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正義的なものが存在していないということをわたしたちがかたくなに信じるようになった世界

2012.02.06(01:39)

ホーリー・マウンテン HDリマスター版 [DVD]ホーリー・マウンテン HDリマスター版 [DVD]
(2011/03/04)
アレハンドロ・ホドロフスキー、ホラシオ・サリナス 他

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 2月4日(土)

 必死のちからをふりしぼって13時くらいまで眠り、それからドトールへいって小説をへこへこ書いたあと電車にのって池袋までいった。新文芸坐でアレハンドロ・ホドロフスキーをオールナイトで見た。
「エル・トポ」のデジタルリマスター版は見るのは2回めだけれど、やっぱり空の青と砂漠の砂の色が合成着色料みたいな感じですごくきたなくてざんねんだった。クストリッツァ「アンダーグラウンド」やジョアキン・ペドロ・デ・アンドラーデ「マクナイーマ」もあきらかに2011年の映像っぽくなるように加工してあって、どんな映画にしても映画館で見られないよりは見られるほうがはるかにうれしいことだろうとは思うけれど、リマスターといってもわたしはできうるかぎりもとの映画の画質をそのままのこしてほしいと思う。映像の表面を鮮明にして光の明度をくっきりとすることが「美しい加工」の唯一の手段だと思うのならわたしはそんな美しさはいらない。「エル・トポ」の物語はわたしはだいすきだと思った。そして笑えない。4人の銃の達人のうち最後のひとりは虫取り網で銃弾を跳ねかえしてくるようなおじいさんで、あきらかにふざけているのにわたしは笑えなかった。笑えないというのはそこに潜む表面的なグロテスクさではないなんらかのグロテスクさがあるということだと思う。「薔薇の葬列」にしても「追悼のざわめき」にしても、わたしはやっぱり笑えないだろう。
「ホーリー・マウンテン」は「エル・トポ」よりもすばらしかった。この映画を見てわたしは「映画とは美意識のあらわれ」だとひさしぶりに思えてうれしかった。タルコフスキーやエリセやアンゲロプロスが自然さにかなった美意識の頂点にたつようにわたしに思われるのなら、「ホーリー・マウンテン」はパラジャーノフとおなじように着色の美意識があると思う。ここにでてきた蛙や山々の緑はたしかに自然だろう。けれどホドロフスキーにとってそれは着色だったんだろうと思う。すばらしかった。
「サンタ・サングレ」はまさかのB級ホラーだった。母親のコンチャ(ブランカ・グエラ)が信仰している宗教の聖女が両腕を切りおとされたセーラー服の女の子というところがお気にいりだった。墓場から幽霊がよみがえってくるシーンもまったく美しく、エンディングロールであの音楽が流れつづけるのもまったくすばらしかった。
「エル・トポ」上映中に放送事故があってかっくかくとなっていったん中断となったトラブルがあったけれど、オールナイトでもつかえる無料招待券をお詫びにもらったのでとてもうれしかった。


 2月5日(日)

 朝7時に寝て、お昼の3時30分にはいったん起きたけれど、「はやい!」と思ってまた寝た。夜の7時だった。賞味期限がきれてお鍋のもとでお鍋をつくって食べて、トマス・モア「ユートピア」と太宰治「斜陽」を読んだ。
「ユートピア」がものすごいのは世界の根底に、なんと呼べばいいんだろう、「正義」みたいなものがあるという前提にたっているということだと思う。この世界が善きものであるためにわたしたちが手をのばさなければいけないもの、それに従えば善き方向へ導かれていくというもの、白痴のようにそういったものが「存在している」という前提にたち「ユートピア」のある部分は書かれている。そしてトマス・モアは国家反逆罪で処刑された。現代とはなんだろう。「『正義』的なものがないということが明かされた世界」なのか、「『正義』的なものが『存在していない』ということをわたしたちがかたくなに信じるようになった世界」なんだろうか。現代において現代を求めるならわたしたちは「正義」的なものを信じてはいけないだろうと思う。「正義」的なものに従えばわたしたちはまちがえばかりやっているからだ。たとえばユートピア人は戦争を極力避けるけれど、戦争しなければいけなくなったときまず莫大なお金で他国民を雇って戦争にいかせる。日本だってまったくおなじことをして批難されていたことも、その是非もおいておいて、わたしが興味深く思うのはその行為における確信だと思う。ユートピア人はユートピア人の行為について必ずどこかの部分で国民レベルの圧倒的一致を見せている(と語られている)。そして、もしそれが共産主義において必要なことであったとしたら、やっぱりそれははかないものだなと思う。それが、圧倒的幸福とゆたかさへの希求だったんだから。
「斜陽」にかんしてはなにも言うことはない。世界でいちばん美しい小説だ。


 人間は、みな、同じものだ。
 これは、いったい、思想でしょうか。僕はこの不思議な言葉を発明したひとは、宗教家でも哲学者でも芸術家でも無いように思います。民衆の酒場からわいて出た言葉です。蛆がわくように、いつのまにやら、誰が言い出したともなく、もくもく湧いて出て、全世界を覆い、世界を気まずいものにしました。
――太宰治「斜陽」





コメント
そうなると「蟹工船」は「絶対的悪と絶対的正義が存在すると確信できた人の小説」ということになるのでしょうか。
【2012/02/09 16:42】 | ぐっしい #- | [edit]
ぐっしいさん

読んだことがないので皆目わかりませんけれど
資本家と労働階級がたらば蟹をとりあって
手に汗にぎる血みどろの闘争をする物語である
という僕の想像があたっているのなら
そのとおりでしょう。
【2012/02/11 19:59】 | 桜井晴也 #oSfzfPCQ | [edit]
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