2008/08/11
映像詩としてのアニメ
![]() | 少女革命ウテナ L’Apocalypse:6 (1999/06/01) 川上とも子渕崎ゆり子 商品詳細を見る |
![]() | TEXHNOLYZE unite01 (2003/07/25) 羽賀聖井之上隆志 商品詳細を見る |
「『serial experiments lain』と同じ原画同じ脚本家でつくられた」とあちこちで話題になっていたが今までまったく見ていなかった「TEXHNOLYZE」の第1話をようやく見たけれど第2話以降を見ることはないだろう。
台詞がほとんどないし、映像も残念ながらおもしろくない。たぶん「TEXHNOLYZE」がつまらないのは押井守の「イノセンス」があまりおもしろくなかったのと同じ理由だと思う。そもそもテレビアニメーションは映像詩として魅せるには相当難しい。たとえば実写ならなんでもない風景でも水がゆらめいたり草木が揺れたり光の加減が変わったりしていく。なんでもない風景を見て僕らが楽しめるのはもしかしたらそういう「小さなダイナミズム」の集積のおかげかもしれず、背景をひとつの書割りとして処理することで成りたっているほとんどのアニメーションではまだまだ映像詩として成りたたせるのは難しい。
「きれいな絵」を描くことで有名なのは深海誠だけれど、深海誠だって映像の上に不必要なほどの言葉を重ねることによってようやくその強度を保っている。
それは同じく今日見た「少女革命ウテナ」(26話〜30話)も同様だと思う。「少女革命ウテナ」は映像詩ではあるが同時に演劇であり、おまけにえろい。よくしゃべる、ギャグがすべらない。豊潤なアニメだ。「lain」などは無駄をはぎとることによってそのおもしろさを増しているところがあるけれど、「ウテナ」は逆でなんでも盛りこむ。その要素が瓦解せず楽しめるのはアニメではなく「演劇」としての力をとりいれているからだと思う。アニメはもっとほかのものに寄りかかったほうがいい、だが同時に「TEXHNOLYZE」や「イノセンス」のような系統でおもしろい作品も何十年か後にはでてくるかもしれず、それは楽しみだ。
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ようやっとやることが一段落したので「TSUTAYA DISCAS」を再開する。借りたいものが山ほどあるけれど真っ先に「少女革命ウテナ」と「TEXHNOLYZE」を22歳にもなって借りるのは人として間違っているような気がするがもちろん気にしない。「ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア」や「君とボクの虹色の世界」や「人のセックスを笑うな」や「世界」などが見たい。そしてつい昨日知って即予約リストに追加した「追悼のざわめき」。数々の映画祭に招待されたものの税関でストップされた(笑)らしい幻の作品、超見たい。内容は書かない。
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最近よく思うのはミュージシャンや映画やゲームの公式サイトは何故あんなに見にくくレスポンス性が低いのだろうということだ。FLASHはインターネットと相性が悪いと個人的に思う、クリックしてぱっと開くその単純さがインターネットの有利な点であってクリックして重いFLASHが再生されるといらっとして100%スキップする。文字と静止画像で充分である。
たとえば「デトロイト・メタル・シティ」の公式ホームページはやたら重いし予告編もなかなか再生されない。アップは公式サイトにすべきではなくyoutube様にすべきだと思う。公式サイトにはリンクだけ張ろう。
http://www.go-to-dmc.jp/index.html
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お盆である。世間は休みである。バイトがめんどうくさいのである。今週いっぱいはおそらく学校に行かないと思う。来週からはちゃんとやるでごわす。欲しいものがいっぱいある。とりあえずいいかげんi-podかそれに準じた携帯音楽プレーヤーが欲しい。出先で本を読む気力がないときに音楽を聴きたい。パソコンが欲しい。今ここまで書いたところで勝手に再起動しやがってまじびびり。
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渋谷でパラジャーノフ監督「ざくろの色」が公開されるので見にいきましょう。おそらく多くの人が見たことのない映像です。びっくりします。台詞がほぼないので寝ること請けあいですが最初の30分くらい見るだけでも損はないと思います。
http://www.zaziefilms.com/zakuro/
http://columbia.jp/dvd/titles/zakuro/
http://kizuki39.blog99.fc2.com/blog-entry-136.html










映像詩の定義を教えて下さい。
ラモさんへ
パラジャーノフ「ざくろの色」、デレク・ジャーマン「エンジェリック・カンヴァセーション」「ザ・ガーデン」などが念頭にあります。