スポンサーサイト

--.--.--(--:--)

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。





スポンサー広告 トラックバック(-) | コメント(-) | [EDIT]

朝弘佳央理×入江淳子×中村友紀「蟹のぬけがら」@シアター・バビロンの流れのほとりにて

2012.05.07(01:20)

審判 (新潮文庫 カ 1-3)審判 (新潮文庫 カ 1-3)
(1971/07)
フランツ・カフカ

商品詳細を見る

 4月30日(月)

 朝起きて、クリーニング屋さんにいったり、髪を切りにいったりした。前回クリーニングにだしたのは3月8日だったからびっくりした。いいかげんにしないと会社の入口とかでおまえくさいぞって言われちゃうなあと思った。
 そのあと、ドトールにいってずっと日記を書いた。それからドトールが閉まったからでて、モスバーガーにいってずっと小説を書いた。わたしは、これまでわたしが書いてきたものとはぜんぜんちがう種類のものを書いてきたけれど、ここまできて似かよってきたように思った。それはつまりわたしがなにを書けばいいのかわからないということだと思う。なにを書けばいいのかわからないけれどわたしはなにかを書いて、そうやっているうちに、いままで書いてきたことだけがくりかえされて、すりきれていく。進歩がない。書きなおせばいいけれど、わたしにはもうほとんどなにかを書きなおすということをやめているし、やめたいと思っている。わたしは書きなおすにたる小説はいままでひとつたりとも書いてこなかった。そして、わたしは、書きなおすなら、それはもう、まったくべつの小説として書きなおしたいとしか思わない。
 さいたま新都心をゆっくりと散歩した。おおきい郵便局のほとりを歩いた。ところどころに点在する窓から明かりが漏れていて、そのなかでは幽霊みたいな郵便職員がたくさんの郵便物をしわけしていた。新都心駅までつづく道までは淡い光ばかりしかなくて、ひとはだれもいなかった。いたとしたらそれはきっと幽霊だと思った。駅の反対側までいっててきとうに歩いていたら迷子になった。右に曲がりたいけれど、ひろい区画がずっと工事中でまがれなかった。なにをつくっているのか知れなかったし、とくに知りたくもなかった。家にたどりついたとき12時をまわっていた。


 5月1日(水)

 会社にいって労働をした。そのあと帰って、シアター・バビロンの流れのほとりにてまでいって朝弘佳央理×入江淳子×中村友紀「蟹のぬけがら」を見た。流れのほとりにてはいくのがはじめてで、地図にそっていくとまったくなにもなくなり、あきらかに民家だらけになって「こんなところにあるわけないよ! だまされた!」と思うあたりのところにあった。あってよかった。
「蟹のぬけがら」はまんなかくらいからずっと眠っていたのでわたしにはちょっとよくわからなかったけれど、だばだばだばだば言いながらお花をかぶったひとがぺたぺたやってきたところは起きていて、すくなくともそこはすばらしかった。かぶりものというと、わたしがすぐに思いつくことができるのはBATIK「花は流れて時は固まる」と酒井幸菜「In her, F major」で、「花は流れて時は固まる」では舞台のセットのミニチュアをかぶったひとが登場していたし、「In her, F major」で酒井幸菜はばけつをかぶって登場していた。やっぱり思うのは、BATIKはかぶりものをすることでグロテスクな方面へ向かうのに、この作品では酒井幸菜と同様美しい方面へ向かうということだ。
 ゴールデンウィークだからそれはゴールデンで、だから藤野さんに遊ぼうよと声をかけていたけれど、なんだかだめになってざんねんだった。「お皿洗い妖精が…」とか「チーズが…」とか「飲むヨーグルトが…」とかよくわからないことを言っていたけれどだめになったことはかろうじてわかった。




コメント
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
トラックバックURL:
http://kizuki39.blog99.fc2.com/tb.php/1026-3ddd6ba7
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。