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肉を受けとる

2008.07.27(01:16)

しゃにむにGO 29 (29) (花とゆめCOMICS)しゃにむにGO 29 (29) (花とゆめCOMICS)
(2008/06/19)
羅川 真里茂

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気になったことをいくつかメモメモメモ。

   ◇◇◇

「27時間テレビ」を見るといかに映画やドラマ、あるいはバラエティにおいて「編集」というものが大きな役割を占めているかがよくわかる。ゴダールは「映画とは編集だ」(意訳)と言っていたが、まさしく。そもそも芸人が27時間ずっと面白いわけではないだろうし、27時間おもしろくなければいけない理由もない。

   ◇◇◇

金井美恵子の「ピクニック、その他の短篇」もルイ・アラゴン「イレーヌ」と同じで小説のふりをした散文詩だった。「イレーヌ」はもろだが、「ピクニック、その他の短篇」はとても周到にできているのでつい小説のつもりで読んでしまう。するとわけがわからなくなる。
文学の世界がややこしいのは、「小説のふりをした散文詩」を「これこそが真の小説だ!」とか叫ぶ頭のおかしい人がいるからだ。
ものすごくよく言われることだが、人間というのは言語的な動物だ。たとえそれがどんなに肉感的なものであったとしても、言語というものに置き換えられた途端にぐずぐずと崩れだす。彼。わたし。わたしたち。人称なぞどうでもいい、「わたし」という存在は「わたし」を何と呼ぶかという極めて言語的な問題に還元され、肉を溶かし、言語という濁流を通して僕らの頭に流しこまれてくる。小説を読むということは肉を受けとるということなのだと思う。

   ◇◇◇

「しゃにむにGO!」29巻で佐世古が…。




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