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tobaccojuice live@LIVE HOUSE FEVER

2013.09.29(01:12)

架空列車架空列車
(2012/07/06)
岡本 学

商品詳細を見る

しょうがの味は熱いしょうがの味は熱い
(2012/12/12)
綿矢 りさ

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 注 岡本学「架空列車」
   以上の物語内容の結末に言及しています。


 9月19日(木)

 会社にいった。帰って、ドトールにいって小説を書いた。
 家に帰ってドストエフスキー「罪と罰」を読みおえた。


 9月20日(金)

 会社にいった。上司のひとたちがお寿司を食べさせてくれると言って、お寿司を食べさせてもらった。おいしかった。ありがとうと思った。うらやましい、と言われたので、ふふん、と思った。


 9月21日(土)

 お昼すぎにおきて、図書館にいって本を借りてきた。エクセシオールカフェにいって岡本学「架空列車」を読んだ。すばらしい、と思った。仕事を失った「僕」は東北に逃げ、あまりの日々の退屈さに耐えきれず街のなかに架空の路線図をひき、時刻表を策定し、「実運行」と称して自転車でその路線を実際に走りつづけている。第1部は架空列車の作成までの過程がことこまかく描かれている。


 誰かが、そして何かが、僕を、僕というものを迎えてくれている、そんなこれまでの生活に一切欠けていた状況がいま僕の前に確かにあり、そのことに僕は涙まで流しそうになった。
 僕は生きていける。
 浜田のホームに滑り込みながら思ったことは、まずそれだった。僕は、これがある限り、生きていける。これが僕の生きる理由であり、生きる糧だ。そしてこの世界こそが僕の本当の世界で、僕が真に生きている世界だ、と思った。



 ここで描かれている「浜田のホーム」というのももちろん「僕」がつくりだした架空の駅のホームで、現実にそんなものは存在していない。「僕」はそこが「ホーム」だと仮定してひたすら自転車で毎日毎日走りつづけているにすぎない。
「罪と罰」を読んでわたしがこころをうたれるのは、ラスコーリニコフが求めているせつじつさだった。ラスコーリニコフはにんげんを2種類、いっぽうをただただにんげんを存続させるための生殖材料としてのにんげん、もういっぽうをナポレオンを筆頭に社会的歴史的な改革をなす大人物、としてわけ、後者はありとあらゆる法を踏みこめる権利を持つと考える。彼は彼が後者であることを願い老婆を殺そうと思ったけれど、そもそも、はたして、わたしたちにとってのせつじつさというのはわたしたちが後者に属しているということにたくされえるべきだろうか。もしもかりにわたしたちがたんなる生殖材料だとしたとしても、そのときわたしたちが感じるだろうせつじつさは後者になりたい、という願いのかたちでしかありえないだろうか。ラスコーリニコフが抱いた逆説はそもそも後者になりたい、あるいは自身が後者であるか、という願いや問いかけ自体がけっして後者でありえない、ということの圧倒的なつきつけだということだったはずだ。かりにラスコーリニコフが悲劇的だとすれば、それは、そうであると彼が知りつつもなお老婆を殺さざるをえなかった彼のありかたであって、彼が捨てきれなかったせつじつさだったように思う。わたしは、わたしというにんげんがたいしたにんげんではないということをよく知っていて、それでも、わたしはなんらかのせつじつさをほしいと思っていて、ただし、それでもそれは小説以外のものでなされるべきだろうと思う。そうでないかぎり、わたし、あるいはわたしたちはラスコーリニコフのようになるしかないと思う。
「架空列車」の「僕」のせつじつさは架空列車にかかっているけれど、「僕」が「実運行」をおこない架空のホームに到着したときの満足感は、驚くほどくだらなく卑小なものだと思う。だれの益にもならないただの自己満足でしかなく、おまけに、「僕」は現実世界で僕がえられなかったそのかわりのものが架空世界でえられていると感じてそれに満足を感じている。現実世界の代替を架空世界に求めたとしても、そんなものがうまくいくわけがないだろうと思う。小説を読む、とか、映画を見る、とか、音楽を聴く、とか、それらがたとえばせまく薄暗い部屋のなかでおこなわていることであっても、それは空想の世界のなかに逃げこんでいるというわけではないと思う。小説は空想の世界ではなく現実の世界としてあるし、わたしたちが小説を読んで思うこと、その小説を読むという体験はどこまでも現実的にしかありえないし、わたしたちが消費するのはどこまでいっても現実的なものではない。空想と現実の区別がついていない、という言葉がときどき言われるけれど、だから、空想というのはそういう想像力をまったくつかわない言葉のなかにしかない。「僕」は架空を現実的に体験しているだけであって、だから、彼が問題にしているのは現実的なことだけだ。ラスコーリニコフが一ヶ月自分の部屋のなかで考えつづけたことが現実的なことだったように。
「架空列車」の第2部は震災直後からはじまる。3月11日の震災で「僕」が住む街は被災し、彼が架空に敷いていた路線はすべて破壊される。「僕」は避難所生活をつづけ、再び架空の路線図をひきなおそうと自転車にのって被災地を毎日おとずれる。「僕」が架空の路線をひこうと瓦礫を撤去をしはじめると、ボランティアと自衛隊のひとがやってきて現実的な復興がはじまってしまい、「僕」はそのことにとまどいを覚える。避難所の生活はまわりのにんげんとのコミュニケーションを余儀なくされ、そのことを「僕」は厭いはじめる。


 「あなたの失ったものはなんですか?」


「僕」が失ったものは架空列車しかなかった。そして同時に、「僕」はまわりの、家族を失ったひとにとってさえ、その失われてしまった家族は架空ではなかったのか、という考えに没頭する。「僕」は「僕」のなかで新しく構築した架空列車の実運転をおこなうまでの待ち時間のあいだ、蟻を見つける。


 僕は蟻をみつめながら、先の考えに則れば、今やあの大地震も、あの大津波も、架空物だな、と思って苦笑した。いま、この蟻だけがリアルなものだ。大地震なんてなかった――今ならそうとさえ言えそうなほどだった。
 架空だ架空だ――僕は顔を上げて引き続きつぶやき続けた。このまま擦り切れるまで僕は機械になって実運行を続けるんだ。それが僕のリアルだ。架空だ架空だ。失ったものを威張るな。全部が全部、架空だよ、君達。



「僕」はけっきょく最後まで架空列車を走らせつづけるけれど、わたしはそれを、空想への逃亡だとは思わない。現実を拒否している、とは思わない。架空だ架空だ、とつぶやきつづけた「僕」をあまりの現実をまえにしての空想への逃亡だ、とは思わない。架空だ架空だ、とつぶやきつづけることそのこと自体がじゅうぶんに現実的でありつづけていて、わたしが問題にしたいと思うのも、架空だ架空だとつぶやきつづける現実だ。
 そのあとニール・ブロムカンプ「エリジウム」を見にいった。ふつうだな、と思った。なんだかどうにもわたしにはふつうのおもしろいアメリカ映画だな、ということしか思えなかった。ほんとうにわるい意味でジョディ・フォスターはただのヒステリックで頭のわるい女のひとでしかなくて、その凡庸なエンターテインメント性というものに辟易してしまう。それが映画、または現実というものなのかもしれないけれど。ただ、「第9地区」でもそうだったけれど、このひとの描く痛々しさというものはきちんと精神的なグロテスク性と肉体的なグロテスク性がまざりあっていて、ほんとうに痛そうで、思わず目をそむけてしまう。

 
 9月22日(日)

 tobaccojuiceが復活したので、FEVERまでtobaccojuiceを見にいった。友達ふたりと会うので、牧歌的にお茶会をしましょうよ、と提案してとりあえずいちばん近い新代田駅までいった。改札をでると楽器を抱えたtobaccojuiceの構成員みたいなひとがいて、これからリハーサルだから、とだれかに話しかけていたから、それはtobaccojuiceの構成員にちがいないと思った。新代田駅はでたとたんに道ばかりがひろがっていて、左にいっても右にいっても道ばかりがひろがっていた。友達に道ばかりないのでやっぱり下北沢に集合しよう、とメールを送ると、電柱くらいありますよ、と言われた。言われてみればあったような気がした。あと建物もたしかにあったような気がした。
 下北沢までもどって駅で綿矢りさの本を読んでいると友達がやってきた。奄美大島にいってきたからゴーヤチップスをおみやげに買ってきたんですけれど、わすれました、と言われた。僕べつにそんなあんまりほしくないんで食べていいですよ、と言った。あとわたしも京都にいったときに彼女におみやげを買ってきていたけれどそれは半年まえのことでおみやげを買ってきたことすらもわすれていたのでなにも言わなかった。あともうひとりの友達は、クイズ番組を見て頭の体操に夢中になっていました、と言って遅れてきた。それからお茶を、というよりもビールを飲んだ。なんらかの話をした。話の内容はいっさい覚えていないけれど、友達がビールを凍らせて湯煎して飲んだらものすごくまずかった、と言っていたのと、肘って痛覚ないですよねと言われて肘の皮をおもいきりひっぱったら、ちょっとひっぱるところうえすぎますよ、と言われたことだけは覚えている。FEVERまでいったところで友達が焼き鳥食べたい、と言いだして、まじで、と思ってそう言った。それで焼き鳥屋さんにいって焼き鳥を食べた。だいたい開演時間をすぎていて、いくと、ちょうどはじまる時間だったからすばらしい時間配分、と感心した。
 tobaccojuiceのライブを見た。わたしが昼間に駅で見たひとはヴォーカルのひとだったらしい、という結論にいきついた。よかった、と思った。わたしは今回「オレンジ」がいちばんよかったと思った。友達のひとりが途中で消えていて、下北沢に移動していた。わたしともうひとりの友達で下北沢までいって、友達がからいものが食べたい、と言うのでお豆腐料理屋さんにいった。途中で消えた友達もやってきた。となりの席の団体がずっと、よーおっと何回も何回もやっていて、しかもふつう、よーおっのあとにちゃちゃちゃ、ちゃちゃちゃ、とかつづくはずなのにいっさいつづかないのでなんだろう、なんだろうあれは、と言いあっていた。革マル派かもしれませんよ、と友達が言った。こんな下北沢の暗い一角にあつまっていたのか、と思った。何十回めかのよーおっのあとについに我慢しきれなくなったのか友達がついに手をたたいてしまって、気づいちゃったかー、ありがとー、と声が飛んできた。そのひとつの手合わせがきたるべき革命のきっかけになることをこのときのわたしたちは知らなかった。
 帰りの電車のなかで綿矢りさ「しょうがの味は熱い」を読んだ。わたしはこの本の表題作が今年はじめて読んだなかでいちばんおもしろい小説だと思った。櫛できれいな長い髪の毛を梳いたときにごそっと髪の毛がぬけおちて、その髪の毛はもうごみだ、というのがおそらくは綿矢りさのありかただったと思う。きれいな長い髪の毛をごみとは言えないこと、ついさっきまで自分の身体のたしかな一部であって輝かしい存在としてわたしのうちにあって、けれどそれがたった一瞬でごみのように汚濁したものへと変わってしまう、そのなめらかでいながらも微妙さをたもったままの変遷の瞬間瞬間を綿矢りさは文章で書きそれを小説とした。それはたとえば陳腐であったり安っぽかったりするだろうか。そうだ、としかわたしには言えない。綿矢りさが描いているにんげんの俗的な安っぽさ、そしてそれを表現する腐りかけの甘さがただよう文章は、ほんとうにぎりぎりの文学化されない領域で描かれている。その領域で書く、ということは、ほとんどだれにもわからないことかもしれないけれどすくなくともわたしにとってはほんとうにほんとうに憧れてしまうことだ。夕方から真夜中までのすかすかした時間のなかで、同棲している男のひとと女のひとの交互の一人称で語られるこの小説は、その時間と空間はにぎりつぶしてしまおうと思えばたやすくにぎりつぶしてしまえるだろうかよわさで構築されている。そのかよわさはその部屋というちいさな場所からわずかな範囲だけそとに漏れだしていて、川音と反響しあいながら夜の世界をすこしだけ揺さぶっている。その揺さぶりが、痛々しくてせつない。たとえば、ひとには生きているだけで価値がある、とか、わたしの人生の意味は、とか、そういうくだらない問いかけをこの小説は絶対的に無効化している。わたしたちが生きるということはわたしたちの人生の意味とは関係ないことだと、すくなくともわたしは知っている。わたしはこの小説を、「だからなんなんだよ?」のひとことではぜったいにかたづけない。わたしたちにとって、あるいはすくなくともわたしにとって、この小説のこのふたりのこの時間のありかたを考えるということは、戦争について、社会問題について、経済問題について、考えることよりも、はるかに重要で、貴い。
 

 9月23日(月)

 お昼すぎまでずっとねむっていて、おきたので、渋谷のシネマヴェーラまで青山真治「EUREKA」を見にいった。友達もきていたからいっしょに見た。友達はわたしがずっとまえに貸した西尾維新の本をずっと読んでいて、わたし、ひとから借りた本を最低な読みかたしてるんですよー、と言ってカバーを栞がらみにはさみこんでいる様相を自慢された。青山真治「EUREKA」を、わたしは大学時代にばかみたいにくりかえし見ていて、そのときこれは日本映画の歴史上最高傑作だとずっと思っていて、今回見てつまらなく感じられたらどうしよう、とひっそり思っていたんだけれどちゃんとおもしろくて、うれしかった。3時間半くらいはある映画だけれどその長さをちっとも感じられないで、わたしは、だいたい、あっというまに読めた、とか、短く感じられた、とか、そういうものはべつに褒め言葉じゃないよね、ということをずっと思っていたけれど、この、たまらなく地味な、いったいどこをどう撮ったら3時間30分もかかるんだろうという映画を見ているときのわたしたちの時間感覚というのは、ちょっと、すごいものがある、と思う。わたしはこの映画のなにがすばらしいのかをまともに挙げることができない、でもわたしはこの映画が好きだ。
 友達がおなかすいたーと言って渋谷をさまよってさまよってさまよった結果けっきょくタイ料理を食べた。おいしかった。友達が携帯電話をとりだしてぽちぽち操作をしているのを見ていたけれどその携帯電話がびしょびしょで、なんで濡れてるの、というよりもなんで動じないの、とびっくりしたら鞄のなかの炭酸水がすべてあふれていた。キャップがぜんぜんしまってなかった。濡れちゃいましたーと言って西尾維新の本を見せてもらった。ああ…と思った。
 帰りの電車のなかで池澤夏樹個人編集の河出書房新社世界文学全集「短編コレクションⅠ」とヴォネガット「猫のゆりかご」を交互に読んだ。


 9月24日(火)

 会社にいった。


 9月25日(水)

 会社にいった。


 9月26日(木)

 会社にいった。
 帰りにKYさんといっしょになった。寒い、と言っていた。寒そうだった。


 9月27日(金)

 会社にいった。同期のひとたちとすき焼きを食べにいった。すき焼きはすき焼きとしておいしかった。SSくんが、食べすぎて、おなかが、痛い、とつぶやいてかつてないほど深刻そうな顔をしていた。




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