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だれかに話しかけようとした気が、した

2013.04.08(21:27)

探究(1) (講談社学術文庫)探究(1) (講談社学術文庫)
(1992/03/05)
柄谷 行人

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 4月2日(火)

 真夜中に電話がかかってきた。朝おきたときもまだそのどことなくなまぬるい音が耳のなかにのこっているようですらあった。なにも食べるものがなくてしかたなくチキンラーメンを食べた。会社でお昼休みに、きょう朝からチキンラーメン食べたからぜんぜんおなかすいてないんだよ、とHAくんに言った。朝からチキンラーメンてそうとうあれだね、と言われた。そうとうあれだったよ。ときどきチキンラーメンすごく食べたくなるけど、食べたらがっかりする。もうむかし食べたときのおいしさはもどってこないんだよ、いま食べても油の感触しかないから。
 午後にMさんにはがきをわたしにいった。38文字どころか40文字くらいありましたよ、と言ったら笑われた。いっしょうけんめい細部の設計について考えてATさんやTSさんと話しあって、そんなこと考える必要なかったね、という場所に落ちついてばかりいた。
 雨が降っていた。ひどくつよい、荒れた雨だった。ドトールのすみの席で黒く濡れた地面に信号の緑色が染みだしているのを見ていた。僕が見ているときそれはいつも緑色だった。


 4月3日(水)

 きのうの夜は9時すぎにねむってしまったからきょうははやくおきようと思った。携帯電話のアラームを設定しておいたから6時にはいっかいおきたけれど、そのつぎにおきたときは8時50分だった。YNさんとATさんとSYさんにごめんなさいとメールを送信した。ATさんから、気をつけてね、雨と風がすごいよ、と返信をもらった。そとにでるとほんとうにひどい風だった。道のはしに乱れて飛んだ桜の花びらがうちよせられて水たまりのなかで茶色くよごれながらただよっていた。
 会社の食堂でブレスケアの支給品をもらった。それはあざやかな青色を基調としたパッケージで、HAくんが、ヨーグルトかと思った、でもよく見たらブレスケアだった、いらない、と言っていた。ヨーグルトおいしいよね、とSSくんが言った。でもあれ、あのふたのあいだにあるグラニュー糖みたいなやつ、ヨーグルトの分量にたいしてぜったいたりてないよね。そう、僕だから最初にぜんぶ混ぜるんだけど、したのほうにいくとすごいすっぱいんだよ。
 5時すぎに会社をでたときもう雨はあがっていて、風だけがのこっていた。図書館によって柄谷行人「探求Ⅰ」と「マルクスその可能性の中心」を借りた。ドトールで日記を書いた。あまりねむたくはなかった。


 4月4日(木)

 会社にいった。
 家に帰って柄谷行人「探求Ⅰ」を読んだ。
 だれかと会話をしたような気が、した。


 4月5日(金)

 4月に組織改編があったせいで、会社で席替えをした。ようやく終わった、と思ったところでとなりのチームのひとから机がいっこあまってるよと言われた。だれも気がつかなかった。もういいよね、いっこくらいあまってたってだれも気にしないよね、というよりも、ばれないよね、と言いあっていたつぎの瞬間にばれて、だめです、と言われた。夕方にK課長がやってきて、僕のとなりの席の不自然に空間がひどくあいているものだから、なんでここあいてるの、と訊いてきた。さあ、と僕は言った。あいているんだから机をおけばいい。そうなんですけど、だめだって言うんです。ここカフェテリアにしようぜ。でも、だめだって言うんですよ。きみたちはだめだと言われればそれだけでひきさがってしまうのか! 僕は苦笑いをしていた。
 柄谷行人「探求Ⅱ」を読んだ。
 
 
 4月6日(土)

 ミランダ・ジュライ「ザ・フューチャー」を見るはずだったけれど、どういうことなのか、ずっと家のなかにいた。そとでは雨が降っている音がしていた。風が吹きあれているような音すらしていた。けれど、窓のそとを見ることがなかったからよくはわからなかった。
 柄谷行人「探求Ⅱ」を読み、「マルクスその可能性の中心」を読んだ。柄谷行人は言葉にはどんな意味もありえないと言う。僕たちがたがいに言葉を交わしあいそのつどたがいにその言葉を了解しあい、その事後において意味が発見されるだけで、それ以前にどんな意味もありえないと彼は言う。それはおそらくは歴史的なことだと思う。彼は人類の発展の過程として、家族があり、村ができ、それが都市となり国家となり帝国となっていく、というふうに理解することは、僕たちが歴史的に、あるいは物語的にそう考えているにすぎない、と言う。それは近代以降になって僕たちが獲得したものの見方や考えかたを近代以前の現実に無自覚にあてはめているだけで、その見方や考えかたそのものが近代以降に生まれたものである以上、それ以前の現実をほんとうの意味で見たり考えたりすることはできない、と言う。そういう考えかたをすくなくとも僕はとても刺激的だと思う。ゴダールは、クロース・アップを発明したのがグリフィスだということはだれでも知っている、けれど、彼が発明したものがいまわれわれがクロース・アップと呼んでいるものとはちがうものだということはだれも言わない、というようなことを言っていたと思う。明治時代におきた言文一致運動も僕たちは書き言葉と話し言葉を一致させたことだと思っていると思う。でもそれはそうではない、と柄谷行人は言う。それはあたらしい文の創出だった、と。僕たちはそのことについてなにを言えるだろうか。イタリア語やフランス語はもともとあったものではないと彼は言った。それらは作家がつくりだした言葉だった。ダンテが書いた文章がイタリア語となり、デカルトが書いた言葉がフランス語となった。おそらくは僕たちはそこにあるものをそこにあるがままに見たり考えたりできないということだと思う。けれど、そこにあるものをそこにあるがままに見たり考えたりできないということもまた歴史的な考えなのかもしれない。柄谷行人に生じたつまずき、おどろきは、なぜ本来意味というものがありえないはずの言葉をつかって私たちはこんなふうにコミュニケーションできてしまうのだろう、ということだった。そのおどろきにたいして鮮明でありつづけることはいつもむずかしいと思う。それはたとえば「ほんとうのコミュニケーションとはどういうことか」を口にだして繊細さを気どらないということだと思う。僕は、僕たちは決して関係できない、けれどだからといってそれでかなしいわけじゃない、それがふしあわせであるわけじゃない、とずっとまえに言ったことがあるように思う。僕がせつじつに生きたいと思ったとしても、それはコミュニケーションができないからというわけじゃないかもしれない、きっと、もっと僕がおそれなければいけないのはコミュニケーション以後のことがらについてなんだろう。
 夜中にそとにでかけた。あたりは暗く、街灯の光も薄く死に絶えたようだった。雨は降っていなかった。いくつかの硬貨だけをポケットにいれて自動販売機に向かった。自動販売機の光はきっとその夜のなかでいちばんつよい光で、まぶしく、ならんでいるラベルのどれをもうまく直視することができなかった。オレンジジュースが飲みたいと思い、カルピスソーダを買った。あまったるくておいしくなかった。


 4月7日(日)

 渋谷にでかけるはずだったけれど、いちにちじゅうねむっていた。そんなふうにねむっていると身体がだるくもなり、背中もいたくなって、頭もいたくなってしまうことになるのもわかっていたはずなのに、すこしでもここちいい姿勢を探しては尿意にもたえてねむりつづけてしまう。どうしてこんなにもねむれてしまうんだろう。柴崎友香「ショートカット」という小説にいつもねむっている女の子がでてくる。彼女はほんとうにいつもいつもねむくなってしまい、ねむってしまい、もっとおとなになればねむくなくなりますよ、と言われてしまう。ほんとうにそうなんだろか、と思う。
 本を読む気にもなれずに、ずっとインターネットでキャプテン翼のことを調べていた。若林は日本最高のゴールキーパーだけれど、いつも怪我ばかりをしているみたいだった。
 あまりにやることがなくて、かなしみホッチキス「タオルケットをもう一度2」をはじめてすぐにクリアした。こういうゲームをやるとどことなく不安になってしまう。僕がいちばん奇妙に思うのは「タオルケットをもう一度2」をやってしまって不眠症になったと掲示板に書いている名前も知らないひとのことだった。そのひとはねむると宇宙人にビームで撃たれる夢を見てしまいどうしてもねむれなくなってしまうと書いていた。僕はそういうことにどうしても憧れを抱いてしまう。そういう現象をもとめてしまう。でも、それはきっと卑怯なことだ。
 このゲームがかなしいのは世界があまりにもゆたかだからだと思う。4章にいたって主人公たちの身体がちいさくなってから遭遇するさまざまなひとたちの世界はあまりにゆたかだと思った。宇宙人に侵略されて、彼らの世界のにんげんはほとんど殺害され、のこされた女のひとも宇宙人の奴隷として働かされている。そのなかで世界のかたすみで生きているひとたちのゆたかさは宇宙人が支配するあまりにグロテスクな現実と対比して描かれ、そして、おそらくはそのどちらもがゆたかなんだろう。僕たちにとって悲劇的なのは、そのどちらもがゆたかであることなのかもしれない。彼らが体験したおそらく地球で最後の愛はだれにも知られない。そしてそれを語る言葉なんて、ない。きっと、リアリティとはそれについて語ることができないものなんだと思う。


 4月8日(月)

 会社にいくと僕の机のとなりにもうひとつ空き机ができていた。カフェテリアかもしれないと思った。でもだれも座らなかった。席替えをしたばかりで内線がごちゃごちゃになっていて、僕の席のまわりでさえ3つも4つも電話がおきざりにされていた。どこが鳴っているのかもわからなくて、いろいろなことをあきらめるほかなかった。
 ドトールでコーヒーを飲んでサリンジャーを読んだ。




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