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マームとジプシー「ワタシんち、通過。のち、ダイジェスト。」@三鷹市芸術文化センター

2012.09.11(22:22)

神の道化師・媒妁人 (講談社文芸文庫)神の道化師・媒妁人 (講談社文芸文庫)
(2005/01/08)
椎名 麟三

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 9月6日(木)

 会社にいった。ふつうに9時まで仕事をして帰った。
 あとはとくになにもおきなかった。わたしの家に住みついていた植物たちがみんな死んだのでテーブルヤシくんを買ってきた。なむさん。


 9月7日(金)

 会社にいった。ふつうに9時まで仕事をして帰った。
 家に帰ってひたすら「タオルケットをもう一度 3」をやりはじめてしまったからとまらなかった。世界があまりにゆたかすぎてくらくらした。


 9月8日(土)

 朝起きたらと思ったら朝ではなくて、それは午後の4時だった。しかたがないから「タオルケットをもう一度 3」をクリアした。おもしろかった。
 おもしろかったからそのまま「タオルケットをもう一度 1」をやって、夜中の2時くらいにクリアした。
「タオルケットをもう一度」の3部作についていえば、言いたいことがいろいろあるような気がするけれど、こうやって書いていても言いたいことのどの部分にもたどりつかないような気がして、はがゆい。ただ「2」と「1」に関してはわたしはほとんどどんな作品よりもおもしろいと思う。「タオルケット」というゲームはどうにもこころのふかい部分をえぐってくる。もうほんとうにずっとまえだけれど、タルコフスキーの映画を見たときにこころのなかに深い教会が建築される、というようなよくわからないことを言ったことがあると思うけれど、たぶん、「タオルケット」というゲームでもほとんどそれとおなじレベルのことがおこっていると思う。それは、ただこころのなかに建築されるものがちがう、というだけのことだ。こういう作品はたぶんわたしたちのこころのなかの一部となっていくんだろうと思う。わたしたちのこころのなかにはたくさんものがつまっていて、タルコフスキーでも、カフカでも、好きなひとでも、「タオルケット」でも、わたしたちの現実に呼応するようなやりかたで、それがなにかをもたらすとか、なにかをえぐるとかとは関係なくて、そういうやりかたでもってなされたものをきりはなして生きていくということはたぶんもうむりなんだろうと思う。「serial experiments lain」をやることによってわたしたちのこころのなかにレインがインストールされるように、たとえばそういうことはもう異常でもなんでもなくてあたりまえになっていって、わたしはべつにそれでいいと思う。そして、作品はたぶんわたしたちのこころのなかの部分として確固たる場所をしめなければいけなくて、だからそれはもうひとつの体験だろうと思う。そのいとなみだけがただわたしのこころをせばめたりひろげたりして、そして、せばめるとか、ひろげるとか、そういうことはけっきょくおなじことにすぎない。せまくして死んでもいいし、ひろくして死んでもいいと思う。傲慢にならないこと、なにかを許すこと、なにかに耐えきれないこと、そのすべてが美しいし、もう、美しくなければなにものにも価値はない。


 9月9日(日)

 朝起きて、おなかすいたのでしかたなく図書館へいって、椎名麟三「神の道化師・媒妁人」、フリオ・コルタサル「すべての火は火」、朝吹真理子「きことわ」、藤野可織「パトロネ」を借りてきて、それからドトールにいって小説を書いて、電車にのった。電車のなかでは椎名麟三を読んでおもしろいなあと思っていた。三鷹についてからおりて、それからてってこてってこ歩いて三鷹市芸術文化センターへいってマームとジプシー「ワタシんち、通過。のち、ダイジェスト。」を見た。
 なんだか、なんでこんなにつまんなくなっちゃったのって思って、びっくりしたし、いらいらした。たんじゅんな意味で、いくらなんでもだめすぎるんじゃないだろうかと思った。中途半端な水準の高さがなんだかすべてだめな方向に向かっているように思って、たとえばチェルフィッチュとかままごとの演劇をよせあつめて藤田貴大のリフレインのなかに押しこめていったようにすら感じられた。「ハロースクール、バイバイ」を見たときもわたしは「リフレインしすぎ!」と言ったように思うけれど、そのリフレインは繁殖しすぎて、ひとつの台詞のやりとりが終わるとその2秒後にはまたおなじ台詞のやりとりがはじめって、それが平気で5回くらいくりかえされていた。そのリフレインは作品全体をつつみこむかのように終始くりかえされていて、だいたい演劇が終わるころには100回くらいは聞かされたような感覚で(100回は言いすぎかもしれないけれど50回くらいはやっていると思う)、わたしはこの演劇を見るのははじめてなのに「もう2度と見たくない!」と思ってばっかりで、1時間50分程度の演劇なのに体感時間はおよそ3時間をはるかにこえていたように思う。その台詞のやりとりにしても、音楽が変わったり、演出が変わったり、しゃべりかたが変わったり、あるいはほとんどなにも変わらなかったり、50回おなじ台詞をしゃべりつづけるのなら50回の変奏があるにちがいないのかもしれないけれど、わたしはそんな50回に情熱をかたむけるほどなにかに熱心になれはしないし、熱心になりたいとすら思わない。号泣を誘う最後の感情の高ぶりにしてもそれまでずっとつきあうはめになってきたわたしにとってはほとんどしらじらしいものにしか見えなくて、わたしはどうしてもこんなにも耐えなければいけないんだろうかと思った。もしもなにかに耐えなければなにかを愛せないのなら、わたしはなにも愛せなくていい。
 ぷりぷりしながら劇場をでて、それからまた椎名麟三を読みながら帰った。


 9月10日(月)

 会社にいった。レタスが鼠を食べていた。
 モスバーガーによって小説を書いたり日記を書いたりした。家に帰ってフリオ・コルタサル「すべての火は火」のなかの「南部高速道路」を読んだけれど、これがいきなりとってもおもしろくてびっくりした。パリに向かう高速道路が渋滞して、それはあんまり渋滞しすぎてほんとうに進まなくて、何日も、あるいは何ヶ月もの歳月を高速道路のうえですごして、ひとびとはグループを組み、リーダーを定め、水と食糧の確保に奔走して、愛が生まれ、老婦人が死に、欺瞞といさかいが生まれ、というようなことがらが、ほとんどありえるような調子をまったくくずすことなくあざやかに描かれていて、ほんとうにびっくりするくらいおもしろかった。

 9月11日(火)

 会社にいった。福引が風に吹かれていた。
 帰りにドトールにいって小説を書いた。アーバンギャルド「メンタルヘルズ」がよかった。毛皮のマリーズ「戦争をしよう」はよくわからなかった。 




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