- 2007-12-26(水)
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夕凪の街桜の国
- こうの 史代
- 双葉社
- 840円
書評/歴史・時代(F)

世の中にはおもしろいマンガがたくさんあります。たとえば、メジャーなマンガ以外に条件をしぼっても、志村貴子さん、浅野いにおさん、西岡兄妹さん、オノ・ナツメさん、または安永知澄さんなどです。こういう人たちはたいていの文学よりもおもしろいのです。こうの史代さんの『夕凪の街 桜の国』は出た当初から話題になりすぎていて、ちょっと身をひいていました。
こうの史代さんの『夕凪の街 桜の国』を読んで僕は吉田秋生さんの『蝉時雨がやむ頃』を思いだしたのですが、たぶん、この作品からは読んだ人それぞれにいろんなものを思いだすと思います。あるいは、作品のテンポとしては須藤真澄さんの『マヤ』を挙げてもいいかもしれません。どちらにしても、うまい作家です。
原爆、あるいは戦争ということについて僕たちが考えることは非常に難しいです。何故なら、僕らは実は原爆にも広島にも戦争にもほとんど興味を持っていないからです。僕らは教科書や社会科の時間で戦争をヒロシマを学びますが、実はそれにはほとんど意味がないのです。それらが教えてくれるのは戦争があったという事実です。僕らが受けなくてはいけないのは、「かつて戦争があってヒロシマに原爆が落ちた」という体験なのです。
『夕凪の街 桜の国』みたいなマンガを読むと僕らは何故かそろいもそろって「原爆やヒロシマについて改めて考えさせられた」などと言うのです。僕がわからないのは、たいていの人(もちろん僕も)は戦争について何にも考えていないくせに、戦争について描かれたものを読むとまるでそう言わなくてはいけないかのように「戦争について考えさせられた」などと言うことです。そして、何故か「戦争がこの世からなくなってほしい」などと言うのです。それは極めてまっとうな意見です。しかし、いまの社会やいまの僕らのなかでそれを言うことはほとんど意味がないのです。何故なら、そんなことは『夕凪の街 桜の国』なんて読まなくても言えるからで、そんなことはべつに言わなくてもわかっているからです。
たとえば、戦争で本当に被害にあった人が戦争について語るとき、「戦争について考えさせられた」なんてのんきなことを言うでしょうか。僕にはとてもそうは思えません。なのに、こういう本を読んで「戦争について考えさせられた」などと言うのは、ある意味では偽善ではないのかと思うのです。何度も言うようですが、僕らが本当に必要としているものは、「戦争について考えさせられた」と言うこともできないような圧倒的な体験なのです(と言っても、戦争を起こせと言っているわけではないのです。もちろん、日本の人たちに戦争を体験させるには戦争を起こすのがいちばんてっとりばやいのですけれど、僕らはそれを拒みます。だから、僕らはその代わりであって代わりでないものをつむいでいかねばならないのです)。
現代アメリカを代表する作家であり、ベトナム戦争について執拗に書きつづけているティム・オブライエンは「戦争について語るならば、戦争について語ってはいけない」と言いました。
日本を代表する批評家である柄谷行人さんも言っていますが、僕らはまずそこに存在するものについて「それはそこにあるのだ」と認めなくてはなりません。しかし、おそらく僕らにはそれすらもできないのです。僕らは原爆やヒロシマが確かに存在するということを認めないままに、原爆やヒロシマについてあれこれと話しているのです。
僕らが戦争について何かを語りたがるのは、それはその存在が相手に認識されていないからです。僕らは、明確にそこに存在するものについてはあまり何かを語ったりはしないような気がするのです。
『夕凪の街 桜の国』というマンガについて何か言うならば、たとえばこのマンガと『最終兵器彼女』のいったいどこが違うのか、ということを考えていかなければいけないと思うんです。それについて考えるのは面倒だし気乗りがしないので、ここでは書かないのですが。暇な人は考えてみるといいと思います。
『夕凪の街 桜の国』というマンガはそれでも傑作で、たとえば、こういう台詞があります。
嬉しい?
十年経ったけれど
原爆を落とした人はわたしを見て
「やった! またひとり殺せた」
とちゃんと思うてくれとる?
たぶん、この台詞を書けただけで『夕凪の街〜』という作品は成功しています。何せ、日本人である僕らが原爆を落とした立場の人間として何か書く、ということは、僕の知るかぎり一度も行われていないのですから。内面から一方的に戦争を語る『最終兵器彼女』との違いはここでしょうか。
唯一の弱点はラストです。
このお話は
まだ終わりません
何度夕凪が
終わっても
終わっていません
ラストのこれで僕は冷めてしまいます。マンガ家として、こんなことは書いてはいけないだろうと思うのです。どうしてそれを文章で訴えなくてはいけないのか、いや、そもそも何故そんなことを訴える必要があるのだろうか、訴えるのならせめてそれを「マンガ」あるいは「絵」で何故表現してくれなかったのか、残念でなりません。
とにかく、原爆を知らない世代がこういうマンガを描いて話題になるのはとてもいいことだと思います。古処誠二さんが直木賞をとれない世界ですので。
帯に映画化とあったので、インターネットで公式ホームページを見ました。最近、『デトロイト・メタル・シティ』も実写映画化されることが発表されたけれど、『デトロイト・メタル・シティ』や『夕凪の街 桜の国』を映画化しておもしろくつくれるだろうとか、原作よりも良いものがつくれるだろうとか考えている監督はよっぽどのばかかよっぽどの天才だと思います。そして99%以上の監督はよっぽどのばかなのです。
『夕凪の街 桜の国』はきれいなメロディの流れるとても泣けそうな映画でした。僕は「何故こういう映画をつくろうとするとき泣ける映画をつくりたがるのか」といつも不思議に思うのです。泣かせたならば心に残って原爆のことについて人が深く考えるとでも思っているのでしょうか。久しぶりに厳しいことを言おうと思いますが、『夕凪の街 桜の国』みたいなマンガを映画化しようなんて狂気です。しかも映画のキャッチコピーが「生きとってくれてありがとう」。すいません。お願いですから勘弁してください。ごめんなさい。
コメント
現実だからこそ?
途方もないショックを受けた体験が尾を引いているのか
はたまた、幼かった頃に訳も判らぬまま
原水爆禁止の署名活動の手伝いをやらされた記憶があるからか
戦争・核兵器‥‥と言うものたちに対して
自分は割と興味を持っている方だと思っていました。
けれど‥‥自分は、自分と同じ年代の方々に
被爆2世が居るんだという事実すら判ってなかった。
この漫画を読んで、その事実に気付いた時
何とも言えない物凄いショックを受けました。
『”戦争”を遠い過去のものにしようとしている世の中』 に
嫌気が差して居たはずなのに
自分もまた、同じような立場でしかものを見ていなかった。
自分は、今まで何を見てきたんだろう‥‥と。
今現在生きている人々の中にも
被爆の後遺症に苦しんでいる人達が居る。
『桜の国』 の七海のように
戦後に産まれて、普通の生活が出来ても
未だ ”ヒロシマ” という十字架を背負う人達が居る。
だからこそ‥‥
作者はあえてラストの言葉を加えたのではないでしょうか。
物語としては確かにあのラストは興醒めです。
自分も、正直あれはどうかと思っています。
けれども‥‥この漫画で取り上げてる題材は
過ぎ去った過去の事件などではありません。
戦争が過去のものになりつつある今の世の中でも
”皆実” のように亡くなってる人が居るのなら
ああ書くしかなかったのではないかと思うのです。
映画も観ました。
あの漫画に流れる独特の空気をどうやって映像化するのか
非常に興味があったのですが
まぁ‥‥良くも悪くもメッセージ性の強いものになってますね。
子供の描いたヒロシマの絵を挿入するのは
どうにも卑怯だと思って‥‥正直萎えました。
>『夕凪の街 桜の国』みたいなマンガを
>映画化しようなんて狂気です
この意見には全く同感です。
そもそも漫画は、相当ディフォルメされたものですから
ディフォルメされたものなりのリアリティでないと支えられません。
そういったことを全て無視して
ディフォルメされたものを、現実世界のリアリティ(=実写)で
支えようとすること自体、大間違いじゃないかと言いたい。
個人的には、もっと淡々とした描写で撮って貰いたかったが
今の日本の世相が ”感動” やら ”泣ける” やら
判りやすいものを求める風潮にある以上
興行収入をあげるためにやむを得ない事情とかもあるのかも。
ただ、原作を知らない友人達と一緒に観て後で意見を聞いたら
予備知識無しで観ても、思うところが多々あったようです。
意外と‥‥成功しているのかもしれませんね<映画単独でなら
克巳さんへ
お返事を書いていたら何故か長くなりすぎてしまい、別記事としてアップしました。ご参考までにどうぞ。というか、申しわけないです。
http://kizuki39.blog99.fc2.com/blog-entry-155.html
映画は観ていないので、それについてあれこれ言うのは卑怯なのですが、予告編を観ただけでげんなりしてしまったので。
しかし、どっちみち観たならばいろいろ思うところもあるでしょうから、そういう意味では確かに成功しているかもしれません。
というか、「感動もの」に仕立てないことには全国的に上映されるということはまずないでしょうから。
子供の絵は、いくらなんでも……。
感動させるために子供を持ってくるというのは、ベタというか、ベタというか、ベタすぎますね。