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懺悔室にて

2008.09.01(19:17)

パールパール
(2004/08/04)
ジャニス・ジョプリン

商品詳細を見る

僕は阿呆なのですぐに他人の影響を受ける。数時間前にわけのわからない日記を書いたのは、

http://harufarkoko.blog101.fc2.com/

このブログをほんの少し読んでしまったからで、とりわけ良質な女性の文章を読むと僕はすぐに変な気持ちになっていてもたってもいられなくなり理解から遠く離れてしまった文章を書かなくちゃと考えてしまうのだけれど、そういう気持ちになるのはもう何回目だろう。ランボーの「地獄の季節」にしろ金井美恵子「ピクニック その他の短篇」にしろ、それを読んだときに感じたことはとうてい言語化できず、歯がゆい。
僕は「未来を拒否している」と書いたけれど、より具体的に言えば僕は僕を敗北者であって世界の影であって詐欺師だと思っている。

日記には彩りが必要だ。昨日の人間が今日の人間にストレスなくつながるような彩りだ。そしてその彩りを持つことができない人間は日々のことを文章にすべきではないのだ。

僕は以前こう書いたことがある。だから僕は本当は世界の端っこで細々と生きていくべきであり、間違っても日記なんて書くべきではないと思っているけれど、それは影が影であることへの慰めになっている。
「こういう人こそが文章を書くべきなんだ」と本当に思う人を僕は何人か知っていて、日々それを羨む。僕は自分が文章を書くべきではないと知っている。そしてそれが方向性の問題なのだとも知っている。僕が文章を書いたとしても、読む人にとってどうなのかは知ることはできないけれど、本人にとって良きことになってはいないような気がする。
世界が言語なしでも成りたつと過程したところで、それをつなぎとめたり、あるいは再構築しているのは言語なのだ。しかし歪な言語で再構築された世界は醜くゆがみ、結局は世界を構築した当人<作者>を傷つける。

ごめんねごめんね。明日には帰ってくるよ。一晩寝たら、また帰ってくるよ。

   ◇◇◇

何故か教授から28日にメールが来て「31日締めきりの論文誌への投稿を検討してください」とおっしゃるので勇気を出して断った。3日で完成するわけがなく、そのやる気もまったくなかった。教授は「学校に来い」(意訳)とおっしゃった。僕は「行きます」と言った。しかし教授は続けて「夏休みだから無理しなくてもいいですよ」(意訳)と言った。だから僕は行かないことにした。僕の意訳はもしかしたら間違っているかもしれないけれど、なんだかすべてがどうでもよかった。
今まで素通りしてきた古本屋さんに行ったら素敵な本がたくさんあった。新潮社の世界詩人全集が200円でたくさん売っていたのでたくさんレジに持っていった。間違いなく「なんだこいつ」と店員に思われたが、僕は気にしなかった。本当は気にしたが気にしないふりをした。上記のブログを読んだせいもあるけれど、詩が読みたいと思っている。そして詩が書きたい。そんなかんたんに詩が書けるわけないと僕は知っているけれど、僕はそれが楔として僕や他人の内臓に打ちこまれるような文章を1度でいいから書きたい。
上記の古本屋さんにブローティガンの「島の神殿」が1300円で売っていた。なんだか嫌な予感がして買わなかったが、今調べたらAmazonで6900円のプレミアがついている。僕は明日買ってこようと決めて、Janis Joplinの「Pearl」を聴き、この人はいつ吐血するのだろうとはらはらした。

   ◇◇◇

現代詩文庫の「黒田三郎詩集」を400円で買ったのだけれど、Amazonで26,700円のプレミアがついていて笑いがとまらない。将来ニートになったら誰か買ってください。




コメント
こんにちは。harufarです。
コメントありがとうございました。取り上げていただいて、凄く恐縮です・・・。

私の文など良質ではないと思うのですが、何か、心の揺らぎがあなたの地面の揺れに伝播したような気がします。
そういう文章だなあと読んでいて思いました。

詩、書いてください。
私も頑張って書きます。
言葉をかけてもらえて、ほんと、嬉しかったです。
これからも読ませてください。

私にとってもこの出会いは大きいです。
記事全部は読んでいないのだけれど「恍惚として足を裂き」という一篇が凄く良かったです。詩だと感じました。
うまく言えないのだけど。

kizukiというと、ノルウェイの森を思い出します。ではまた。
【2008/09/01 23:46】 | harufar #- | [edit]
こんにちは。
わざわざコメントいただき、ありがとうございます。

あなたに読んでもらえたならば、僕もうれしいです。
「わたしの両手」も良かったです。
肉感が薄いまま流れながら、「他人のような女の身体だ。」でいきなり生々しい表現が出てくるところなど。最後の二行もすとんと落とされる感じです。「はっとする程、指に感じる感触なのだ。」で肉感を呼びおこし、「私は今死んでもいい。」で言語的なクレヴァスに落とされるような。
と、ここでだらだら意味不明なやりかたで褒めていてもしかたないので終わりにしますが、良かったです。

「散文」のカテゴリの文章はだいたい誰か僕の好きな人の文章を真似て書いているのですけれど、「恍惚として足を裂き」は唯一詩人の詩をお手本にして書いたものだから、そう感じるのかもしれません。何にせよ恐縮です。

harufarさんは改行の仕方がうまいのだと思います。「詩は改行だ」ととある詩人が言っていました。僕が詩を書けないと思う最大の理由が、僕にはどんなときでも改行のタイミングがまるでわからないということなのです。
言葉が言葉として認識されるのはその逆の沈黙があるからです。沈黙としての改行(空白)は、だからとても大事なのだと思います。

「ノルウェイの森」からとりました。「ノルウェイの森」は僕の読書の原初体験とも言える本で、とても好きです。

(やはりへんなテンションで書くと文章が長くなります。すいません。あと「身体から離れていくもの」というタイトルで書いたコメントに「言葉へと離れていくもの」というタイトルで返してくださったことが、とてもうれしかったです。)
【2008/09/02 19:06】 | 桜井晴也 #oSfzfPCQ | [edit]
このコメントは管理人のみ閲覧できます
【2008/09/04 06:09】 | # | [edit]
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