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サンプル「女王の器」@アルテリオ小劇場

2012.02.20(01:54)

ミツバチのささやき / エル・スール ボーナス・ディスク付き スペシャルボックス [DVD]ミツバチのささやき / エル・スール ボーナス・ディスク付き スペシャルボックス [DVD]
(2000/06/30)
アナ・トレント、イザベル・テリェリア 他

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 2月15日(水)

 会社にいった。


 2月16日(木)

 また会社にいった。
 ヘーゲル「歴史哲学講義」を読んだ。

 
 墓こそはまさに逆転の生じる本来の場所であり、感覚的なものがむなしく消えていく場所です。キリストの墓の前で、キリスト教徒の思いこみははかなく消え、まじめな思考がはじまります。生身のキリストその人の跡などどこにもないことがわかると、思考の転換が生じ、「なんじの聖者が腐れゆくと思うなかれ」ということばが実感として納得される。墓のなかにキリスト教の究極の真理があるわけではない。

 かれらは実践行動をつうじて幻滅を味わっただけで、結果としてわかってくるのは十字軍遠征のむなしさです。さがしもとめられたこの人とは主体的な意識として存在するもので、目に見える自然物などではない。つまり、世俗と永遠とを結合したこの人とは、精神的に自立した人格のことだ、ということがわかってくる。こうして、キリスト教世界に、人間は神のごときこの人を自分自身のうちにもとめなければならない、という意識がうまれ、それによって人間の主体性が絶対的に価値あるものとなり、主体はみずから神と関係する資格をあたえられます。これが十字軍遠征の絶対の結論であって、そこから、自己を信頼する時代、自主的に活動する時代がはじまります。



「自己を信頼する時代、自主的に活動する時代」以後の時代にわたしたちは存在しているけれど、わたしは十字軍以前の時代を知らない。そして、ほんとうには十字軍以後の知らないんだと思う。
 わたしはなんにも知らないんだろう。自己を信頼したり、自主的に活動したりすることについてなんにも知らないんだろう。たとえば石油の発見によって薪で火をたくことの何十倍ものエネルギー効率を得ることになったという話をどこかで読んだことがあったように思う。そしてそのエネルギー効率によって地球は現在の人口を維持できていて、エネルギー効率の水準をたもてなくなったら地球のはんぶんのひとは死ぬだろうと。たとえばわたしは、そういうことを知らない。知らないということがどういうことなのかも、わたしは知らない。なにも知らない。ときどき知らなすぎるんじゃないかと思う。わたしはわたしが生きていることも知らない。わたしがなにをしたいのかすらも、知らない。


 2月17日(金)

 これでもう5日連続会社にいった計算だ。まるで社会人の鏡じゃないか。
 フィルムメーカーのコダックが「ディジタル化の波に乗りおくれて」事実上倒産したらしい。以前、わたしは「この世界からフィルムが失われたおかげで解決できたはずの戦争が解決されないことになるかもしれない」と書いた。それはもちろん冗談だけれど、けっきょくのところ、冗談は現実の部分として存在している。


 2月18日(土)

 会社にいくよりもずっと早起きして新所沢までいって藤野さんと待ちあわせをした。西口で待ちあわせていて、わたしがいったらいなくてしかたなく電話をしたらうしろにいた。彼女はだいたいいつも待ちあわせのとき隠れている。
 新所沢レッツシネパークでビクトル・エリセ「ミツバチのささやき」と「エル・スール」を見た。藤野さんが寒いからビール飲みたいといってふたりでビールを買って飲みながら見ていた。朝からそんなことをしているのはもちろんふたりだけだった。
「ミツバチのささやき」を見たときには書かなければいけない決まりごとがひとつあって、それは主演のアナ・トレントが人類史上最高にかわいい女の子だということだろう。それはキリストが生まれて1973年後に起きたこの惑星のうえでの稀有なできごとだろう。わたしが知っているかぎり、そして、けっきょくのところわたしはわたしが知っているかぎりのうえで文学と絵画と映画について求めつづけ書きつづけるしかないかぎり、「ミツバチのささやき」はある時代に頂点をなした写実主義絵画とまったく同位置にまで映画が展開された瞬間だろうと思う。モノクロのサイレント映画はおそらくはフェルメールを描こうとはしなかったんだろうと思う。映画とは最初期にはそういうものではなかったはずだと思う。そしてそれゆえによって映画は独立的なものでしかなくなった。カラーとなって映画は独立的な映像を失っていた。そして「ミツバチのささやき」はフェルメールが描いた、あるいはフェルメールしか見ることができなかった光の表現とおなじちからを得ていた。わたしたちは画家の絵とカメラをいったいどう比較しうるんだろうか。フェルメールの描いた光をフェルメールが見ていたということを、わたしたちはどの程度まで信頼することができるんだろうか。それをほんとうだというとき、わたしたちは聖人の復活をほんとうだということとおなじ程度の信頼なんじゃないだろうか。フェルメールの見た光景はうそだったろうか、フェルエールはまったく見ていない光をあたかも見たように油彩で塗りつけたんだろうか、そしてカメラというのはフェルメールがうそをついていないことをあばくために生まれたのか。わたしは「ミツバチのささやき」のカメラはそうであってもいいとすら思えた。でも、ほんとうはきっとカメラはそんな客観的なものではないのかもしれない。わたしはエリセがイサベルが倒れている部屋でほんとうはいったいどんな光景を見ていたのか知りたいけれど、それは、わたしには一生知ることができない。
「エル・スール」を見たのは2回めだったけれど、こんなにおもしろかったっけと思った。ラストの父親と娘が会話するシーンはほとんどドストエフスキーみたいだし、冒頭のシーンはほとんど絵画みたいだった。
 パルコをうろうろしていたらお菓子屋さんがあって藤野さんが「お菓子天国!」とさけんでいた。ねるねるねるねとかを買っていた。わたしはなまあたたかい目で見ていた。「ほしいんならあげますよ!」と言われた。そとにでたらつよい風だったのでそれはこわくてドトールにいってコーヒーを飲んだ。藤野さんがもらった紅茶用のシロップをコーヒーにいれたらそれは紅茶用だったからすごくまずくなった。ぼんやりと新百合ヶ丘まで移動しながら国分寺でいったん降りた。わたしが「お肉が食べたい」と言ったからお肉を探していたけれど、藤野さんが「ここ国分寺だ! ほんやら洞いきましょう!」と言った。ほんやら洞にいってカレーを食べた。からくておいしいカレーだった。ひいひいした。伊勢丹とかルミネとかそういうところをひたすらまわって花屋さんを探しまわった。わたしはついにかんねんしてサボテンを買って、藤野さんは得体の知れない植物を買った。それはパキラだった。藤野さんは「パキラ! わたしがあれだけ軽蔑していたパキラ!」と言っていた。つまりそれはパキラだった。「でもこいつかわいいなあ」と言ってでれでれしていた。帰りの電車のなかで藤野さんに「名前はなににするんですか!」と訊かれておどおどしていたら、候補を考えてくれた。アカーキー・アカーキーヴィッチ、カノープス、ヴァン・ヘイレンだった。とくにサボテンとは関係ないことだけはあきらかだった。わたしはなんでもよかった。アカーキーがいちばんおすすめだったからアカーキィでいいやとあとで思った。藤野さんは「マンガ喫茶いきます!」といって途中で降りて、わたしは新百合ヶ丘で降りてサンプル「女王の器」を見た。
 サンプルの演劇はいつもごちゃごちゃしている。今回の演劇でとくべつグロテスクだったのはバイトの女のひとが髪の毛をどんどん盛っていって塔みたいになっているところだと思うけれど、それはあるいは五反田団「迷子になるわ」と似ていた。性器的な部分がグロテスクな面として直接あらわれてくるさまは、なんとなく「ガロ」に載っているような漫画とおなじだろうと思う。とすれば、サンプルの演劇はサブカルチャーなんだろうとなんとなく思った。そこまでしなければサブカルチャー的なものがあらわれてこないほど、サブカルチャーというものが世界を支配しているということであれば、世界なんてちっぽけなものだと思った。野津あおいについても野津あおいらしさがいまいちでていないような気がした。野津あおいはしゃべっただけで野津あおいとしてそこにたちあらわれてくる圧倒的な個性があるけれど、今回の役どころとしゃべりかたは野津あおいではなくてもそれなりに演じられるような気がしてしまった。師岡広明がすばらしかったということもあるかもしれないけれど。


 2月19日(日)

 朝から起きて早稲田松竹で2本、シネマヴェーラで2本、イメージフォーラムで「ニーチェの馬」を見るという鉄壁のスケジュールをたてていたけれど起きたら1時をまわっていてだんぜんむりだった。
 しかたなくシネマヴェーラでマキノ雅弘「鴛鴦歌合戦」をとりあえず見た。ものすごい映画だった。映画のふしぶしに「ゆたかさ」と呼びたいものがあふれだして弾けそうだった。たぶん、たぶんだけれど、「ゆたかさ」というのは本来的に無意味さをともなっていると思う。意味を構築しようとしたとき、その意味は圧倒的な制限として映画の要素を絶対的に奪いさっていく。たのしく歌って踊っていればそれでいい、この映画はそれ以上の価値もそれ以下の価値もないと思う、でもすくなくともそれはドストエフスキーにはできないことだったろう。
「次郎長」は時間がないので見ないで早稲田松竹に向かって宮崎駿「ルパン三世 カリオストロの城」と橋本一「探偵はBARにいる」を見た。「カリオストロの城」はなぜだか泣けて泣けてしようがなかった。ルパンがクラリスと話しているだけで泣けてきてしようがなかった。最後におじいさんが「なんて気持ちのよい連中だろう」と言うけれど、ほんとうにそのとおりで、この映画にあるゆたかさとそれが去っていくことから生じる今日的な郷愁が胸をうってしようがなかった。日本映画史上最高傑作だろう。
「探偵はBARにいる」はそれなりにおもしろい物語、それなりにおもしろい登場人物をとりそろえたそれなりにおもしろい映画だった。もちろんこの映画はそれなりにおもしろいけれど、それなりにおもしろいというのはたとえば「登場人物が魅力的!」と言うくらいに無価値なものなんだと思う。けれど、たぶんわたしにはこういう映画をつくったりこういう小説を書いたりするひとがいったいなにを考えているのかもう一生わからないんだろうなということはなんとなく思う。かりに、わたしにだれかほんとうに好きなひとがいて、そのひとに「あなたと遊んでいるのは暇つぶしだよ」と言われたら傷つくだろうと思う。わたしはすくなくとも「探偵はBARにいる」という映画はそういうことに鈍感なように見えた。いちばん近い映画は中島哲也「告白」だろうと思うけれど、「告白」はすくなくとも「あなたは暇つぶしだよ」と言われることに耐えられるほど鈍感ではないはずだと思う。
 早稲田松竹のポスターにプロデューサーの言葉が載っていた。そこには撮影中に起きた震災のことが書かれていた。「映画なんかつくっている場合なのか?」というもう何度も見た決まり文句が書かれていた。もし、もしも映画をつくるひとが「映画なんかつくっている場合なのか?」というはにかみみたいなものをもってそれをしたり、それを免罪符みたいにおおやけの場所で言ったりすることがなんらかの義理や義務みたいなものだと考えているとしたら、わたしはそれに絶望する。そんなことは戦後に太宰が書いた。サルトルは「ナチス占領化において我々がこれほど自由だったことはない」と言った。
 俺にはぜんぜんわからない。震災が映画づくりを恥ずかしいものに変えたんだろうか。なんでこの世界でこんなことが起こらなくちゃならないんだよ。


「きみはたいへん幸福らしいですね、キリーロフ君?」
「ええ、たいへん幸福です」ごくあたりまえの返事をする調子で、彼は答えた。
「でも、ついこの間まではひどく悲しんで、リプーチンに腹を立てていたじゃありませんか」
「ふむ……でもいまは人を罵ったりしませんよ。あのときはまだ自分が幸福なことを知らなかったんです。きみは葉を見たことがありますか、木の葉を?」
「ありますよ」
「ぼくはこの間、黄色い葉を見ましたよ、緑がわずかになって、端のほうから腐りかけていた。風で舞ってたんです。ぼくは十歳のころ、冬、わざと目をつぶって、木の葉を想像してみたものです。葉脈のくっきり浮き出た緑色の葉で、太陽にきらきら輝いているのをです。目をあけてみると、それがあまりにすばらしいので信じられない、それでまた目をつぶる」
「それはなんです、たとえ話ですか?」
「いいや……なぜです? たとえ話なんかじゃない、ただの木の葉、一枚の木の葉ですよ。木の葉はすばらしい。すべてがすばらしい」
「すべて?」
「すべてです。人間が不幸なのは、自分が幸福であることを知らないから、それだけです。これがいっさい、いっさいなんです! 知るものはただちに幸福になる。その瞬間に。あの姑が死んで、女の子が一人で残される――すべてがすばらしい。ぼくは突然発見したんです」
「でも、餓死する者も、女の子を辱めたり、穢したりする者もあるだろうけれど、それもすばらしいのですか?」
「すばらしい。赤ん坊の頭をぐしゃぐしゃに叩きつぶす者がいても、やっぱりすばらしい。叩きつぶさない者も、やっぱりすばらしい。すべてがすばらしい、すべてがです。すべてがすばらしいことを知る者には、すばらしい。もしみなが、すばらしいことを知るようになれば、すばらしくなるのだけれど、すばらしいことを知らないうちは、ひとつもすばらしくないでしょうよ。ぼくの考えはこれですべてです、これだけ、ほかには何もありません」
             ――ドストエフスキー「悪霊」





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