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京都旅行

2013.03.27(21:19)

ゴダール/映画史〈1〉ゴダール/映画史〈1〉
(1982/01)
ジャン=リュック・ゴダール

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 3月20日(水)

 1日じゅう小説を書いていた。やっと終わった。
 ゴダール「映画史」を読んだ。


 3月21日(木)

 おきて、クリーニング屋さんにって、小説を印刷した。それからゴダール「映画史」を読んだ。


 3月22日(金)

 おきたらだいたい夕方の5時だった。それから、TIちゃんが会社をやめる、というので、その送別会だった。なんらかの話をしておもしろかった。うすうす気づいていたけれど、さいきん、わたしの着ているセーターには穴が38個くらいはあいているので、SSくんやHAくんに「服を買いにいこう! 服を買いにいこう!」と言った。SSくんは「う、うん」と言った。でもみんなわかっていなかった。「え、福岡いくんじゃないの?」と言っていた。いかない。
 夜中にどうしてもカップラーメンを食べたくなって、コンビニでカップラーメンを買って帰って、大森靖子を聴きながら食べた。わたしは明日は京都にいかなければいけなくて、朝の6時30分にはおきなければいけないはずだったから、夜中の3時くらいにねむろうと思って寝台のなかにはいった。ちっともねむれなかった。そのうちにだんだん気持ちがわるくなって、ひたすらげろげろしていた。もう死のうかと思った。


 3月23日(土)

 夜中にげろげろしているうちに朝をむかえて、朝になってすらもなおげろげろしていた。このままさっそうと京浜東北線にのりこんだならば京浜東北線のなかでもうっかりげろげろしちゃうに決まっていたから、限界までげろげろしていた。もう京都なんてどうでもよかった。死ねばいいのに、死ねばいいのにとたくさん思った。新幹線の切符はとってしまったけれど、TNといく約束をしていなければまちがいなくいかなかっただろう。1万円でねむりにつけるのならばやすいものだと思った。ここ27年くらいのあいだでいちばん俺の存在価値はいったいなんだろうと思った。げろげろしすぎてげろげろするものものなくなって、とにかくふらふらしながら家をでて、コンビニエンスストアでソルマック胃腸液を買って飲んだ。うまれてはじめて飲んだけれどびっくりするくらいまずかった。でもすこしだけらくになれたように思えた。いけるかもしれない、と思って駅で新幹線の切符をひきかえようと思った。でもクレジットカードをわすれたことに気づいた。もう死のうと思った。ふらふらと家までひかえして、クレジットカードをしっかりにぎりしめて切符を発券して、それから電車にのった。電車のなかでひたすら無を思った。もはやなにも考えまいとした。考えようとすればするほど胃のなかの戦争が醜悪さをきわめていくのであればもうわたしはなにも考えなくていいと思った。
 東京駅で新幹線にのりかえて、あとは、新幹線のなかでいっかいだけトイレにかけこんだ以外はぶじにのりこえて、生きていてほんとうによかったと思った。人生にまだ救いがあるんだと思った。京都にはたった2時間とちょっとでついた。そんなはずはないと思った。2時間なんて埼玉県から横浜へいくのにせいいっぱいであるはずなのに、関東から関西までいくのに2時間しかかからないなんてそんなばかなと思った。たぶんワープゾーンがあるんだろうと思った。そうでなければ。
 京都について駅のなかでサリンジャー「ナイン・ストーリーズ」を読んだ。バナナフィッシュにうってつけの日だった。京都はだいたいすべてのひとが陰陽師か武士で、式神をひたすら戦わせているものだと思っていたけれどそうでもなかった。陰陽師も武士もあんまりいなかった。ざんねんだった。
 TNとてきとうに待ちあわせをして、それからガイドブックを買って、おそばを食べて、「てゆうか、これからどうする?」と言った。「うーん」とふたりでいって、わたしが「金閣寺は?」と提案して、銀閣寺にいくことにした。おそば屋さんをでるとTNが「コーヒーブレイクは?」と言った。ブレイクした。銀閣寺にいくためにはおそらくバスにのらなければいけないはずったんだけれど探しても探してもまともなバス停しかなかった。そんなはずはない、と思ってガイドブックを見つめているとどうやらちがう出口にいかなければいけないみたいだった。いった。この時点ですでに京都についてから1時間30分以上たっていた。難解な駅だった。陰陽師の結界だろう。
 銀閣寺にいった。銀閣寺があった。それからでた。TNが「だんごが食べたい」と言ったので、さもありなん、と思って抹茶を飲んでだんごを食べた。おいしい草だんごだった。西田幾太郎がかつて歩いたという哲学の道を歩いた。わたしは生まれてはじめて哲学をしたけれど、哲学とはなかなかよいものだった。TNに「哲学ってルソー?」と訊かれた。「たぶんそうだよ」と言った。ルソーってだれだっけと思った。わたしはむしろ「我思う、ゆえに我ありだよ」と言った。「なにそれ?」と言われた。なんだっけ、と思った。「この家は金持ちにちがいない」と言いあいながら哲学の道を歩いた。哲学の道には果てがなかった。
 哲学の道をぬけたところに南禅寺という聞いたことのないお寺があるというのでいってみた。南禅寺があった。それからでた。それから平安神宮にいった。赤かった。それからでた。京都府立図書館があった。5時閉館で4時57分にはいった。おしゃれ図書館だったので、わたしのすんでいる街の図書館と交換してほしかった。TNは「俺、こういうところだったら図書館いくのに」と言っていた。それはうそだろうと思ったけれど言わなかった。歩ききってつかれきっていたので、とりあえず喫茶店にいくことにした。TNはパンを3つ食べていた。わたしはベーグルを食べていた。じつにおいしいベーグルだった。
 わたしは鴨川に興味があったので、鴨川にいって河原町を散策してごはんを食べようといった。そして鴨川にいった。川が流れていた。夕飯はまともなものを食べよう、と言っていて、探したけれど、見えてくるのは和民や魚民ばかりだった。だからそこは池袋だった。TNは高そうなお店を見つけるたびになんとかはいろうとしていたけれど、わたしはカウンターしかないお店でで陰陽師がふるまう湯葉を食べる勇気はなかったからあきらめた。いくつもの店の扉を見ながらいくつもの店を通りすぎていった。「きっと、いちばん安全なのは高島屋だよ」と言って、けっきょく、高島屋のレストランにいって懐石料理を食べた。なんておいしいんだろうと思った。豆ごはんすらおいしいじゃないか、と思った。わたしという存在がいかに下等な食べものを食べて日々を生きているかをまざまざと思い知らされてぞくぞくした。
 高島屋をでて、いいかげんホテルを探さなければいけなかった。もちろんそんなときに部屋なんてあいているはずはなかった。見つけては3人部屋3万円ならあいておりますと言われ、見つけては5人部屋5万円ならあいてりますと言われ、挫折をくりかえした。「ひとり6000円ぐらいだろう」とわたしはひとり12000円ぐらいで泊まった。いざ部屋にはいるとTNは「ここ、俺がまえ泊まった7000円の部屋と同一レベルだ」と言った。
 10年ぶりくらいにテレビを見た。おもしろかった。サリンジャーを読んでねむった。


 3月24日(日)

 朝の7時におきよう、と言って、朝の7時30分にはおきた。まあまあだった。ホテルのバイキングで朝ごはんを食べようかと話したこともかつてあったけれど、「ウィンナーとたまごに2100円はだせないよ」と現実をまのあたりにされてすごすごとでて、喫茶店で700円のごはんを食べた。
 バスにのって下鴨神社に向かった。下鴨神社があった。それからでた。でたところで道がさっぱりわからなくなって、すっかりきた道をもどって、バスにのって、電車にのって、嵐山に向かった。渡月橋のまわりをふらふらと歩いた。もちろん月はかかっていなかった。そのままお豆腐まみれのおいしいごはんを食べて、またふらふらした。天竜寺というものがあったから天竜寺にはいった。ひろい庭だった。でた。竹林の道という、まわりが竹ばかりの道を歩いた。竹がいっぱいあった。道をぬけてわたしたちはトロッコ列車にのった。まるでトロッコみたいだった。駅をおりると田園地帯がひろがっていた。ここにはいったいどこだろう、と思った。馬車があった。歩いて近くの駅までたどりついて、京都駅までもどった。
 つかれていたからホテルの喫茶店でやすんで、おみやげを買いにいった。AIさんに「チョコバナナ八橋ちょうおいしいから買ってきて」と頼まれていたので、わたしは生チョコ八橋を必死で探した。でもなかった。しかたなくチョコ八橋を買った。それから帰った。たのしかった。


 3月25日(月)

 朝はやくおきて映画を見にいったり本を読んだりなにかにんげんらしい生活をしようと思った。でもおきたときにはお昼の3時だったからそういうことはむりだった。だからもういっかいねむった。夜中にむっくりとおきて、柄谷行人「意味という病」をひたすら読んでいた。


 3月26日(火)

 柄谷行人「意味という病」を読んでいたらいい感じに朝になっていた。冷蔵庫が壊れているせいもあってなにも食べるものがなく、しかたなくそとにでかけて松屋であさごはんを食べて、ドトールにいってバシュラール「空間の詩学」を読んで、会社にいった。「僕はいまこの席に座っていることがいやでいやでたまりません」と言った。
 AIさんに「これであってるかどうかわからないけど」と言ってチョコ八橋をわたすと、「これじゃない!」と言われた。「でもありがとう」、「なかったよ」、「チョコバナナ、このパッケージのとこ黄色だから!」、「チョコバナナ?」、「チョコバナナ!」、「あれ、なに買ってきてって言ったんだっけ?」、「チョコバナナ!」、「あー、それ売ってた!」。彼女は「バナナ食べながらこれ食べるわ」と言った。わたしは帰った。
 ドトールによってバシュラール「空間の詩学」を読みおえた。最後まで「この詩はなんと美しいことか!」ということばっかり書いてあった。


 3月27日(水)

 会社にいった。
 YTさんに京都では「できたばかりのホテルに泊まりました」と言った。「あのホテルは金閣寺にいったひとはとまれないんですよ」と言われた。なんだって、と思った。
 わたしのとなりのひとが知らないあいだに結婚していた。




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【2013/03/30 00:06】 | # | [edit]
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