- 2008-06-18(水)
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ランボーにすら天才とは言いたくないのだけれど、今生きている人たちにたいして天才と言ってもいいと思ってしまうのはなんでだろう。どうでもいいけれど、 ランボーの「地獄の季節」は新潮文庫(ランボー詩集)よりも岩波文庫(小林秀雄訳)のほうがいい。新潮文庫のほうは古典的な言葉遣いでいくらなんでも読みづらい。岩波のほうはめちゃくちゃかっこいい。つい衝動買い。 訳者の大事さを認識しました。カフカの「審判」も新潮文庫ではなくて岩波文庫のほうが良いと思います。近々岩波で読みなおします。
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絶対にでなくてはならない授業に余裕で寝坊する。びっくりした。本当にびっくりした。しかもそのまま車で実家まで帰りました。パスポートの申請に行きました。無事できたようです。やればできる子でした。
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また見つかった。
――何が、――永遠が、
海と溶け合う太陽が。
俺は架空のオペラとなった。俺はすべての存在が、幸福の宿命を持っているのを見た。行為は生活ではない、一種の力を、いわば、ある衰耗をでっち上げる方法なのだ。道徳とは脳髄の衰弱だ。
俺は、それぞれの存在が、様々な別の生活を借りているような気がした。この男なんか為る事が当人にも解らない、奴さん天使である。この家族ときたら、乳離れもしない仔犬どもの一団だ。俺は人々の眼の前で、奴らの別の生活中のある生活の瞬間を、大きな声で喋ったものだ。――こうして、俺には豚が可 愛くなったのだ。
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「地獄の季節」の一部です。ゴダールの「気狂いピエロ」のラストでも引用されていました。しかしすばらしく意味がわからない。でもかっこうよすぎです。これを書いたのは19歳ぐらいみたいです。ランボーはけっこう長生きしているのですけれど、だいたい20歳ぐらいで詩作はやめてしまったらしいです。才能の100万分の1でもわけてほしいものです。
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「小さな悪の華」という変態的傑作映画があります。そこでふたりの女の子がステージの上で「ディキドゥンドゥン!ディキドゥンドゥン!(穴を掘 れ! 穴を掘れ!)」と超絶的な詩を朗読するという超絶的なシーンがあって感動したことがあります。あの詩、僕はずっとランボーの詩だと思ってたらボードレールの詩らしいです。あれ読みたいです。ディキドゥンドゥン!ディキドゥンドゥン!
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平山夢明の本をいろいろ読み、岡真史くんの「ぼくは12歳」を読んでぶっちゃけ感動し、スタンダールの「赤と黒」をようやく読みおわりました。 「赤と黒」の最後の盛りあがりっぷりは異常でした。オルミ監督の「木靴の樹」を見ました。本当は「百本の釘」という映画が見たかったのですが、DVDがでてないので仕方なく「木靴の樹」を見ました。3時間はいくらなんでも長すぎると思いましたが、とてもおもしろい映画でした。生まれて初めてトマト摘むシー ンで感動しましたよ。あと豚を解体していました。
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CDをかたっぱしから買っているとお金がなくなるのでTSUTAYAに行って借りてきました。ニコ「チェルシー・ガール」とデヴィッド・ボウイ 「ジギー・スターダスト」とクイーン「オペラ座の夜」です。ほんと今さらこんなの聴いて今さら「すごく良いぞ!」と言うのは恥ずかしいかぎりなのですけれど、すごく良いぞ!
とりあえずぺたぺたはります。
上からニコ「サムホエア・ゼアーズ・ア・フェザー」、ボウイ「スターマン」、クイーン「ボヘミアン・ラプソディ」です。ニコの「サムホエア・ゼ アーズ・ア・フェザー」ってどこかで聴いたなあとずっと考えていたのですけれど、小谷美紗子がカバーしていたじゃありませんか! ずっとスルーしていてごめんなさい。
しかし、フレディーちょっと見ないあいだににひげ生やして半裸になってましたね。




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