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勅使川原三郎「DAH-DAH-SKO-DAH-DAH」@東京芸術劇場

2012.12.12(23:14)

The Beatles: RevolverThe Beatles: Revolver
(1992/07/29)
Beatles

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 11月25日(日)

 てこてこ池袋までいって、勅使川原三郎「DAH-DAH-SKO-DAH-DAH」を見た。ポツドールがなかったならば今年のフェスティバル/トーキョーはこれがいちばんだろうとわたしは思った。それはそれは美しくて、美しいということがこの世界においてなんらかの位置をしめているという感覚がありありと伝わってきて、そういうことは、ほんとうにはつねひごろ生きているなかで感じつづけていけたほうがよいものなんだろうと思うけれど、そういうことがうまくできないわたしは、こういう機会をもうけて食卓からこぼれおちた雫を舐めとるようにして享受しつづけていかなければいけないんだろう。
 帰った。


 11月26日(月)

 会社にいって帰った。太郎2「Knight Night」をやった。
 
 
 11月27日(火)

 会社にいって帰った。太郎2「Knight Night」をやった。


 11月28日(水)

 会社にいって5時に帰って、決してだれにも会いませんようにといっしんに祈りながら「劇場版まどか☆マギカ」の前編と後編を見た。あらためて見て、つくづくおもしろくて、つくづく泣けると思った。ほんとうにすばらしいと思う。


 11月29日(木)

 会社にいって帰った。太郎2「Knight Night」をやった。


 11月30日(金)

 会社にいって帰った。太郎2「Knight Night」をやった。
 一見平凡につくられたRPGのように見えるけれど、とてもていねいにつくりこまれた傑作だと思う。キャラクターはどこかしらおかしくて、仲間については、なんの変哲もなくただかわいいだけの薬売りの女の子、オカマでちょうかわいいけれど言動はあんまりにもふつうすぎておもしろくないところがおもしろい魔女、そして脳味噌が筋肉でできているひとにしかふるうことができない剣をやすやすとふり魔法はなにひとつつかえない賢者と、みんなどことなくおかしい。主人公はドラクエ型のしゃべらない主人公ながらも頻出する選択肢はわりとまともな選択肢とぜんぜんまともじゃない選択肢のふたつが用意されていて、きちんと最後までぼけてくれる。物語は勇者的役割をもった主人公に(王様の思いつきで)別世界の魔王がとりついてしまって、その魔王と協力しながらこの世界の魔王を倒しにいくという、アンチ・勇者ものにそって展開していく。はじめはほとんどギャグパートだけれど、後半に進むにつれてシリアス度が増していく展開で、後半はもうぼろぼろ泣いてしまう。だれかが「『B.B.ライダー』と酷似している」と言っていたけれど、わたしもそれに近いと思う。たんじゅんな話、序盤にギャグを散りばめておいて、後半にシリアスで泣ける話にもっていくというやりかたはおそらくその作品を享受するひとを「泣かせる」にはもってこないのやりかたで、そしてそれは批判されるべきものではないとわたしは思う。なぜなら、そんなありきたりなやりかたでさらになおわたしたちを泣かせるとしたら、それはもう「その作品がほんとうにすばらしいから」としか言いようがないからだ。すくなくともわたしがいままでにやったRPGツクールのゲームは「既存のRPGシステムのなかにそれらしいシステムをあてはめただけ」というものがおおかったように思う。いつかふれることになると思うけれど、「WhiteRequiem」や「Cross of God」は比較的ていねいにつくられていて、「ひとつのRPGゲームとしてきちんと遊べる」という水準にはたしかに達しているけれど、けっきょくのところ、「既存のRPGシステムのなかにそれらしいシステムをあてはめただけ」というつくられかたをされているのであれば「既存のRPGシステムのなかにそれらしいシステムをあてはめただけ」程度の作品ができあがってしまうのはしかたないことだと思うし、それがすぐにわすれさられてしまってもしかたのないことだと思う。「Knight Night」というゲームが一見「既存のRPGシステムのなかにそれらしいシステムをあてはめただけ」のように見えながらもそれをはるかに凌駕する感動をわたしにあたえたとしたら、それは、おそらく作者が彼らに「なにかをしゃべらせようとしたから」だとわたしは思う。それをすること、そしてその結果としてわたしが「Knight Night」というゲームにでてくるアドニス、キーファ、リュカ、ナナリー、ケイトを好きになることができたのならば、それはとてもとても、すばらしいことだと思う。


 12月1日(土)

 WISH「Cross of God」をやった。


 12月2日(日)

 WISH「Cross of God」をやった。
 キャラクターをていねいに描こうとしているようには思うけれども、稚拙なグラフィックと練りたりない物語がそれをすべて壊してしまっていると思う。おそらくこの作者は物語をさきにつくっているんだと思う。そしてその物語にそうように各キャラクターに会話、および行動をさせようとしているように思う。そういうことをしていると、各キャラクターの行動原理や台詞があまりに白痴的であったりしても作者はそれにうまく気づくことはできないんじゃないだろうかと思う。問題はおそらくはなにかをつくるまえにそれをつくりすぎないことだと思う。ゴダールは「ほとんどすべての映画はつくりはじめられるまえにつくりおわっている」と言っていた。わたしは、やはりなにかをつくるときにそれをつくるようでありたいと思う。


 12月3日(月)

 会社にいった。帰った。サヨナラ四畳半「海賊高校生」をやった。


 12月4日(火)

 会社にいった。帰った。サヨナラ四畳半「海賊高校生」をやった。


 12月5日(水)

 会社にいった。帰った。サヨナラ四畳半「海賊高校生」をやった。


 12月6日(木)
 
 会社にいった。帰った。サヨナラ四畳半「海賊高校生」をやった。


 12月7日(金)

 会社にいった。帰った。サヨナラ四畳半「海賊高校生」をやった。


 12月8日(土)

 サヨナラ四畳半「海賊高校生」をやった。
 高校を中退して海賊になってしまったあこがれの先輩(海賊女子高生)を探しとめるため海賊になった男子高校生がくりひろげる冒険譚ということで、物語の導入部だけを見れば「こういう物語を待っていた」というくらいすばらしいと思う。ただ問題になるのはこのゲームがあくまで中編という枠内にとどまっているということ、そして世界にどうしてもひろがりを持てていないことだと思う。敵としてたちはだかるのは借金取りばかりだし(船長が借金を抱えている)、冒険と呼ぶにはあまりにもせまく、せっかくの秘宝探しもたったひとつの探索で終わってしまう。最後に熱い展開が待ちうけているものの、それに至るまでの過程がびゅんびゅんとかけあしで描かれるのみなので、そこまでのりかかることができなかった。世界観もやややりすぎなところもあり、消化不良感がどうしてもただよってしまう。ナナコがかわいいのがいちばんよかった。


 12月9日(日)

 Spooky・マツモト「WhiteRequiem」をやった。主人公がお針子で武器も針という、盲点をつかれた作品だけれど、それはそれとして「動物と話せる主人公が世界樹を救いにいく」という物語のわりに、事実上、「となりまちにいって船代をかせぐ」だけでもう世界樹まで到達できてしまうほどの世界のせまさはあんまりだと思う。キャラクターたちもテンプレート的な感情を抱きテンプレート的な会話を交わして、テンプレート的になにかをやりとげていく。ていねいにつくられている感じはあって好感は持てるけれど、決してそれ以上興味を抱くことはできないと感じた。
 未槻ネオン「ソボクエ」をやった。短編で、レベルがさくさくあがっていくのはなかなかにここちいいけれど、やはり短編は短編としてひまつぶし感がつよく、どうしてもきちんと評価できない。これをつくった作者は致命的に会話がへたくそだと思う。ふつうの会話にもかかわらず、いまいったいなにについての話をしているのか、あるいは、そのときのキャラクターの表情がいったいなにについての感情を示唆しているのかがよくわからない。


 12月10日(月)

 会社にいった。帰った。奥山キイチ「夜明けの口笛吹き」をやった。


 12月11日(火)

 会社にいった。帰った。奥山キイチ「夜明けの口笛吹き」をやった。


 12月12日(水)

 会社にいった。帰った。奥山キイチ「夜明けの口笛吹き」をやった。
 タイトルはおそらくはピンク・フロイドのアルバムからとられていて、牛みたいなモンスターには「アトム・ハート・マザー」とつけられていて、ヒロインの名前は「エリナー・リグビー」だったりして、60年代、70年代の音楽への敬愛が感じられる作品だけれど、けっきょく、それもおそらくはほとんど自慰的、かたちだけのものでしかないように思った。物語の運びや「羊水の海」などのネーミング、あるいは最終盤のマンションの扉奥から聞こえる会話などのセンスじたいはわるいものではないけれど、問題は数々の物語の運びがほとんど「イベント」として処理されすぎてしまっているように見えることで、内容はえげつないものが比較的おおいにもかかわらず、こざっぱりしすぎていていまいち胸にせまってくるものではなかった。きっと、作者は「RPGツクールのゲーム」というよりもどことなくもっとレトロなものを求めたように思う。そしてそれはありきたりなレトロさそのものに落ちついてしまって、イベントはただのイベントになりさがり、そこに作者の回顧的な思想がはいりこみ、その逆転として、わたしはほとんど「夜明けの口笛吹き」からはなれていく。




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【2016/12/03 11:21】
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