スポンサーサイト

--.--.--(--:--)

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。





スポンサー広告 トラックバック(-) | コメント(-) | [EDIT]

わたしがだれかを愛するやりかた

2015.03.04(01:03)

現在地現在地
(2014/11/20)
岡田 利規

商品詳細を見る

カラマーゾフの兄弟〈上〉 (新潮文庫)カラマーゾフの兄弟〈上〉 (新潮文庫)
(1978/07/20)
ドストエフスキー

商品詳細を見る


 2月15日(日)

 屋久島になにがあるのか知らなかったけれど、白谷雲水峡があるらしかった。
 津村記久子「君は永遠にそいつらより若い」を読んだ。


 2月16日(月)

 会社にいった。


 2月17日(火)

 会社にいった。


 2月18日(水)

 会社にいった。


 2月19日(木)

 会社にいった。


 2月20日(金)

 会社にいった。岡田利規「現在地」を読んだ。


 2月21日(土)

 どうやら縄文杉も白谷雲水峡も登山的な場所らしいということを知っておののき、登山グッズを買ってきた。ジーンズはだめぜったいと書いてあったけれどジーンズしか持っていないのでしかたなく買いにいって、リュックサック的なものももちろん持っていないのでしかたなく買いにいった。
 デジカメを買いにいったはずだけれど、どうしてか手ぶらで帰ってきた。なにがおこったのかよくわからなかった。とりあえずAmazonでデジカメを買った。
 いいかげん飛行機のチケットとホテルを予約したほうがいいんじゃないのか、ということにおたがいに気づいて、予約した。


 2月22日(日)

 歩いて1時間くらいかかるイオンモールまでてくてくてくてく歩いていって登山用の靴とかレインコートとか靴下とかザックカバーとか速乾性のシャツとかを買ってきた。買い物をしただけでつかれたのでモスバーガーにいって金子武蔵「ヘーゲルの精神現象学」を読んで、それから帰った。


 2月23日(月)

 会社にいった。小野正嗣「九年前の祈り」を読んだ。


 2月24日(火)

 会社にいった。


 2月25日(水)

 縄文杉には朝暗いうちにいくから懐中電灯が必要だということを知って懐中電灯を買いにいったのに、気がつくとユニクロにいた。ユニクロでは懐中電灯は売っていなかった。


 2月26日(木)

 羽田空港までいって飛行機にのった。おおきい荷物はいったいいつ預かるんだろうなあと思いながら保安検査場を通過したら、なんだかもう預けられないような雰囲気がただよっていた。飛行機にのった。飛行機は空を飛んでいて、わたしはドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟」を読んでいた。友達は大阪だから鹿児島空港で合流して、ぶたを食べて、バスにのって港までいった。港には海と船があった。屋久島についたけれど、ホテルの場所がふつうにわからなかった。友達が、こっちだ、と言うからついていったらホテルがあった。すごいことだと思った。レンタカーを借りて首折り鯖のお寿司を食べたりした。ホテルにはテレビがあって、だいたい2ヶ月ぶりくらいにテレビを見て感動した。友達はパズドラをしていた。ねむった。


 2月27日(金)

 朝おきたら暗かった。わたしは免許証がどこかにいってしまって持ってきていなかったので友達が運転をした。屋久島には信号がなかった。山道をぐりんぐりんのぼって登山口でおべんとうを食べた。トイレにいっておこうと言ってトイレにいったけれど、あとでそれが女子トイレだったと気づいた。どうりで、と思った。圧倒的にオフシーズンだからひとはまばらで、だれかについていければ道もわかるでしょ、と思っていたけれど、そのだれかなんてほとんどいなかった。こっちじゃね、と思った方向につきすすんでいくと山のなかで光がなくて懐中電灯を照らしながらてくてく歩いた。てくてくてくてくてくてく歩いた。トロッコ道だったので死体を見つけにいく気分でテンションがあがって、落ちたら死ぬな、と思う橋をいくつか歩いた。てくてくてくてく歩いた。もうそろそろつくんじゃないか、と思ったところ、つまりつかれきったところでまだ8ぶんの1くらいだった。てくてくてくてくてくてく歩いた。ひとはいったいなんのためにこの道を歩くんだろうかと思いながら歩いた。てくてくてくてくてくてく歩くとそのうちにもうそれ道じゃないよねというところにたどりついて、もしかしたら生きて帰れないかもしれん、と思った。道じゃない道をがつがつがつがつのぼりはじめて、がつがつがつがつがつがつのぼっているとそのうちに縄文杉にたどりついた。縄文杉はつまり、おおきい木だった。見たのでごりごりごりごりごりごり山をおりて、トロッコ道をてくてくてくてくてくてく歩いて帰った。ひとはなぜこの道を歩くんだろうか、この道を歩くことでそのさきに輝かしい未来が待っているというのだろうか、と思いながら歩いた。鹿がいた。テンションがすこしだけあがった。そしてついた。帰りの車のなかでふつうにねむり、鹿の肉を食べた。友達はくさみがあると言っていたけれど、わたしには肉の味がわからなかった。友達はパズドラをやっていた。帰ってお風呂にはいってねむった。


 2月28日(土) 

 朝はやくおきて白谷雲水峡にいこうと言っていたけれど、ふつうにねぼうした。そして登山口までついたけれど、ほんとうにだれもいなくて、わたしたちはなぜか車のなかでねむった。夜明けごろにぼちぼちおきて、てくてくてくてくてくてく歩いた。森は緑で、たくさんの緑色があった。緑色と緑色のあいだをしずかに川がながれていて、水の色は繊細に透きとおっていてそのおくの深い色をした土の色が見えた。その場所も苔におおわれていてときどきほそい緑色の先端が水のなかでするすると動いているのが見えた。雨が降っていて、小雨だったり大降りだったりしたけれど、木がおいしげっていてわたしたちのところまではいつもほんのすこしだけしか降りそそいではこなかった。鹿がいて、友達は戦ったら負けるな、と言っていた。なぜ戦おうとするんだろうかと思った。圧倒的にオフシーズンだったからほとんどだれもいなかった。のぼるまえからつかれきっていたわたしたちはおおきな木のしたの雨に降られない場所で座って写真を撮って休んでばかりいた。友達は父親のもとから盗んできた7万円の一眼レフデジカメを持っていて、いっぽうわたしは1万円のデジカメだった。ぶれる、と言ったら、おまえがぶれているんだよ、と言われて、そうかもしれないと思った。友達の一眼レフデジカメの写真がすばらしくて、友達はどうだい俺の写真の腕は、と自慢していて、わたしは、すごいなおまえのカメラ、と言ってそれを讃えた。友達は笑って、カメラの腕は金で買えるのさ、とまるで俗物のようなことを言っていて、わたしはおおいに同意した。ほかにもいろいろいこうと思っていたけれど、途中から山々しい場所をのぼりつづけてすっかりつかれて、お弁当を注文することもわすれてカロリーメイトしか食べていなかったらそれもあってさらにつかれて、5時間くらいで往復できるはずのところを7時間くらいかけてわたしたちはのぼっておりて、帰った。ごはんを食べてお風呂にはいって部屋でお酒を飲んでねむった。友達はパズドラをやっていた。


 3月1日(日)

 おきてごはんを食べて、港までいった。友達はパズドラをやっていた。船のなかで本を読むと気持ちが悪くなるかもしれないからわたしはねむっていた。鹿児島についてラーメンを食べて、鹿児島空港で飛行機にのって帰った。友達はパズドラをやっていた。
 羽田について、わたしはてきとうに家に帰った。夜、ねむるまえにドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟」を読んだ。わたしがとても好きだったひとが、ひとは知性がなければだれかを愛することすらできない、と言っていたことを思いだした。
 現代文学でも近代文学でも「それを読んでおもしろい」と思うためには、すくなくともわたしには練習が必要だった。おもしろくないと思いつづけながら読んでやっとおもしろいと思えるようになった。だから、わたしはすくなくとも才能や感性を欠いているにんげんが文学をおもしろく読むためにはそういうことが必要だと思っているし、きっとこれからも思いつづけるだろうと思う。わたしにとって文学はそういう対象でありつづけるだろうし、だからときどき文学がおもしろいと思っていることそれじたいがただの思いこみなのかもしれないと思う。わたしはただわたしの文学を飼いならしているだけだ、というような気がする。でもそれと同時に、そんなふうにしないですますことができる対象が世界にどれだけあるだろうか、というふうにも思う。


 いったいロシアの百姓なんぞが、教養のある人間に匹敵するような感情を持てるっていうんですか? 教養がないから、百姓は何の感情も持てるはずがありませんよ。


 知性が、あるいは思想や教養がなんのために必要なのか、それは文学の必要性とともにたびたび語られてきたことだと思うけれど、スメルジャコフは教養がないにんげんはなんの感情も持てるはずがないと断言している。わたしは思想や教養が文学を読むことで身につくとは言わないし、どちらかといえば、文学から得られるものはなにもない、という立場にたってきたと思っている。けれど、ひとは知性がなければだれかを愛することすらできない、と言ったひとのことをわたしはまだ覚えているし、その言葉だけはわすれたくはないと思っている。わたしたちはほんとうにただ動いてなにかをよろこんだりかなしんだりする、ただそれだけのことすらもわたしたちがそれまで育んできたものにたよらなければいけないのかもしれないと思う。知性が、思想や教養がただだれかを愛するためにあるものだとしたら、そしてかつてわたしがわたしのなかで文学を飼いならしたように、これからのわたしが知性や思想や教養を飼いならすことしかできないとしたら、そしてだれかを愛することがそうやって飼いならされたもののうえでのみありえることだとしたら、わたしがだれかを愛するやりかたは文学を飼いならしたやりかたとなにも変わりはしないのかもしれない。


 3月2日(月)

 朝おきて、お風呂掃除をはじめた。でもやめて、旅行でつかれた、ということにしていちにちじゅうねむっていた。いいかげんやらなくては、と夜中にごそごそと確定申告の書類をつくりはじめた。平成26年から白色申告者の帳簿の保存が義務化されるということを1年まえくらいに知ってやよいの白色申告オンラインで帳簿をつけはじめていて、でも2ヶ月で飽きてやめていたから、わたしはためこみまくった領収書をひっぱりだしてひたすらうちこんで確定申告の書類をつくりはじめたんだけれど、なにかおかしい、と思った。これ、もしかしたら事業所得者用のソフトなのかもしれない、と思った。わたしは原稿料とかは雑所得として申告しているから、もしかしてこんなものはいらないのかもしれないと思った。帳簿もいらないのかもしれないと思った。わたしのいままでの努力とか努力しようとしていたこととかはいったいなんなんだろうと思った。それから、国税庁のホームページでふつうにつくりはじめて、飽きてすぐにねむった。Mr.Childrenの曲は1年ぶりくらいで聴くととてもいい曲に思えた。




コメント
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
トラックバックURL:
http://kizuki39.blog99.fc2.com/tb.php/1317-ba060e8f
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。