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甘もの会「はだしのこどもはにわとりだ」@ゆうど

2012.07.17(22:06)

誰がドルンチナを連れ戻したか誰がドルンチナを連れ戻したか
(1994/01)
イスマイル カダレ

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 7月15日(日)

 朝起きて、映画を見にいくつもりだったのにうっかりだらだらして「バクマン。」の4巻まで読んだ。この作者の漫画を読むときにいつも思うけれど、展開がきちんと飽きさせない程度にはやくて、とてもたのしいと思う。「ヒカルの碁」は碁についてなにも知らなくてもたのしめるという奇跡をなしとげた漫画だけれど、その路線はたぶん「バクマン。」でも踏襲されていて、つまり、わたしたちは碁についてなにも知らないのと同様に漫画についてもなにも知ってはいなくて、それでいながらにたのしめるというのはとてもすばらしいと思う。そしてそのぶん、ずっと読んでいると文字を追うのがめんどうくさくなってくるし、何度も読みかえすのは、なかなかむずかしいんだと思う。
 図書館までいって真藤順丈「庵堂三兄弟の聖職」とイスマイル・カダレ「誰がドルンチナを連れ戻したか」を借りて、ドトールで小説を書いて、それから目白に向かう電車のなかでずっと「誰がドルンチナを連れ戻したか」を読んでいて、すごくおもしろいと思った。アルバニア文学だけれど、ミステリー仕立てで、ある日遠くヨーロッパに嫁いでいったドルンチナという娘が家に帰ってきて、母親と娘は直後につよい精神的ショックを受けて倒れてしまう。ドルンチナは「兄につれてかえってもらった」と言っているが、兄はもう3年前に戦争で死んでいる。いったいだれがドルンチナをつれかえったのか、主人公が探っていくというお話。こういうの好き。
 目白にいって、ゆうどまでいくはずだったけれど、途中のオリジン弁当の看板などに見とれていたら下落合三丁目の信号を見落として、歩いても歩いてもつかない。いったいどういうことだろうと思いながらそれでも信じて歩いていくといつのまにか四丁目になっていて、「ひい!」と思いながら道を引きかえして、5分くらいまえになってぎりぎりついた。ゆうどで甘もの会「はだしのこどもはにわとりだ」を見た。これはおもしろかったと思う。バンドのひとたちがでてくるんだけれど、楽器が鮭、壊れかけのラジオ、うどんだった。3人でセッションしているんだけれど、鮭はひいても音がでないので、実質ラジオの音が聞こえるくらいで、あとはときどきうどんをすする音が聞こえるくらいで、すごいなと思った。時間も空間も人物の存在もかなりあいまいで、だれが実在しているのか、いま見ているのがいったいいつのどの場面なのかもわからないまま、それがやや散漫に語られていく。この作品は散漫なところが印象的で、作品にまとまりもないし、設定も重層的にかさなっていかない。満州方面でまとめようとしているのかもしれないけれど、それもよわいと思う。脚本的に、鈴木明日香(くのいち)が野津あおい(魔女)のことを空想でつくった女の子と呼び、野津あおいも鈴木明日香を空想でつくった女の子と呼んでいて、そして、見ている側としてはどちらが実在の女の子かわからない。鈴木明日香も野津あおいも空想でつくられたという設定ではないほかの登場人物とふつうに会話をしているからだ。その設定じたいはいいと思うけれど、問題は、彼女たちが空想かもしれないし実存かもしれないという設定を保証するためのほかの登場人物が必要とされるということで、野津あおいはそのてんめぐまれているけれど、ますだようこは鈴木明日香のあてうまにされた感がつよいのがざんねんだった。不必要に登場人物が増えて、作品は中心を欠いたまま、展開を欠いたまま、進行し、そして、終わらざるをえない。もっとも、見るのははじめてだから知らないけれど、わたしがいま書いたものこそが甘もの会の特徴かもしれないし、そういったものが失われ、作品がぴりっとしまると、あんがいつまらなくなってしまうのかもしれない。わたしにはよくわからない。
 わたしはほとんど野津あおいを見にいったようなものだったけれど、見にいってよかったと思う。野津あおいや宮部純子についてはなんだかあらためて見るとたまに天才なんじゃないかと思う。発声のひとつひとつ、しゃべりかたのひとつひとつが、ほかの役者が舞台にあたえる影響と比較してまるでちがうと思う。彼女たちがひとことしゃべるだけで舞台に重みがあたえられて、固形として彼女中心に収束していくようにすら思える。ほんとうにすごい。
 終わってどこか喫茶店にはいって日記を書いたり小説を書いたりしようと思ったけれど、どこも敷居が高くてはいれなくて、しかたなく赤羽駅のベッカーズにいってこそこそ書いた。たまに思うんだけれど、なんでベッカーズやベックスのアイスコーヒーってあんなにまずいんだろう。ふしぎだと思う。帰った。
 家に帰りついて「バクマン。」をひたすら読んでいたら、気がついたら12時だった。昼の。


 7月16日(月)

 フィリップ・ガレルやホセ・ルイス・ゲリンを見にいったりする優雅な休日の予定だったけれど、一睡もしないで昼の12時まで「バクマン。」を読んでいたせいでむりで、とりあえず12時から眠って起きたら夜中の12時だった。時間が飛んだ!
 とりあえず「庵堂三兄弟の聖職」を読みはじめたけれど、文章がへたっぴでおもしろくない。ふにゃー。


 7月17日(火)

 朝の5時30分に起きて、7時すぎのドトールにいって小説を書いた。わたしはわたしがいま書いている小説をおもしろいと思う。毛皮のマリーズの「ダンデライオン」ばかり聴いている。最初聴いたときはビートルズの「ア・リトル・ヘルプ・フロム・マイ・フレンズ」のカバーなのかと思ったけれどずっと聴いているとそうでもないように思えてきて不思議だ。
 会社にいって仕事をして帰った。




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