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殺害する土の表面

2013.03.07(00:11)

震える牙、震える水震える牙、震える水
(2010/06/16)
長谷川健一

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 1月21日(月)

 会社にいった。
 会社にいったことをまるで覚えていないということは、会社にいったということなんだろう。
 神鏡学斗「木精リトの魔王討伐記」をやった。


 1月22日(火)

 会社にいった。
 会社にいったことをまるで覚えていないということは、会社にいったということなんだろう。
 神鏡学斗「木精リトの魔王討伐記」をやった。


 1月23日(水)

 会社にいった。
 会社にいったことをまるで覚えていないということは、会社にいったということなんだろう。
 神鏡学斗「木精リトの魔王討伐記」を終えた。
「5人タクティクスオウガ」というサイトで、「タクティクスオウガ」のシステムのすばらしさの根元には弓があることが挙げられている。WTシステム、高低差マップは弓の有用性を高めるし、また、弓の性能性が高まることでWTシステム、高低差マップのシステム的価値が高まり、それが戦略的なおもしろさにつながっていると彼らは語る。と同時に、実質的に弓がよわい「ファイナルファンジータクティクス」においては高低差マップ等にシステム的価値を重みづけることはむずかしく、通常のRPGのように向かいあって殴りあっているのとさほど変わらないのではないだろうか、と語っている。わたしは「ファイナルファンジータクティクス」はきわめてすぐれた作品だと思っているけれど、同時に、この意見は受けいれざるをえないとも思う(「ファイナルファンジータクティクス」のすぐれているところを語るのはむずかしい。それはそれはおそらくはセンスの問題だと思う。たとえば、なんでもいいけれど「ICO」のようなゲームについては「センスがいい」と言うことができる。けれど、「ファイナルファンジータクティクス」にたいして「ICO」とおなじ言いかたで「センスがいい」と言うことはすくなくともわたしにはできない。おそらくは「ファイナルファンジータクティクス」は「センスのよさ」をおおいかくすようなやりかたで「センスががよく」て、そして、もっと言うならば、おそらくは「ファイナルファンジータクティクス」はファンタジーでありながらもファンタジー性をつねにうらぎるかたちで「現実」を露呈させていかざるをえないようなやりかたを徹底させているからだろう)。そして、端的にいって、この指摘は「木精リトの魔王討伐記」にもあてはまると思う。それはこの場合、「わりとおおくのボスが動かない」、「魔法の射程が事実上無限」という2点におおきくかかってきていると思う。魔法に範囲がある以上、位置どりの戦略性が重要ではないとまで言わないけれど、それは、ほとんど前衛、中衛、後衛というかたちであらわしきれてしまう。また、とくにザコモンスターとの戦闘が大部分をしめるこのゲームにおいて、通常のエンカウント時の地形制限がきつく、場合によってはまったく動けないこともおおい。たとえばエドガーはすばやさが高くわたしのパーティのなかでいちばんはやく動けたけれど、エンカウント時の初期配置ではレオンハルトがいるせいで中衛に配置されてしまい、場所がわるいと最初の1ターンにまったく動けないことがよくあった。この地形制限のきつさはおそらくは作者の意図的なものだと思う。けれどそれによっていくらかのキャラクターの長所が相殺されてしまう。と同時に、ザコモンスターとのエンカウントはなにも考えずにぼかぼか殴っていれば終わるのがふつうのため、それはなんだかむだなストレスのように感じてしまう。ザコモンスターとの戦闘ひとつひとつの時間の短さは位置どりの戦略性の根本的価値を低めているし、同時に、必殺技も事実上ボス戦以外はつかえない事態におちいっている。
 この作品は基本的にはじゅうぶんにおもしろいけれど、手をのばしてもずっととどかないままであることを強制させられるなにかがあって、しかも、そのなにかがおりめおりめで発露してしまうシステムをとっているように思えてしまう。


 1月24日(木)

 会社にいった。
 会社にいったことをまるで覚えていないということは、会社にいったということなんだろう。 
 Fantasy Factory「悠遠物語」をやった。


 1月25日(金)

 会社にいった。
 会社にいったことをまるで覚えていないということは、会社にいったということなんだろう。 
 Fantasy Factory「悠遠物語」をやった。


 1月26日(土)

 会社にいった。
 会社にいったことをまるで覚えていないということは、会社にいったということなんだろう。 
 Fantasy Factory「悠遠物語」をやった。


 1月27日(日)

 会社にいった。
 会社にいったことをまるで覚えていないということは、会社にいったということなんだろう。 
 Fantasy Factory「悠遠物語」をやった。


 1月28日(月)

 会社にいった。
 会社にいったことをまるで覚えていないということは、会社にいったということなんだろう。 
 Fantasy Factory「悠遠物語」をやった。


 1月29日(火)

 会社にいった。
 会社にいったことをまるで覚えていないということは、会社にいったということなんだろう。 
 Fantasy Factory「悠遠物語」をやった。


 1月30日(水)

 会社にいった。
 会社にいったことをまるで覚えていないということは、会社にいったということなんだろう。 
 Fantasy Factory「悠遠物語」をやった。


 1月31日(木)

 会社にいった。
 会社にいったことをまるで覚えていないということは、会社にいったということなんだろう。 
 Fantasy Factory「悠遠物語」をやった。
 この作品は未完成で、現状では2部構成のうち1部しかできていない。1部としてもデバッグやバランス調整等まだまだふじゅうぶんなところはあるけれど、物語としてはいちおう1部の最後までプレイできるようになっている。「ギガトラスト」や「魔法少女」などのきわめてすぐれた作品と比較してそこまで物語や登場人物においてとくに言うことはないと思っていたけれど、最後の最後でひっくりかえされたように思う。この作品の物語のおそらく最大のすぐれたてんはいったいなにが謎なのかがわからないところだと思う。というよりも、おそらくは謎ですらなかったものを最後の最後であまりにも謎にしたてあげているように思う。それは作者の物語づくりの稚拙さもあると思うけれど、同時に、異様なもりあがりかたを見せる「エンディング以後」でそれはうまく合致していて、たしかになんらかの高揚を感じさせるものがあったように思う。




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