作家で言えば、岡田利規にいちばん近いと思う。
ということは、カバー写真の川上未映子のあまりのかわいさにくらべればぜんぜんどうでもいいです。かわいい。かわいい。34歳とはうそだろう。だ まされない ぞん。図書館から借りた本だけれどきりとってポケットにしまっておきたい。みんな「パンドラの匣」は見たほうがいいと思う。映画自体は「中の上…」という感じだけれど、未映子さんがかわいくてかわいいので、見たほうがいと思う。
◇◇◇
「高良留美子詩集」の「自然から仮説へ」というエッセイのなかのランボーの言葉を孫引きする。ざくざく。
銅が眼がさめたらラッパになっていたとしても、それはいささかも銅の落度ではありません。木がある日、ヴァイオリンである自分を発見したとしても、それは木の落度ではありません。
目が覚めたとき自分が虫であることを発見したザムザに、ひととしての落度はなかった。
私は一個の他人である。
ランボーはこうも言った。
2010年2月4日(木) 夜
朝の11時睡眠、午後8時30分起床。「赤ちゃんと僕」を読んでから学校に来た。まだエアコンがなおっていなくて、寒い。これから修士論文を書いて、お昼になったら先生に提出しようと思う。
が ん ば る 。





