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「文学的」な死

2015.10.07(21:38)

 8月3日(月)

 会社にいった。


 8月4日(火)

 会社にいった。


 8月5日(水)

 会社にいった。


 8月6日(木)

 会社にいった。


 8月7日(金)

 会社にいった。


 8月8日(土)

 ねむっていた。


 8月9日(日)

 トドを殺すな。


 8月10日(月)

 会社にいった。


 8月11日(火)

 会社にいった。


 8月12日(水)

 会社にいった。


 8月13日(木)

 会社にいった。


 8月14日(金)

 会社にいった。


 8月15日(土)

 ねむっていた。


 8月16日(日)

 角がはえてきた。


 8月17日(月)

 会社にいった。


 8月18日(火)

 会社にいった。


 8月19日(水)

 会社にいった。


 8月20日(木)

 会社にいった。


 8月21日(金)

 会社にいった。


 8月22日(土)

 ねむっていた。


 8月23日(日)

 ねむっていなかった。


 8月24日(月)

 会社にいった。


 8月25日(火)

 会社にいった。


 8月26日(水)

 会社にいった。


 8月27日(木)

 会社にいった。


 8月28日(金)

 会社にいった。


 8月29日(土)

 ねむっていた。


 8月30日(日)

 レム睡眠だった。


 8月31日(月)

 会社にいった。


 9月1日(火)

 会社にいった。


 9月2日(水)

 会社にいった。


 9月3日(木)

 会社にいった。


 9月4日(金)

 会社にいった。


 9月5日(土)

 ねむっていた。


 9月6日(日)

 会社にいった。金曜日に課長に、日曜日これる、と訊かれて、はあ、と言ってしまったのが最大の失策だった。日曜日に会社にいくとみんながおかしをくれる。


 9月7日(月)

 会社にいった。


 9月8日(火)

 会社にいった。


 9月9日(水)

 会社にいった。


 9月10日(木)

 会社にいった。


 9月11日(金)

 会社にいった。


 9月12日(土)

 ねむっていた。


 9月13日(日)

 死体のふりをしていた。


 9月14日(月)

 会社にいった。


 9月15日(火)

 会社にいった。


 9月16日(水)

 会社にいった。


 9月17日(木)

 会社にいった。


 9月18日(金)

 会社にいった。


 9月19日(土)

 ねむっていた。
 

 9月20日(日)

 佐藤友哉「デンデラ」を読んだ。


「一つ、質問してもいいか」
「なんだ」
「お前はなんのために生きている?」
「なんのため」何者かは言葉をくり返しました。「そうだな……殴りつけてやりたくて生きているんだろうな」
「誰をだ」
「誰もかれもだ」

 

 主人公は70歳をこえた老婆だけれど、作品の構造的にはどこかしら教養小説のような響きが感じられた。たんじゅんにいってしまえば、この小説は彼女が「言葉」を獲得するまでの過程を描いた小説で、村という絶対的な体制のもとで生きてきた彼女はデンデラで暮らすようになってはじめて「言葉」を持つように強いられる。うえで引用した「何者か」の言葉はきわめて「文学的」だと思う。主人公の老婆にはこういう言葉を放つことはできない。「何者か」の言葉の意味はせいぜい体制だとか理不尽な世界への怒りといった程度のものでしかないかもしれない。でも「文学的」な言葉の意味は解釈によって生成されるものではなく、その意味内容をつきつめていったとしてもなにかがわかるわけではないと思うし、すくなくともわたしはそういう行為に価値は感じない。「文学的」な言葉の価値はそれが発されるということのみによってのみ存在していて、それはけっきょくのところ表現のための表現なのかもしれないけれど、すくなくともわたしたちが無意味だったり無価値だったりしてでもわたしたちが無意味だったり無価値のままで生きていけるような、たとえばそういうありかたをしているように思う。主人公の老婆は最後には死を選ぶ。でも、もちろんその死は彼女が姥捨山に捨てられたような死とはちがう。彼女は「文学的」に死んだんだと思う。


 9月21日(月)

 早稲田松竹にいってジャン・ルノワール「ピクニック」とロベール・ブレッソン「美しい女」を見た。たとえばわたしは「ピクニック」のような映画がリアルなのか、ということはわからない。彼らは現実においてそういうしゃべりかたをしたり、そういう表情をしたんだろうか。ジャック・ロジエ「オルエットの方へ」を見ればたとえばわたしはそこにリアルなものを感じるけれど、そこで感じるリアルさはそこで描かれていることが現実的なものと似ているからだろうという気がする。現実的なものと似ている、というものが一般的にわたしたちが感じるリアルさの基準になっているのであれば、すくなくとも「ピクニック」はリアルではないだろう。けれど「ピクニック」がつまらないかといったらそうでもなく、すくなくともブレッソンの「美しい女」よりは「ふつうの映画を見ている」という気持ちになる。問題は、おそらくはわたしたちがルノワールが「ピクニック」という映画をどういう感覚を抱いて撮っているのか、ということで、たぶん、それはもう失われたものだと思う。いま生きている映画監督のだれが撮ってもおそらくはもう「ピクニック」のような映画にはなりえないだろうと思う。「ピクニック」のなかのひとびとはわたしたちが知っている現実のにんげんのありようとくらべてたんじゅんに見えてしまう。けれど、ルノワールが「ピクニック」のなかのひとびとのようにたんじゅんだったわけではぜったいにない。重要なことは、かりに「ピクニック」のなかのひとたちがにんげんとしてたんじゅんなように見えたとしたら、それはなにによってそう見えているんだろうか、ということだと思う。そして、「ピクニック」という作品が映画としてある以上、それはすべて外面的なものによってそう感じられている、としかわたしには考えられない。わたしたちが「ピクニック」のなかのひとびとのことを想像するとき、おそらくそこに複雑なものを持ちこむのは困難だろう。それは、そう考えることが困難な映像がうつしだされているからという、ただそれだけの理由でしかないだろう。そして、そういう映像を撮るということは現在においてはわたしたちが考えるよりもきっとむずかしいんだろう。ブレッソンの「美しい女」において、あきらかにわたしたちはそこにうつしだされたもの以上のことを考えているはずだ。そしてそれも「美しい女」がブレッソンによってそう撮られているからというだけの理由でしかない。わたしは「ピクニック」をたんじゅんなものとして見たし、そう見る以外にわたしにはおそらくもうやりようはないのだろうけれど、わたしがそう見ているから「ピクニック」というものとしてあるし、だから、映画がスクリーンにうつされているとき、わたしたちが見ているのはわたしたちのまなざしであって、その映画ではないんだろう。
 実家に帰った。ペルー人の話を聞いた。殊能将之「鏡の中は日曜日」を読んだ。
 

 9月22日(火)

 小林泰三「臓物大展覧会」を読んだ。おもしろかった。麻耶雄嵩「鴉」を読んだ。おもしろかった。




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【2016/06/29 15:57】 | # | [edit]
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