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ままごと「朝がある」@三鷹市芸術文化センター

2012.07.15(02:11)

カラマーゾフの兄弟〈中〉 (新潮文庫)カラマーゾフの兄弟〈中〉 (新潮文庫)
(1978/07)
ドストエフスキー

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 7月1日(日)

 がんばって朝早く起きて、へこへこ三鷹までいって藤野さんと待ちあわせをしていたら「今日はわるいことをしたい気分なのでね! 10分遅れます!」とメールがきた。なんてわるいんだとおののいてタリーズで長谷川健一を聴きながら「カラマーゾフの兄弟」を読んでコーヒーをすすっていた。藤野さんがきて「おばあさんとかへいきで殺しますからね! 子供に足かけてへいきで転ばせたりしますからね!(わるいから)」と言っていた。すごくがんばって三鷹市芸術センターまでぽてぽて歩いてままごと「朝がある」を見た。それはきわめてままごと的な作品で、きわめてままごとちっくだったけれど、その片鱗を見せてもらったような気がしたけれど、それは、たとえば柴崎友香の短編小説みたいな感じで、そのひとつひとつは美しいけれどそれだけでたとえばアンゲロプロスみたいなふかい満足感を抱けるたぐいのものじゃなかった。わたしが柴崎友香の短編小説を愛するとき、きっと彼女が描く短編小説総体を愛していて、そうなってしまった以上、わたしは柴崎友香の描くものは愛さなくてはならないという、ひどいことになってしまっていると思う。けれど、劇場で短編小説的なものがどのように可能なのか、わたしにはよくわからない。今回のままごと「朝がある」には物語的な展開はまったくといっていいほどなくて、途中寝ていたからよくわからないけれど、もしかしたら作中の物語時間は1秒も進んでいなかったのかもしれない。そのかわり、凝縮されたゼロ時間に層を重ねていくみたいなやりかたがとられていて、それは、たしかに柴幸男がやってきたことかもしれないし、柴幸男的なやりかたかもしれない。たしかにこれを見れば「柴幸男だ!」とわたしたちに感じさせるほとんど刹那的なものがあるかもしれないけれど、わるい言いかたをすれば、「柴幸男だ!」と感じさせるもの以上も、なかったように思う。あるいはそれはたんなる期待値みたいなものかもしれない、「わが星」や「テトラポット」を見たわたしは柴幸男にそれ以上のものをどうしても期待してしまう。それは柴幸男が柴幸男であることがあたりまえのようになってしまったあとの世界だと思う。不幸なことかもしれないけれど、もう、そうなってしまったあとだと思う。舞城王太郎が「ディスコ探偵水曜日」を書いたあといったいなにを描きえるのか、わたしはまだ見ていない。村上春樹は「ねじまき鳥クロニクル」を書いたあと、わたしから見ると、ほとんど小説的なものは書いていない。「海辺のカフカ」も「1Q84」も、巧妙に擬態しているけれど、まともに見れば小説なんてものじゃなく、ある種の神話にほとんど接近している。その状況を見てかなしむこともできるし、よろこぶこともできる、けれどどうしようもなく、村上春樹は村上春樹的でありながらそれ以外の場所に踏みだしていったように見える。そういうことはありえたし、そういうことはありえるんだろう。
 終わったあとあたりまえに雨が降っていて、藤野さんはあたりまえに傘なんてなくて、かわいそうにと思った。古本屋さんをひやかして、お寿司を食べて帰った。さいきん、どこの回転寿司にいってもまわっていないような気持ちがするけれど、回転寿司はすでに回転することをやめてしまったんだろうか。
 帰りの電車のなかで「カラマーゾフの兄弟」をずっと読んでいた。この世界にあるあらゆる小説のなかでいちばんおもしろいなと思った。
 どうしてわたしはだれかを愛するようにだれかを愛することができないんだろうかと思う。きっと、わたしはだれかを愛するときに本や映画を愛でるように愛することしかできないんだろう。そして、そのとき、わたしはそのだれかが本や映画ではないことを知ってもいるから、きっと、なにもかもがうまくいかないんだろう。言葉をかければだれかはなにかを思い、なにかを考え、わたしはそれとは関係なく言葉をかけること、あるいはかけなかったことで、ひとり傷つきつづけていくんだろう。よくわからないけれど、きっとわたしはあらゆるにんげんがきらいで、それでいながら特定のひとを好きなふりをしているだけなんだろう。


 7月2日(月)

 会社にいったらK課長が「バクマン。」の15巻まで貸してくれた。どういうことなんだろうと思ったけれどこわくて訊けなかった。AHくんとSSくんに相談したら「いっしょに漫画家になろうぜってことだよ」と教えてくれた。わたしが物語を考えれば課長は絵を描いてくれるんだろうか。
 帰って「カラマーゾフの兄弟」を読んだ。


 7月3日(火)

 会社にいって仕事をした。あとはとくになんにもしなかった。
 帰って「カラマーゾフの兄弟」を読んだ。 


 7月4日(水)

 会社にいって仕事をした。あとはとくになんにもしなかった。
 帰って「カラマーゾフの兄弟」を読んだ。


 7月5日(木)

 会社にいって仕事をした。あとはとくになんにもしなかった。
 帰って「カラマーゾフの兄弟」を読んだ。

 
 7月6日(金)

 ドトールがいままで朝の7時30分から開店ということだったけれど、なにを血迷ったのか、朝6時45分から開店になりましたというちらしがあって、この日はひゃっほうと思いながら出社前にドトールにいった。8時だけど。ずっと「カラマーゾフの兄弟」を読んで眠くなったところで会社にいった。
 仕事をした。帰るまえに喫煙所にいったらSYさんがいて、ATさんもいて、いっしょにごはんを食べにいった。会社の話をいろいろすることができた。ゆかいなひとたちだなあと思った。

 
 7月7日(土)

 今年の七夕は彦星が織姫を食べたらしい。
 まったく朝早く起きてフィリップ・ガレルの映画を見にいくという、優雅な休日の予定をたてていたのに、彦星が織姫を食べたせいで起きたら18時でびっくりした。今日も出社したATさんに金曜日の夜間に稼働した業務が正常に終了したかどうかを見てもらったけれど、その報告のメールが朝の9時30分ごろにきていてなんかすいませんと思った。なんかすいません。
「カラマーゾフの兄弟」を読んで21時くらいには寝た。なまけもののほうがいっぱい起きているかもしれない。なまけものはなまけものすぎて自分の身体に苔が生えるらしいけれど、みんながわたしの髪の毛だと思っているのは苔かもしれない。




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