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勅使川原三郎「第2の秋」@東京芸術劇場

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 8月17日(土)

 だらだらしていた。なにもしなかった。こんなにもなにもしなくていいんだろうかと思った。「GODSGARDEN」のウメハラがリュウをつかっていたころの試合ばかりを見ているけれど、そのあと、彼がユンにのりかえているのを見ると複雑な気持ちになってしまうのはどういうことなんだろう。わたしが知っているもの、興味を持ったものがべつのかたちにうつりかわっていく、ということにどことなく不安を覚えてしまうのは、それはただのわたしの傲慢さだろうと思う。そういう気持ちはきっと他者をひとつのものとみなしていることから生まれてきていて、わたしは、わたしが思う他者がすべてわたしの思うようになってほしいなんてぜんぜん思わないけれど、こころのそこでは思っているのかもしれなくて、醜い、と思う。世界はわたしをなにも調整しない、だからわたしが世界を調整するしかない、なんて。そしてわたしたちの不幸はそういうことがかんたんにできてしまうということなんだろう。
 たとえば横山光輝「三国志」の終盤では蜀の武将がつぎつぎと死んでいき、孔明は輝かしかった過去を思いながら「兵がみな小粒になってしまった」と嘆く。安西監督にたいして「俺の栄光時代はいまなんだよ」と言った桜木はそのことをよくわかっていた。世界を調整することなくその世界を生ききるということ、けっきょくそれがわたしの見たいすべてのことなのかもしれない。


 8月18日(日)

 とくになにもしなかった。なんでもなかった。


 8月19日(月)

 会社にいった。
 わたしたちはいっぴきの兵士だった。


 8月20日(火)

 会社にいった。
 部屋のなかにはたくさんのペットボトルが生えていた。


 8月21日(水)

 会社にいった。
 6時には帰って7時にはもうねむっていた。


 8月22日(木)

 朝5時30分におきて、いろいろなことをしようと思っていたはずなのに、ヨッシーがノコノコを喰いちらす動画を見ていたら会社にいく時間になっていた。だから会社にいった。


 8月23日(金)

 会社にいった。
 きょうはすこしだけ透明だった。


 8月24日(土)

 携帯電話のアラーム10時にかけてしっかりとおきたはずだったけれど、次に気がついたときには午後の3時をまわっていた。アインシュタインによると時間は可変だそうだから、わたし以外の部屋の速度が光速にちかづいただけだろう。わたしはなにもわるくはない。
 クリーニング屋さんにいって松屋でネギトロ丼を食べて(わたしは夏はネギトロ丼しか食べない)、それからドトールにいって日記を書いたり小説を書いたりした。ほんとうは「罪と罰」を読みたかったけれど、まだ上巻を読んでいる途中なのに鞄のなかにはいっていたのが下巻だったから読めなかった。こういうときにためらいなく下巻を読みはじめられるようなひとになりたいと思った。そのあとMOVIXで「パシフィック・リム」を見ようと思っていったけれど、21時半からはじまると思っていたのが21時はじまりで、わたしがいったときにはもうはじまっていた。がっかりした。しかたなくモスバーガーにいって小説のつづきを書いた。


 8月25日(日)

 おそろしいことにいっぽたりとも部屋からでなかった。ほんとうにおそろしいことで、どうしてこんなにおそろしいことがおこりえるんだろうかとしんけんに考えているうちにもう朝をむかえていた。夜明けだ。


 8月26日(月)

 月曜日だから会社にいった。


 8月27日(火)

 火曜日だから会社にいった。


 8月28日(水)

 水曜日だから会社にいった。うっかり午前中に帰ってしまい、うっかり早稲田松竹にいってしまい、うっかりジョン・カサヴェデス「壊れゆく女」、「ラヴ・ストリームス」を5時間くらいかけて見た。だいたいねむっていたけれどおもしろかった。撮りかたとしては、わたしが知るかぎりだとラース・フォン・トリアーに近いと思った。色が、とてもきれいだと思った。闇なんてただの黒色じゃないか、と思うけれど、カサヴェデスのこの2本もそうだけれどたとえばエリセ「ミツバチのささやき」みたいな映画を見るとそうじゃないということがよくわかって、うれしくなってしまう。光があたっていない場所、というだけでなく、薄い闇の色も濃い闇の色もあって、映像のなかでとくていの濃さ、あるいはとくていの黒色をだすということはいったいどういうことなのか、というよりも、そういうことをもしも意識できないとしたら、そのひとは映画監督としていったいどういうひとなんだろうか、ということを思った。ゴダールは「気狂いピエロ」についてのインタビューで、この映画には血がたくさんでてきますが、と訊かれ、あれは血じゃない、赤だ、と答えた。ゴダールの見かたはそこにはほんとうにはいったいなにがうつっているんだろう、ということだと思う。「気狂いピエロ」がなにについての映画なのか、ということにたいしては、赤色と青色についての映画だ、と答えるのがいちばんてきせつなようにすら思う。そしておなじように「軽蔑」もほんとうにはブリジット・バルドーの金色の髪についての映画なのかもしれない。ベルモンドはなによりも色彩を問題にしなければいけなかった。だから彼は彼の顔に青色のペンキを塗らなければいけなかった。ランボーがどう思っていたのかはわからないけれど、溶けあう海と太陽から色彩だけをとりだせばそれはもうほんとうに永遠なのかもしれない。そして、それはもう映画という限定されたわくのなかの話だけではすまない。だからたとえばわたしもわたしの小説にたいして、ここにはなにが書かれているんですか、と訊かれたとき、文字だ、と答えるべきなのかもしれない。
 わたしがこの日に10ページくらいまで読んだ荻世いをら「ピン・ザ・キャットの優美な叛乱」もそういう小説だと思う。世界観とか、物語とか、あるいはひととものとの配置とか、そんなふうに設定されたわくぐみのなかに、連続的な時間と行為、そしてときには意識そのものを流しこんでいけば小説は書けるし、それはつきつめればプルースト「失われた時を求めて」になるし、やりすぎればジョイス「ユリシーズ」になるのかもしれない。けれど、「ピン・ザ・キャットの優美な叛乱」はそういう書かれかたはきっとされていない。ここに書かれているのはけっきょくのところただの文字、ただの文章にすぎなくて、そのひとつひとつがページの余白におかれること、それじたいが小説の生成になっているように見える。時間も空間も視点のとりかたも提示されず、すくなくとも最初の1ページは、単発の文章だけが石のようにおかれていく。それは、いったいどれだけのせつじつさをまとうことができるんだろう。もしもかりに連続的な時間と行為と意識がにんげんとしての機械をにんげん的によりにんげんらしく動かすための外部装置だとしたら、そのとき、そうやって動くにんげんとしての機械はあたかもにんげんのようにふるまうことができる。彼らは時間と場所と視点を獲得し、その時間と場所と視点のなかでうつろいがちな意識をあたかもにんげんのようにうつろわせることができるだろう。近代文学は彼らを内面を持ったにんげんと呼んだ。近代文学がにんげんが描いたのではなくにんげんをつくりだしたのだとしたら、わたしたちはいったいいつになったらにんげんを描くことができるんだろう。そもそも、文学の欲望としてのにんげんを描きたい、というものはほんとうにはいったいなんなんだろう。どうしてわたしたちはこぞってにんげんを描こうとするんだろう。にんげんなんて、わたしたちが現実と呼んでいるその現実のなかに、腐るほどいるのに。


 8月29日(木)

 木曜日だから会社にいった。


 8月30日(金)

 金曜日だから会社にいった。


 8月31日(土)

 お昼すぎにおきてクリーニング屋さんにいって、ドトールにひきこもって小説を書いて、そのあと、エクセシオールカフェにひきこもって原稿を書いた。エクセシオールカフェの天井から水が流れおちていた。


 9月1日(日)

 ラーメンをおごってあげますよと友達に言われたので、渋谷で待ちあわせをした。あついよ、あついよ、とずっと言いながら街をさまよっていたら外国人のひとにアツイネと言われたと言われた。ふうん、と思った。
 ラーメンを食べにいくと見せかけてシネマヴェーラにいってワレーリー・ルビンチク「スタフ王の野蛮な狩り」、グレゴーリ・チュフライ「誓いの休暇」を見た。だいたいずっとねむっていたけれど、どちらもおもしろかったと思う。「スタフ王」でねむっておきたら解決編でびっくりして、「スタフ王」でずっとねむったから「誓いの休暇」はおきていられるだろうとたかをくくっていたらふつうにねむっていておきたら最後の場面で感動した。「スタフ王」のほうがおもしろかったと思うけれど、「誓いの休暇」も最初の10分と最後の10分だけ見ても物語がすべて理解できるのでやさしい映画だなあと思った。
 ラーメンを探して携帯電話をぽちぽちと操作をしてここにいきましょうと言われたのでそことはちがうお店にいった。ラーメンを食べさせてもらった。彼女はからいよ、あついよ、と言いながらからいラーメンを食べていた。
 彼女が、まだビール飲む、と言うので、うん、と言ってワインを飲みにいった。ワインについては赤いものと白いものがあるということがわたしの持っている知識のすべてだからお店のひとに言われるがままに頼んだ。チーズを頼んでいて、お店のひとがプチトマトをきっていて、ああ、サラダをつくっているんだなあ、と思っていたらプチトマトがそえられたチーズがでてきた。お店のひとがパンを焼いていて、ああ、おいしそうなパンだなあ、と思っていたらおとおしですと言われておいしそうなパンがでてきた。お店のひとがお肉を焼いていて、彼女が、あれもわたしたちのところにきますよ、と言うのでたのしみに待っていたけれどそれだけはこなかった。遠い国の話と多摩動物園の話をした。わたしはずっとオーストラリアにいきたかったけれど、なんでですか、と訊かれて、コアラ、カンガルー、と答えると、そんなもの多摩動物園にもいますよ、と言われて、だから、わたしがオーストラリアにいきたいと思っていたのはまちがいだった。ほんとうにいきたいのは東ヨーロッパかサラエヴォかイスラエルだった。サラエヴォはおもたいですと言われた。バスを待っているだけで戦争の話をされますからね。
 山下澄人「砂漠ダンス」を読んだ。


 9月2日(月)

 また会社にいった。


 9月3日(火)

 またまた会社にいった。


 9月4日(水)

 またまたまた会社にいった。
 モスバーガーにいって1度書いた小説をなおしていた。言葉の統一がされていない、というのは微妙な話で、その箇所においてもっともてきせつだと感じられる言葉を選んでいるとも言えるし、その場その場でくちざわりがいい言葉をむぞうさにつかっているとも言えると思う。というよりも、そのたぐいのふたとおりの考えでわりきれるようなものでもじつはなくて、ある時間ある瞬間に小説を書くときにそのふたとおりの考えというものが存在するという前提を採択したり採択しなかったりをたやすくしてしまうわけで、そういう考えかたというのはあとになってわたしたちがその小説をとらえるときのとくべつ効率的なやりかたにすぎない。だからほんとうの問題はわたしですらその小説をあとになってしかとらえることができないということだと思う。


 9月5日(木)

 会社にいった。
 谷川直子「おしかくさま」を読んだ。


 9月6日(金)

 会社にいってしまった。
 帰りにお友達といっしょになって、鉄道博物館どうだった、と訊かれた。鉄道がね、なんていうか、いっぱいあったよ、と言った。
 モスバーガーにいって日記と小説を書いた。


 9月7日(土)

 朝、おきて、東京芸術劇場までいって勅使川原三郎「第2の秋」を見た。だいたいいつもどおりの勅使川原三郎なのはざんねんだったけれど、だいたいいつもどおり美しかった。ダンスは、そもそも醜いかもしれないにんげんの身体そのものを美しくしよう、というこころみかもしれなくて、小説においては、思いきって乱暴な言いかたをすれば、「彼女は美しかった。」と書けばその作品世界のなかでは美しいということへの断定がなされるのに、基本的に、言葉としての言葉を排除しているダンスはそういうことはなされない。「美しかった。」という言葉をわたしはそれはもう書くけれど、そのためにはほかの美しくはない何百、何千もの文章をかきつらねる必要があるのかもしれなくて、そしてもしもかりにそうであるならば、美しさ、をあらわすのは「美しかった。」という直接的な言葉ではなくその他の何百、何千もの美しくはない文章なのかもしれない。そのとき、「美しかった。」という文章はいったいなんなんだろう、と思う。それは、美しさへと向けられたほんとうに最後のひきがねなのかもしれない。けれど、そのとき、わたしたちにとってはそうやって撃ちだされた弾丸の軌跡すらも美しいかもしれなくて、だから、書くことは、わたしたちが書けなかったものへの永遠の隷属、あるいはおぎないでしかないのかもしれない。ダンス、というものは、なにもおぎないはしないし、なににも隷属はしないだろう。むしろ、一瞬まえの身体への非隷属が次の身体を動かすかもしれなくて、そうであるならば、踊り手たちは、その身体ゆえに文字だけしか持つことができないわたしたちよりはすこしだけ自由なのかもしれない。暗闇の色をきりさいていく佐東利穂子の手首からさきの軌跡が美しかった。
 もしも会ったらいっしょに見ましょうね、と言っていた友達にもシネマヴェーラで会えて、いっしょにエレム・クリモフ「炎628」を見た。今年見た映画のなかでいちばんおもしろかった。圧倒的に。この映画がとらえている光は薄く淡く、朝、すこし霧がでているなかにそれが射しこまれるとわずかに薄桃色に輝く。そういう光の色を見ることができて、わたしはとてもうれしかった。弾丸の光りかた、濃い緑色をした植物たち、いきものとしての牛、そして、村々が蹂躙されていくにしたがい言葉を失い老人のように醜くしわだらけになっていく少年兵、痛々しいのは、彼らが言葉を奪われていくことだと思う。この映画の最後のほう、ドイツ兵によって村に火を放たれる光景が執拗にそしてあまりにも美しく描かれるけれど、その場面においては少年も村人もなにも言葉を発しない。しゃべるのはドイツ兵だけで、彼らは祭りのようににぎにぎしくさわぎながら村のひとを殴り蹴り家屋を燃やしていく。村は言葉とともに焼かれていった。少年兵がしゃべることができたのは「その男が(これから焼かれようとする建物のなかから)子供をおいてででこいと言ったんだ」という、ドイツ兵を糾弾する言葉だけだった。わたしたちはけれどそのときなにを言うことができるだろうか。この映画が奪うのはむしろわたしたちの言葉で、そうされたときわたしたちにとってたいせつなのは、わたしにはなにも言うことができないということを表明すること、なにも言うことができないわたしたちはそのわたしたちをどう思えるかということ、だと思う。
 タルコフスキー、ソクーロフ、パラジャーノフの短編集も見たかったけれど、「炎628」は体感時間的に6時間はこえていたので、むりで、友達とごはんを食べにいった。すっぱからいものが食べたい、と言ったので、ないんじゃないかな、と思いつつ渋谷の街をふらふらとさまよって、けっきょくからい鍋を食べにいった。からい鍋はからくておいしかった。彼女は鍋に点火されてしばらくお待ちくださいと言われた18秒後ぐらいには鍋をあけていたし、リゾットをつくってもらったときには最後にいれるチーズをていていといれていてフライングですね…とおみせのひとにおこられていた。ドイツってロシアまでいっちゃったんだ、すごいね、と言ったら、いっちゃいますよー、ドイツ、世界を征服しちゃいきおいだったんですからねー、どこへでもいっちゃいますからね、と言われた。ベラルーシって白ロシアってことだったんですね、いま、ぴんときました、と言われた。ふうん、と思った。
 本をなんさつか買っていたから、なに買ったんですか、と言われてなかを見せると西尾維新「きみとぼくの壊れた世界」が見つかって、わたし、これ読んだことないんですよ、と言われたので、貸してしまった。「きみとぼくの壊れた世界」を復習してから「不気味で素朴な囲われた世界」を読もうと思っていたのに、貸してしまった…。
 山田詠美「風味絶佳」をすこしだけ読んだ。

 
 死体の作り方なら、小さい頃から知っていたよ、と花は言う。昼寝をしている母親に白い布巾をかけて遊んでいたのだそうだ。もうしない。若い頃の話だと、彼女は続けて笑いをこらえる。若い頃だって、と雄太は思う。まだ、はたちを越したばかりのくせに。白い布をかぶせただけじゃ死なないって解ってからは、無駄な抵抗は、もう止めた。それに、本当に死んじゃったら困るでしょ? 本当に死んでしまったら困る人。彼女の言葉に彼は頷く。それでも、時折、そういう人の死を誰もが願う。本当に死んじゃったら困る人。

 
 たとえば荻世いをら「ピン・ザ・キャット」の1ページめを読んだとき、文章のひとつひとつが単発でおかれている、ということを感じて、いっぽうで、山田詠美のこの書きかたは、そういう書きかたとどうちがうんだろう、ということを思ってみれば、たぶん、荻世いをらのそれよりも遥かに、文章のひとつひとつがちがうやりかたで連続していて、その連続さを保障しているものは、たぶん、濃密さ、だろうと思う。「もうしない」とか「本当に死んでしまったら困る人」とか「本当に死んじゃったら困る人」といった、朴訥さをまとっておかれた1文が散発的な印象をしりぞけているのは、たぶん、言葉選び、とか、あるいは、句読点の絶妙なうちかた、とか、そういうものから発生している、ぎりぎりの文章の濃さ、なんだろう。不気味さそのものからなんらかのにおいが発しているような、そういう、書きかた。金井美恵子を読んだときにも思ったけれど、彼女たちは、食べる、とか、ねむる、とか、そういう、抽象的だといえばいえてしまうような行為に肉体をよりそわせてしまうということが、だんぜん、うまい。それは、そもそもとして、わたしやわたしたちなんかよりも、食べる、とか、ねむる、とか、そういったものにたいするとらえかたのひとつひとつの密度の高さがちがう、ということなのかもしれないと思う。文章がぺらぺらだ、という決まり文句をわたしたちはときどきわかい書き手につかってしまいがちで、わたしはそういうものいいはだいきらいだけれど、それでも、たとえばわたしの考えでは文章をぺらぺらに書くことをめざしていた佐藤友哉の小説はやっぱりそのぺらぺらさにうまく耐えられなくてまともに読むことすらむずかしかった。村上春樹が果たしたことはもきっとべつのことで、彼がわたしたちに感じさせたことは、もしかしたら、わたしたちはわたしたちのまわりのものに肉体をかならずしもよりそわせることはない、ということかもしれなくて、リチャード・ブローティガンも、ヴォネガットもそうだったと思うけれど、彼らは言葉に言葉そのものをよりそわせようとした。状況に言葉をおくということ、状況を言葉でつくりだしそれらを言葉でつなげていくというのではなくただあるだけの状況に言葉をおくということ、もちろんそれはわたしたちにとっていくらかせつじつな問題ではあったんだろう。
 けれどかりにわたしたちから状況すらも失われたとき、わたしたちはいったいどこに言葉をおけばいいんだろう。そうなったときよりどころになるのは、けっきょくのところ、わたしたち自身の身体でしかあえりないのかもしれない、のに。


 9月8日(日)

 着るものがなんにもなくて裸でねむっていたらあたりまえにおなかが痛くなって、おなかが痛いよ、おなかが痛いよ、と思ってうんうんうなりながらねころがっていた。数年まえに買った飲んだらおなかを壊してしまいそうな正露丸を飲んでことなきをえて、ぐっすりねむっておきたら夜の6時で愕然とした。もう死んでしまおうかと思った。生きていたっていいことなんかちっともありはしないんだ、と思ったけれど、べつに本気でそう思ったわけではないからモスバーガーにいって日記を書いた。
 家に帰ってから山田詠美「風味絶佳」を読みおえて、角田光代「対岸の彼女」を読みはじめた。朝の4時ごろにはねむろうと思っていたけれどうまくねむれなくてかなしかった。


 9月9日(月)

 しかたなく、朝の6時くらいにドトールにいって小説を書いて、それから会社にいった。帰ってすぐにねむろうと思ったけれど、それでもあんまりうまくはねむることができなかった。


 9月10日(火)

 会社にいった。雨が、降っていなかった。
 帰りにモスバーガーにいって日記を書いて小説を書いた。




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