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ヴッパタール舞踏団「コンタクトホーフ」@さいたま芸術劇場

2014.03.30(23:50)

失踪失踪
(1997/03)
ティム・オブライエン、坂口 緑 他

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 3月23日(日)

 朝おきて、与野本町で友達と待ちあわせをした。友達はのどかだなー、さいたま、なんにもないなー、と失礼なことを言っていた。さいたま芸術劇場ださい、と失礼なことを言っていたけれど、それはさいたま芸術劇場ではなくてふつうの中学校だった。それは校舎だった。ティム・オブライエン「失踪」を読んでいたのが見つかって、友達は、表紙がださい、と失礼なことを言っていた。さいたま芸術劇場でヴッパタール舞踏団「コンタクト・ホーフ」を見た。わたしはほとんど一睡もしていなくて、これはねむるな、これはねむるな、とびくびくしていたんだけれど、奇跡がおきてねむらずにすべてを見ることができた。それは、たとえば舞台の左に設置された窓から射しこむ光の美しさとか、あるいはたとえようもないあたたかさとかが、すばらしかったからだと思う。やさしさとあたたかさは、たとえばそれはべつべつの性質を持つものだとして区分けされるようなものなんだろうか。それは、ただわたしたちがそんなふうにべつべつの言葉をつかいわけることができるということにすぎないんじゃないだろうかと思った。「コンタクト・ホーフ」ではおそらくかなしみはけっして癒されはしない。けれど、わたしたちがかなしい状態にあるということはわたしたちのふしあわせの完全なる原因にはなりはしないんだろうと思った。わたしたちがかなしい状態にあるときでさえ、そこにはあたたかみもやさしさもありえるだろうと思う。そのときあたたかみもやさしさもかなしみを消しさったりはしないかもしれない。でも、それはそれだけのことで、そしてそれが、わたしたちにとっての致命的な傷になるわけではない。
 大森靖子と後藤まりこのライブにいくはずだったけれど、どうにもこうにもまにあわないせいで、またべつのいっしょにいくはずだったお友達にごめんなさいと言った。そのあとお友達といっしょにごはんを食べて、なんらかの話をした。お友達は大名汁を飲んで、塩分がやばい、塩分がやばいよ、とずっと言っていた。塩分、と思った。帰った。
 部屋の電気がきれた。暗かった。夜中に洗濯機をまわすと暗闇のかたすみでかたかた動いていて、雰囲気がすこしだけ恐怖だった。地震がおきて定期的に停電していたときに買ったろうそくがどこかにあったはずだ、と思って探したけれど、暗くて、探せなかった。


 3月24日(月)

 会社にいった。モスバーガーにいって小説を書いた。


 3月25日(火)

 会社にいった。会社の先輩に、部屋の電気がきれちゃったんですよ、と言ったら、買えよ、と言われた。その手があったか、と思ってすこしだけ感動した。


 3月26日(水)

 会社にいった。帰りに電球を買った。部屋が信じられないくらいにあかるくなった。まぶしい、と思った。文明よ、と思った。うきうきしながらお風呂にはいっていたらお風呂場の電気がきれた。もう死のうと思った。
 ティム・オブライエン「失踪」を読みおえた。最初読みはじめたときには、ベトナム戦争のことが書いていない、いったいどうしちゃったんだ、オブライエン、とうっかり思ってしまったけれど、読みすすめているうちにふつうにベトナム戦争のことがでてきて、心配して損をした。途中から、なんとなくポール・オースターを読んでいるような気がしていた。


 3月27日(木)

 会社にいった。家に帰って小説を書いた。税金のことが気になってねむれなかった。


 3月28日(金)

 会社にいった。頭が痛いからはやく帰ろう、帰ろう、と思っていたら気がつけば夜の10時に近かった。いったいなにがおこったんだろうと思った。ふしぎでしかたがなかった。


 3月29日(土)

 朝おきて図書館にいき、ドトールにいって小説を書いた。ドトールをでてモスバーガーにいって小説を書いた。




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