スポンサーサイト

--.--.--(--:--)

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。





スポンサー広告 トラックバック(-) | コメント(-) | [EDIT]

「レーピン展」@Bunkamura ザ・ミュージアム、アルカディ・ザイディス「Quiet」@青山円形劇場

2012.10.08(00:20)

トロンプルイユの星トロンプルイユの星
(2011/02/25)
米田 夕歌里

商品詳細を見る


ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを (ハヤカワ文庫 SF 464)ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを (ハヤカワ文庫 SF 464)
(1982/02)
カート・ヴォネガット・ジュニア

商品詳細を見る

 9月29日(土)

 めずらしいきのこを見にいくはずったけれどもいけなくて、しかたなく東京までのこのことでかけて、わたしの会社の組合の代表の集まりに参加した。もっとつらいめにあわせられるかと思ったけれど、グループディスカッションとかでももうリーダーみたいなひとがあらかじめ決められてあって、わたしはほとんどただ黙っていればよかったかららくちんだった。
 電車のなかで小谷美紗子を聴いていたら、きゅうに右側から音が聞こえてこなくて、「右耳とれちゃったの!?」と思ってびっくりしたらそうじゃなくて、イヤフォンが壊れただけだからよかった。接続のところをやたらめったらいじるとときどき聞こえることがあって、それはとても微妙な接続のしかたで、むかし、どんなにふーふーしてもつかなかったファミコンソフトをさまざまなさしこみかたでさしこんだときのことを思いだした。高いイヤフォンがどこかに落ちていないかなと思って電車のなかを舐めるように見まわしたけれど、イヤフォンはひとつたりとも落ちていなかった。どのイヤフォンもきちんとだれかの耳にぴったりとおさまって、そこできっとニール・ヤングとかを流していた。 


 9月30日(日)

 朝なんとか起きて、渋谷までてこてこでかけて、Bunkamuraで「レーピン展」を見た。レーピンのおくさんがソファで眠っている姿を描いた「休息―妻ヴェーラ・レーピナの肖像」という絵があるけれど、わたしはそれをふつうにかわいい女の子の絵だとずっと思っていて、そのひとが女の子じゃなくておくさんだと発覚したとき「うそだろ! レーピン自分のおくさんだからってかわいく描きすぎだろう!」と思って、その絵のとなりにおくさんの実際の写真があって「すいませんでした!」と思った。レーピンのおくさんちょうかわいい!
 そのあとMさんと待ちあわせをして、いっしょにこどもの城までいって青山円形劇場でアルカディ・ザイディス「Quiet」を見た。円形劇場はまえに見たときはちゃんと円形だったのによくわからないしきりがなされていてまるで円形じゃなかった。作品としてはよくわからないひとたちがよくわからないことをやっているだけで、最初から最後までよくわからなかった。舞台装置のひとつだと思っていた、棒に鳥の頭の絵を描いた板をとりつけたものを踊り手たちがとって、両手でわさわさしはじめたところがいちばんおもしろかったとわたしは思ったけれど、いちばんおもしろかったところでもけっきょくよくわからなかった。
 その日はうわさによるとひどい台風だということで、円形劇場からでたらつよい風が吹いていて、たくさんのひとたちが風に飛ばされて雲の向こうに消えていった。ぽてぢゅうに避難してわたしたちは鉄板のうえでなにかを焼いてそれを食べながらお酒を飲んだ。おもに会社の話をした。あとは「ドストエフスキーさんてすごいんだよ」とわたしは言った。
 そのあと帰った。電車はだいたいとまっていたけれど、なかにはとまっていない電車もあって、わたしはそれにのって帰った。鞄のなかにプルースト「失われた時を求めて」がはいっていたけれど、1ページも読まなかった。


 10月1日(月)

 会社にいった。それから仕事をした。そのあとで帰って、あるいはドトールやモスバーガーで小説を書いたのかもしれない。
 家に帰ってジェフリー・フォード「ガラスの中の少女」を読んでいるけれど、あんまりおもしろくないかもしれないからうまく読みすすめることができなかった。たとえば、探偵小説ならわたしはだんぜん、麻耶雄嵩「夏と冬の奏鳴曲」みたいに読んだあと絶望的な感じのする小説のほうが好きだと思う。「夏と冬の奏鳴曲」の解説にはメルカトル鮎のひとことがすべてを解決すると書かれているけれど、そのじつ、なにも解決されていない。「あれはどういうことだったのか」という詳細についての推理はインターネット上にはいくつかあってそれらはわりあいすじがとおっていると思うし、事件はそのとおりなのかもしれないけれど、それを読んだからといって、わたしたちの気持ちのなにかが解決するわけではないと思う。ポール・オースター「ガラスの街」からの3部昨では一般的な探偵小説のかたちをとりながら探偵小説的な事件はなにも起きない。なにも起きないにもかかわらず彼らはすでになんらかの状況のなかに放りこまれ、「なぜ事件が起きないのか」ということも含めて世界とわたしについての謎の解決に向かわなければならない。「夏と冬のソナタ」の密室のトリックについては考えて解けるようなものではぜったいにないと思う。そこで生じた謎は「だれが、どうやってその密室をつくりあげたのか」ということではなく、「その密室がつくりあげられたことがわたしたちと世界にとってどういうことをもたらすのか」ということによってしか価値を持たない。だからそれらの小説は論理的になにかを解決するということではわたしたちについてのなんらかの事件は解決しきれないという、現代において、すくなくとも誠実な小説だとわたしは思う。
 探偵たちは、なぜ、東日本大震災で死んだひとたちがだれにどうやって殺されたのか、という謎を解こうとしないんだろう。わたしにはわたしのかかわりしか見えないんだろうか。たぶん、それはそのとおりなんだろうと思う。


 10月2日(火)

 会社にいった。仕事をしたかもしれない。ドトールかモスバーガーにいって小説を書いたかもしれない。
 AIさんに明日の水曜日基本情報処理試験について教えることになっていたけれど、ふいにやってきて「明日中止ね!」と言われた。ふうんと思った。「そのかわり明日お昼15分はやく帰ってきたね! わかんないとこ訊きにいくから!」と言われて、「うん」と答えた。


 10月3日(水)

 会社にいった。また仕事をしたかもしれない。
 MKさんが朝、「どうでもいいこと訊いていい?」と言って、「はい」と答えると、「CMさんて結婚したの?」と言われて、わたしはよく聞こえなくて「YTさんて結婚したの?」と訊かれたんだと思って、「えー、そうなんですか!」と言った。でもそうじゃなくて、ほんとうはCMさんのことだった。
 お昼休みはAIさんに言われたことをふつうにわすれてHAくんとSSくんとそとにごはんを食べにいって、そとにごはんを食べにいくときはだいたい昼休みをちょっとすぎたあたりにもどってくるから15分はやくもどることはむりで、それでも5分まえにもどってきた。AIさんに「ごめん、ふつうにわすれてた」と言いにいったら「なにが?」と言われた。このひとすごいなと思った。
 帰りにドトールかモスバーガーにいって小説を書いたかもしれない。
 カート・ヴォネガット「ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを」を読みかえしていた。うっかりしていたけれど、わたしはこの小説と「ジェイル・バード」を合体させたものを「ローズウォーターさん」だといつからか思いこんできていて、そうではなくて、「ローズウォーターさん」は「ローズウォーターさん」でひとつの小説でそれはとてもおもしろく、「ジェイル・バード」という小説がもうひとつあってそれもとてもおもしろいということだった。おもしろい小説がふたつもあるなんて!


 10月4日(木)

 会社にいった。あるいは仕事をしたかもしれない。ドトールかモスバーガーにいって小説を書いたかもしれない。


 10月5日(金)

 会社にいった。あるいは仕事をしたかもしれない。ドトールにいって小説を書いた。


 10月6日(土)

 6日、7日、8日と三連休のはずだけれど、金縛りにあって遠くへはいけなかった。
 しかたないから図書館にいって米田夕歌里「トロンプルイユの星」、高瀬ちひろ「永遠のかけら」を借りて、本屋さんまでいって「文藝」を買ってきて、それからドトールにいって「トロンプルイユの星」を読んだ。さいきんわたしが読んだ新人賞受賞作だとこれがいっとうおもしろいと思う。そう言うひとはすくないかもしれないけれど、わたしはこれは村上春樹だと思う。舞城王太郎が村上春樹的だと言われるならそれはたぶん舞城王太郎と村上春樹がやさしさというものを描いているからだと思う。ちょっとさいきん思ったことだと、小説の世界において「たんじゅんなやさしさを描く」ということが生まれたのはアメリカのサリンジャーが最初で、アメリカだとヴォネガット、カーヴァー、サローヤン、ブローティガンとかがいるけれど、日本だとその直接的な影響を受けた村上春樹が最初のように思う。そのあとに高橋源一郎や庄司薫がでてきて、そのあと、ずっと小説のなかでたんじゅんなやさしさを描くということに不足していて、それでようやく舞城王太郎がでてきたんじゃないだろうかと思う。米田夕歌里「トロンプルイユの星」はやさしさとはちょっとちがって、逆に、90年代後半に、「神の子たちはみな踊る」以降に村上春樹がやろうとしてきたことの部分をかなりふんだんにふくんでいるようにすら思うし、そういう作家はじつはほとんどいないんじゃないかと思う。
 冒頭から地震の描写で「これが東日本大震災症候群か!」と思ったけれど、よく見たらこの本は2011年2月に出版されているし、書かれたのはもっとまえだった。この本についてわたしはうまく読むことができなくて、というのも、この小説では中盤からひとやものがなんの意味もなく消えていくけれど、それが地震についての比喩にどうしても思えてしまうからだと思う。実際どうなのか、ということについてわたしは興味はないけれど、それはわたしはよくないと思う。この小説の地震のとりあつかいはかなり微妙な加減で描かれていてここちいい。主人公の女の子の言動もかわいくておもしろいし、まんなかからぜんぶ泣けた。
 今年の文藝賞はわたしの「アリステア、僕の声を聴いてくれ」が4次選考まで通過していて、それでひさしぶりにところどころその小説を読みかえしていた。おもしろいところも、おもしろくないところもあったけれど、全体的に見ればあんまりおもしろくもなくて、わたしとしてはそれでいいと思う。わたしがいまいちばん気にかけているところは、ゴダールがかつて「いまの映画では、ひとびとが画面に登場すると、なにかふたことみことしゃべって、そしてすぐにどこかへいってしまいます。彼らはカメラのなかでなにをしゃべるのか、そして監督はなにをしゃべらせるのか、それを知らないのです」と言ったことで、それをふまえてたとえば濱口竜介やゴダール、あるいはチェルフィッチュとかの舞台を見れば、彼らがとてもゆたかにしゃべっていることがわかる。わたしの小説はほとんど台詞というもの、ただ台詞であるだけの台詞がなくて、言いかえれば、それが台詞であるということだけでその小説のなかの重要さを構成してしまう。無意味なテクニックに終始してしまっている箇所もおおくて、それが無意味さになりかわってしまうのはわたしがどこかに重要なものを置きたがっているからだと思う。「アリステア」はカフカ的な物体への物理的、精神的な遠近法的な距離間の喪失をすくなくともわたしは意識して書いたけれど、そのカフカにいたっても会話それじたいが重要なものとして配置されていない。言いかえれば、カフカは会話文と地の文をほとんど区別していない。それはカフカがカメラでなにをうつすかを知っていたのと同時にそのうつされたものをどう動かし、なにをしゃべらせるかを知っていたからだと思う。わたしはそれを知らなくて、知らないから、知ろうとしてそれを知るための小説を書いている。「アリステア」がそんなふうに構成されてしまったことの背景には高橋源一郎や舞城王太郎が描いてきたことがふかくかかわっていると思う。「ゴーストバスターズ」の後半に描かれたあまりにも愚直すぎる感動にたいしての希求があるだろうと思う。そこに描かれた愚直さというのは古典文学への憧れですらあって、高橋源一郎も舞城王太郎もちがうやりかたでそれへの思いがあって、べつべつのやりかたでそれが文学みたいな世界のなかでも価値を失わないように描いていると思う。南米の文学がかつて熱狂的にむかえられたのもその要因をおそらくはふくんでいるように思う。「トロンプルイユの星」がはらんだ感動的なやりかたとはそれはちがっていて、むしろわたしはまだ高橋源一郎や舞城王太郎のやりかた、あるいは黒田育世「あかりのともるかがみのくず」にあこがれつづけていて、それをなそうとしているんだろう。わたしはいまのところそれがあながちまちがっているとは思わない。それがまちがいではないということは黒田育世の作品をひとつでも見ればたぶんわかるはずだと思う。問題はあたりまえにわたし自身についての問題で、わたしはわたしの小説をおもしろいと思うけれど、けっきょくのところわたしの小説はわたしが思うほどおもしろくはないということなんだろう。いまわたしはひとつの習作みたいなものをへて「世界泥棒」という小説を書いていて、わたしはこれはいままでわたしが書いたどの小説よりもおもしろいと思っていて、けれどけっきょくのところ、それは濱口竜介、チェルフィッチュ、そしていつのまにかアンゲロプロスを意識していて遠近法的距離間にもどりつつあるように思う。だからこれもあるいはだめな小説なのかもしれない。わたしにはよくわからないと思うし、わからない、わからないとつぶやしくしかもうなにものこされていないように思う。小説はあまりにも書くのがむずかしすぎて、それはほとんどなにかを描こうとすればほかのなにかがまるきり失われていくという、緩慢な自殺に思う。書いた文章は書かれたその瞬間になんらかの欠陥をさししめしてしまう。表現されたものは表現されるまえにだけ完璧でありえた。わたしはその芽をひとつずつ醜いつめさきで削り、あれた土くれのうえに放りなげているだけだ。


 10月7日(日)

 11時30分に目覚ましをかけたはずだったのに起きたら午後4時だったから愕然とした。しかたなくだらだらとしたくをして、クリーニング屋さんにって、そのあと髪の毛を切りにいった。東京のおみやげについての雑誌を読んでいたら「こういうものくれたらいいですよねえ」と髪を切るひとに話しかけたからびっくりして、「ですよね」と答えた。わたしは知らないひとに話しかけられても「ですよね」しか言わない。
 ドトールにいって日記を書いたり小説を書いたりした。




コメント
注意!うどん県の農村部で「最近どななんな?(日本語直訳:最近あなたの調子はいいのですか?)」と尋ねてきたおばちゃんに「ですよね」なんて答えたら、ずかずかと部屋にあがりこんできて夕食にしようと思っていたうどんを食べられ、「あんた若いんやけん、すぐよおなるわ(日本語直訳:あなたは若いのですぐに体調は回復します)」と言い捨てられて翌朝のご飯まで持ち去られます。
うどん県に引っ越す時は気を付けて下さい。
【2012/10/11 16:56】 | ぐっしい #- | [edit]
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
トラックバックURL:
http://kizuki39.blog99.fc2.com/tb.php/1054-2f73f539
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。