- 2008-07-04(金)
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![]() | 幸福な王子―ワイルド童話全集 (新潮文庫) (1968/01) ワイルド 商品詳細を見る |
オスカー・ワイルドの童話集「幸福な王子」を読んだ。表題作は金で装飾された石像の王子がつばめに自らの身体の金を貧しい人に運ばされる、典型的な自己犠牲でまったくもって感動的な作品であるが、感動した。
「王女の誕生日」はさすがに読むのがつらすぎて断念してしまったのだけれど、それ以外の作品はなかなかの佳作で、楽しめる本だった。ただ文体がどうしても気にいらないのが最大の欠点ではあるのだけれど。
◇◇◇
ワイルドの童話がより童話的かと言えば、首をかしげざるをえない。「幸福な王子」は最後にいきなり神様がでてきて、それはなんだかデウス・エクス・マキナ的だとも言えなくもないのだけれど、ずいぶん童話的だ。
問題は「ナイチンゲールとばらの花」。これは人間に恋したナイチンゲールがいて、けれどその人間の男はべつの人間の女を愛していて、女のためにばらの花を手にいれたいと思っている。ナイチンゲールはその男のために自身の心臓の血でばらの花をつくりあげて死ぬのだけれど、男が女にばらの花をあげると、女は「そんなもんよりは宝石のほうが素敵よ!」と言って受けとらない。
これはある意味ではアンチ童話的なのだけれど、なかなかにリアリティがある。そもそも、「ばらの花をあげるからつきあえ」というある種の制約自体が女の側から言えば受けいれがたいものだし、たとえそのためにナイチンゲールが犠牲になったとしても、女のほうにしてみれば「そんなの知らないわよ!」である。その手の転倒は「星の子」のまるで無意味なバッドエンドにも見られることだ。
これは文学的に言えばまったく稚拙な手法にほかならないし、たぶんに疑問の余地があるのだけれど、それがひとつの奇妙な味になっているのは見過ごせない点だ。
「漁師とその魂」は春樹の「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」みたいなお話で、すばらしい。「星の子」も絶妙な言葉遣いがたまらない。この2つがおそらくこの童話集のなかではベストだと思う。
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あとがきによると、ワイルドの芸術的テーゼの根本には「芸術が人生を模倣するよりもはるか以上に、人生こそ芸術を模倣する」というものがあるらしい。これは、僕がカポーティの「冷血」を読んだときに深く感じたこととまるで正反対のことなので、興味深い。もちろんカポーティとワイルドのあいだには100年ぐらいの時間の隔たりがあるので、それはいたしかたないのであるけれど。そして、「冷血」の場合は実存主義以降の考えかたが根底にあるという点もあるだろう。が、よくよく考えればニーチェとワイルドは同じ時代を生きていたはず。そして同じ年に死んでいる。あれれー。



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