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万有引力「観客席」@シアタートラム

2014.03.19(01:08)

タイタンの妖女 (ハヤカワ文庫SF)タイタンの妖女 (ハヤカワ文庫SF)
(2009/02/25)
カート・ヴォネガット・ジュニア

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工場工場
(2013/03/29)
小山田 浩子

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注 万有引力「観客席」
  ヴォネガット「タイタンの妖女」
  以上の物語内容にすこしだけ言及しています。


 3月3日(月)

 会社にいった。


 3月4日(火)

 会社にいった。


 3月5日(水)

 会社にいった。


 3月6日(木)

 会社にいった。


 3月7日(金)

 会社にいった。
 本谷有希子「嵐のピクニック」、小山田浩子「工場」を読んだ。小山田浩子は「いこぼれのむし」がいちばんよかったと思う。「ディスカス忌」もそうだけれど、そもそもの特異さは、このひとはいったいなにを書きたいんだろう、ということを思わせるところだと思う。たとえば本谷有希子「嵐のピクニック」を読んでも、わたしは「このひとはいったいなにを書きたいんだろう」とは思わない。それは、わたしがきっと無意識に本谷有希子が書きたいことを不完全なかたちで了解しているからで、そして、たいていの場合、その「了解」は「共感」や「読解」とは無関係な場所に追いやられてしまう。「了解」はたやすく「読みやすさ」に回収されてしまう。わたしはその作用についてなにかをつよく言うつもりはなく、それはそうだとしかうまく言えない。「ディスカス忌」や「いこぼれのむし」の強度は、「このひとはいったいなにを書きたいんだろう」という問いかけがけれど小説自体の目的性とたやすくむすびついてはいかない、ということで、それはたぶん、この小説においては目的と意味がたんじゅんな相関関係にない、ということだと思う。意味をたどれば目的にたどりつくわけではなく、目的から意味を想起されるわけでもなく、たんじゅんに言えば、この小説においては文章はただ文章として書かれているように思う。そして、文章をただ文章として書くことは、詩を書くということとはまたちがった意味で、むずかしいように思う。ただ、その特徴がカフカ的なありかただとはわたしは思わない。もっとべつのなにかだと思う。


 3月8日(土)

 てってこ電車にのって、シアタートラムで万有引力「観客席」を見た。なんとなしに高田馬場までいって早稲田松竹で相米慎二「魚影の群れ」を見た。
 万有引力「観客席」は、わたしみたいに電信柱にすら人見知りするようなにんげんにとって、恐怖のかたまりだった。友達から、寺山修司の映画を見にいったらなんか壁に釘うたされた、と聞いたことがあって、「観客席」もそういう演劇かもしれない、と思っていったら、そういうことだった。ひとりだけあてられて、しこみではなくてたぶんほんとうに即興で舞台にたつことになっていて、もうほんとうにあたらないでくれ、あたらないでくれ、と祈りつづけていた。そういう意味でのこわさはたしかにあったけれど、それは、でも、全体としては「ユーモア」という感覚のなかにおさまっているように思えて、演劇というよりも体験型のアトラクションのようにも感じられた。「観客席」という演劇はたとえばリア充・非リア充という区分けで考えるならば、リア充という区分けのなかではじめて実現されえるもので、そもそも非リア充的なかかわりかたにおいては、最初から、かかわりかた、あるいはそのかかわりかたでもって行為しようとするわたしが劇場によって否定されている。わたしにうながされるのはひとつの覚醒であって、けれど同時に、覚醒後のわたしに劇場は不要となるだろう。それは劇場を否定する、肯定する、という位相とはまたべつの問題の問いかたで、そうであるなら、わたしはディズニーランドにいくしかないのかもしれないと思う。ディズニーランドは寺山修司以上に劇を劇場から解放しただろうか、という問いがその後にあるべきだけれど、わたしはディズニーランドについて語る言葉をひとつも持ってはいない。
 ヘミングウェイ「老人と海」すらも最後までも読みとおせないわたしのようなにんげんが、なぜ相米慎二「魚影の群れ」なんていう映画をわざわざ見にいったのかというと、それが相米慎二だからというだけだけれど、おもしろかった。海のうえだと顔面の肉がえぐれて死にかけることがあるんだということを知れたので、たぶんもう船にのることはないだろうと思った。


 3月9日(日)

 てってこ電車にのって渋谷までいってヴェローチェで小説を書いた。そのあとオーディトリウム渋谷までいって、染谷将太「シミラー バット ディファレント」、濱口竜介「不気味なものの肌に触れる」、濱口竜介、酒井耕「なみのこえ 新地町」を見た。サリンジャー「ライ麦畑でつかまえて」を読んだ。


 3月10日(月)

 会社にいった。


 3月11日(火)

 会社にいった。
 ヴォネガット「タイタンの妖女」をとてもひさしぶりに読みかえした。これは「世界泥棒」とおなじ物語だとわたしは思う。人類、あるいは世界の救済はエゴイズムにかぎりなく依拠してしまう。そしてわたしたちはそれにおおかれすくなかれ美しさを見いだしてしまう。問題は美しさの発見者はかならずしも勝利者になるわけでもない、というたんじゅんな事実だと思う。「タイタンの妖女」でふしあわせになったひとはだれひとり救われてはいない。ヴォネガットはその救われないというありかたが発生する場所において救済とほとんど同意義の祝福をあたえている。それは、わたしはやさしさだと思う。「ライ麦畑でつかまえて」のホールデン・コールフィールドにかりにやさしさを見いだすのであれば、それはただ、彼がやさしくあろうとしているというありかたにたいするわたしたちの感動だろうと思う。ヴォネガットはやさしくあろうとして、そして、やさしくしてしまった。それ以後を、だれかが問題にしなければいけないはずだと思う。
 

 3月12日(水)

 会社にいった。風邪をひいたような気がした。


 3月13日(木)

 会社にいった。風邪をひいた。


 3月14日(金)

 会社にはいかないで大森靖子のライブにいくはずだったけれどめいっぱい風邪をひいていた。ティム・オブライエン「カチアートを追跡して」を読んだりねむったりしていた。


 3月15日(土)

 めいっぱい風邪をひきつづけていたので、ティム・オブライエン「カチアートを追跡して」をずっと読んでいた。けだるい気持ちのなかで読んでいると、この小説のなかに偏在している夢にすこしだけふれたような気持ちがした。ヴェトナム戦争下で脱走兵を追っているうちに、インドへ、テヘランへ、ギリシャへ、そしてパリへといってしまう物語だけれど、わたしたちはそれを夢だと知っていて、でも、おそらくわたしが思うこの小説の美点は、夢の手ざわりとおなじ質感でもってヴェトナム戦争について描かれていることで、すくなくとも、わたしたちは、それについて区別する必要がない。夢の手ざわり、というものは、ヴェトナム戦争を美化している、というわけでも、パリへの逃避行を美化している、というわけでもない。ここで重要なのは、ヴェトナム戦争=現実、パリへの逃避行=夢という、安易な2項対立世界にとらわれていない、ということで、オブライエンが意図しているかどうかはともかくとして、パリへの逃避行が希望に満ちあふれささやかな平和にみちみちているかといって逆説的にヴェトナム戦争の悲惨さを相対的にあぶりだす、という構造にはなっていないようにすくなくともわたしには思えた。それは、オブライエンが見るヴェトナム戦争が(ヴェトナム戦争が、ではなく、オブライエンが見るヴェトナム戦争が)パリへの逃避行という夢を内部的にかかえこんでしまっている、ということだと思う。けれどそれはわたしたちの体感する世界そのものの構造としてあたりまえにあるだろうと思う。夢は、現実の内部としてしかなく、それを悲劇的だと呼ぶのであれば、それは夢の構造がそうなのではなく、ただそのひとそのものが悲劇的だというだけにすぎない。




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