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解決されえない思いを抱えたまま生きていくことに耐えるしかないのなら

2012.03.17(01:28)

暗闇の中で子供 (講談社ノベルス)暗闇の中で子供 (講談社ノベルス)
(2001/09/06)
舞城 王太郎

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 3月9日(金)

 会社にいった。5時にいそいそ支度をしているとAIさんに「なにしてるの? まさか帰るんじゃないよね?」とつっこまれて、わたしは笑顔だった。KYさんにも「はやいよー」と言われた。わたしは笑顔だった。
 帰ってためしに熱を測っていたら37度だったのでもうわたしは笑顔ではなかった。もう何年前のものかもわからない古い風邪薬を飲んで、ぐっすり眠った。


 3月10日(土)

 朝起きたとき猛烈な寒波にわたしの身体が襲われていて、熱を測ったら38度5分だったので、「こりゃつらいはずだよ」と思って古い風邪薬を飲んでひきこもっていた。お布団をいっぱいかけたけれどがたがた震えていた。風邪の諸症状がいっぺんにやって、眠ってしまいたいのに体調がわるすぎて布団のなかで目をつむっているのがせいいっぱいだった。にゃー。
 メチニコフが書いた「近代医学の建設者」などをうっかり読んでいて、「助けてパストゥールさん! 助けてコッホさん!」と思ったけれどだれも助けてくれなかった。


 3月11日(日)

 昨日とおなじ日が続いた。ミラン・クンデラ「不滅」なんかをうっかり読みはじめたのが唯一ちがうところで、この小説もいきなりゲーテがでてきてちょっと意味がわからないもので、ものすごくおもしろいんだけれど、そんな体調で読んだところではなにもおもしろいわけがなかった。
 古い風邪薬を飲めば一時的に熱はさがるけれど、それは一時的で、時間がたつとまたすぐに熱があがってしまう。目をつむる瞬間に青い6つの美しい光がちかちかと舞っていたからわたしはあの世を見ていた。いちばんつらいのは体調がわるすぎて眠ることができないということで、断続的に3、4時間は眠れたけれど、それ以外は一晩中布団のなかで寒さに怯えながらしっかりと目をつむり朝がくるのを待っていた。 
 さんざんだなと思った。トリアー「メランコリア」を見にいったり、早稲田松竹で「10ミニッツ・オールダー」を見たり、シネマヴェーラでガス・ヴァン・サント「エレファント」を見たりしなければいけなかったのに、ぜーんぶおじゃん!


 3月12日(月)

 朝にK課長とATさんとSYさんにメールを送り「むりです! 病院いってきます!」と言ったら、ATさんから「気をつけていってきてね」と帰ってきた。にこにこマークがいっぱいはりついていた。
 病院にいってシェイクスピア「ヴェニスの商人」を読みながら順番を待った。お医者さんに症状をかろうじて伝えたらすごくむつかしい顔をされ、わたしは「俺死ぬんだ!」と思った。「風邪かインフルエンザだと思うんですけれど、熱がでてから48時間以上経っているから微妙ですね。インフルエンザだと48時間以内に検査しないといけないんですよ」と言われた。それで鼻のおくに棒をつっこまれて検査された。わたしは知っていたけれど、もちろんインフルエンザだった。「48時間以上たっているからあまり効果はないかもしれませんが、いちおうタミフルをだしておきます」と言われた。「水曜日には熱もさがると思います」と言われた。
 食料を飼いこんで家にもどって、「インフルエンザでした!」と課長たちに送ったらATさんからまたにこにこマークが帰ってきた。にこにこ。
 タミフルは効かなかった。


 3月13日(火)

 まったく熱がさがらない。
 一時的に関節痛と熱と頭痛をおさえる薬をもらったので、それが効いているあいだはなんとか生きるにたる状態を保つことができたけれど、それが切れたときはうっかり死にたくなってしまうので、とにかく薬が切れませんように祈るだけしかなかった。
 生きていてもまったくたのしくなかった。やっぱり眠ることができないのにはかわらないので1日が長く、頭のなかで「スラム・ダンク」や「ハーメルンのバイオリン弾き」のハイライトを流してそれを読んでいた。エア漫画だ。もちろんちっともおもしろくなかった。
 岩波文庫「インカの反乱」も読んだけれど、途中で気持ちわるくなって読めなかった。しかたなくジョージ・オーウェル「1984年」を読みはじめた。
 土鍋でおかゆをつくったつもりだったけれど、真っ白いなまこみたいなものができた。ごみ箱に捨てた。


 3月14日(水)

「熱さがってるよね!?」とわくわくしながら目をさましたけれど、もちろん熱はさがっていなかった。
「さがらなすぎじゃない?」と思ったけれどだれも聞いてくれなかった。オーウェル「1984年」をずっと読みつづけていると、体調のわるさをあいまって頭がおかしくなってくるように思う。なんだかそれもいやになって、キャシー・アッカー「ドン・キホーテ」を読みはじめたけれど、1行目から「中絶手術を目前にして発狂した彼女は~」と書いてあって、なんだかまた気持ちわるくなった。主人公も66歳のおばあちゃんだ。


 中絶手術を目前にしてついに発狂した彼女は、女ならだれでも考えつく最もキチガイじみたことを思いついた。愛することである。女はどのように愛することができるのだろうか? 自分以外の誰かを愛することによって。彼女は別の人を愛するだろう。別の人を愛することによって、彼女はあらゆる種類の政治的、社会的、個人的悪事を正すだろう――そういった危険極まる状況に我が身を挺する栄光ある彼女の名は、世に響き渡るであろう。堕胎は今まさに始まろうとしていた――


 キャシー・アッカーの小説にはわたしが読んだかぎり頭のおかしいひとしかでてこないから、頭のおかしい状態で読むべきではなかったんだと思う。ほんとうに頭がおかしくなっちゃうような気がしてあぶない。
 66歳のおばあちゃんが堕胎して、自分をドン・キホーテだとして、めくるめく愛の冒険をくりひろげる――そんな頭のおかしい物語をだれが読むんだ?


 3月15日(木)

 朝起きたら熱はさがっていた。やっとすこしだけまともになれると思った。会社は休んだ。「明日はいこうと思うんですが」と書いて送ったら課長から「だめ!」と言われた。
 舞城王太郎「世界は密室でできている。」を読んだ。それからつづけて「煙か土か食い物」を読んだ。この小説もキャシー・アッカーみたいに頭がおかしいと思う気がするけれど、頭のおかしいと思うことにも耐えていかなくちゃいけないんだとつよく思った。僕たちはみんなもう頭がおかしいんだから。


 3月16日(金)

 アンゲロプロスが死んで、新文芸坐で特集上映がやっていたけれど、けっきょく見られなかった。くやしかった。吉本隆明も今日死んだ。吉本隆明が死んだことで世界のいったいなにが変わるのかわたしにはわからない。わたしが吉本隆明を見たのは1回だけで、そのときはもう車椅子にのっていた。いったいなにをしゃべっているのかまるでわからなった。かりに吉本隆明がひとからそう言われていたように日本の戦後の最大の知性だったとしても、日本はなにも変わらないのかもしれない。ただわたしはひとが死んだら「死んだ」と書くだけだ。「死んだ」と書いて、「死んだ」と書いて、そしてみんなほんとうに死んでいく。
 朝起きてからずっと舞城王太郎「暗闇の中で子供」を読んでいた。「煙か土か食い物」と「暗闇の中で子供」はもう5回くらいずつ読んでいると思うけれど、もうほんとうにおもしろかった。吐き気がした。
「暗闇の中で子供」で、わたしたちはほとんど狂気みたいな体験をするけれど、わたしたちは、たとえば「ひかりごけ」の船長が我慢をしていたように、なにかを耐えていかなくちゃいけないんだろうと思う。そこにあらわれるつらさは「いったいなにに耐えなくてはいけないのか?」という疑問以前の状態に耐えるというかたちでしか、わたしには表現できない。2章と3章以降において、池の名前が『手の平池』から『魍魎ヶ池』に変わり、橋本敬の殺されかたが突然変わっている。このことやほかのいろいろなものごとから総合して「3章以降は三郎の創作だ!」と「見抜き」、「そういうことだったんだ」と「腑に落ちて」「安心する」ということを、ほかのひとがあたりまえのように許容したとしても、わたしはぜったいにしたくないと思う。ちょうど読んでいた青木淳悟「四十日と四十夜のメルヘン」の解説に保坂和志がこう書いている。


 たとえば、壁の穴から隣りの部屋の住人をいつも覗き見していた男がいるとする。読み進むうちに読者は「どういう仕掛けなんだろう?」と思いはじめる。「なんか変だ……なんか変だ……」ときて、最後、隣りの部屋にいたいのは覗き見していた男自身だった――という結末にいたると、読者は「そうだったのか」と、ホッとする。覗き見されていた隣人が覗き見していた男自身だなんてことは現実にはありえないが、これは小説の定型とでもいえる思考であり、つまり読者は現実に出合うことでなく、仕掛けに出合うことがでホッとする、というわけだ。


 すくなくとも、わたしには小説が現実的なものであってほしかった。「3章以降が三郎の創作だった」ということをかりに思ったとしても、それはけっきょくのところ純小説的な解決しかもたらされていない。そして純小説的な解決というのはほんとうのところでわたしたちの現実に手をとどかせていない。じゃあ、「わたしたちの現実」とはいったいなんなんだろう?
 それはもちろんわたしにはわからないし、けっきょくのところそれはひとりひとりが考える問題でしかない。そしてそれはそういうたぐいの問題でありつづけるしかなくて、もしそういうたぐいの問題でありつづけることに耐えられないのなら、それは、「ひかりごけ」の船長のようには我慢できなかったというだけのことだろう。
 どうして僕はこんなに生きているのがつらいんだろう。
 どうして僕はこんなにだれをも愛することができないんだろう。
 どうして僕はこんなに生きていてもおもしろくないんだろう。
 どうして僕はだれにもなににもかけらほどの興味を持つことができないんだろう。
 それらのせつじつであまりにも現実的な思いや問いの解決がたんなる「しかけ」だったとしたら、すくなくともわたしはかなしむだろう。解決されえない思いを抱えたまま生きていくことに耐えるしかないのなら、わたしは耐えて、耐えて、耐えて、生きのびるしかないんだろう。わたしたちのうえには解決は降りそそがない。だれもわたしの、あなたの人生なんて、書きはしないんだから。




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