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カズノコ現象論・序、あるいは甲子園と舌打ち幽霊について

2008.09.11(02:41)

小説に関する基本的な考えかたは、昔僕が書いたことを読むかぎり1年半前とほとんど変わっていない。僕が尊いと思ったり礼賛したりするのは小説の「わからなさ」の部分で、こればかりは100回言っても言いたりないと思うので何度でも言うけれど、「わからない」ということはそんなに奇異なことではない。
たとえば、ある物事が起こった理由(男と女が別れるとか)に固定数的な理由があるのだろうか。表面に見えるぶんには単純かもしれないけれど、内奥にはカズノコみたいなぶつぶつとした無限の理由があるはずで、それを誰かに説明しなくてはならないときにカズノコ一個を見せるわけにはいかないから当然カタマリとしてのカズノコを見せ、性格の不一致だよ、などと言うのかもしれない。
政治的な問題でも、経済的な問題でも、その要因はさまざまにあって、僕らはそれを個別的なものとしてとりあつかうべきではなく、ある種の集合として、流れとしてとりあつかうべきではないのだろうか。僕らが本当にある物事を解決させようと思ったら、何かの要因をとりのぞこうとするのではなく、ある方向に流れているものをべつの方向に流れるように土台を傾けてやるべきなのではないだろうか。

小説においてある事象が起こる理由をいくつ描けるのだろう。それはせいぜい2、3個ではないだろうか。本来的には無限であるはずの理由を2、3個に縮小して描こうとするとき、小説は「書けない」というジレンマを抱えこむ。
小説で現実を描こうと試みるならば、それは何かを書くということによって書けないという逆転の現象を扱うしかないのではないだろうか。書かれたことの裏には、常に書かれなかった部分、決して書くことができなかった部分が潜んでいる。
これは「行間を読む」ということとは違う。僕らはただ書かれた文字を読む。そしてその行為によってのみ「書けなかったこと」が露呈される。おそらく、「書かれたものを読むことによって書かれえなかったことを感じる」というのが「わからない」ということなのだ。

   ◇◇◇

真夜中に隣の部屋がうるさい。朝は朝で僕の部屋の真裏にある野球部のグラウンドで朝練習をする野球部のかけ声がうるさい。何故彼らは声を出さないと練習できないだろう。それは夜中にぶいーんと爆走しているバイク連中と何が違うのだろうか。朝練習をすることによって他人に迷惑をかけるということを彼らは自覚しているのだろうか。自覚していないに決まっている。それは僕が何かをするときにその影響を自覚していないのと同じように。しかしながら裏の野球部は甲子園級の野球部なのであるが、彼らが甲子園に行くためにまわりの住人がいかに犠牲を払っているかということは非常に興味深い。僕はどうせ1年半足らずでここを出て行くのでやり過ごせるのだけれど、うっかりこの近くに家を買ってしまった人は裁判とか起こさないのだろうか。僕だったら毎朝野球部の野太い声が聞こえる空間を許せない。
たぶん他人の話し声が嫌いなのだろう。自分のいる場所で自分に関係のある人が何を話していても僕は多分楽しいと感じることができると思うのだけれど、自分に関係のない人間が自分の近くで話していると内容がどんなことであれ全部全部全部嫌な気持ちになってしまう。自分に関係のない笑い声は全部嫌いだ。

   ◇◇◇

昨日、夜中の2時まで研究室でごそごそやっていて帰ろうと思いエレベータを呼んで扉が開いた途端「ちっ」という舌打ちがなかから聞こえた。もちろん誰もいない。僕はエレベータを呼んだくせに鍵を返し忘れていたのでエレベータが到着した瞬間に無視して鍵の保管場所までもどったのだが、エレベータに乗っていた誰かさんにはそれが気にいらなかったのだろう。まっすぐエレベータに乗っていたらどうなっていたのだろうか。と思うとかなり怖くなり、真っ暗な階段と見えない誰かが乗っている風味のエレベータどっちで帰ろうかと本気で迷うが、結局エレベータに乗る。階段を降りるのが至極面倒だったからである。エレベータに乗っているあいだは何もなかったけれど、駐輪所まで行ってみると自転車の後輪が何故かパンクしていた。
パンクのほかに何日も前からライトが壊れていたので、今日の昼間に自転車さんに行く。するとそこの奥さんからうちの大学の鬱病患者の変遷について延々聞かされ(今は減ってきているらしい)、石原伸晃とみのもんたの関係についても延々聞かされ(仲は良くないらしい)、あれはなんだったんだろうかと今でもこの胸のときめきは消えない。
9月末の合宿用に提出しなければならなかった書類をようやく提出した。期限は合宿当日10日前までだったのだが僕は偉いので11日前に提出した。期限の早めに出すといろいろ良くないことがあると身に染みているのだ。提出した際に係の人から「あとで費用の振込み期限などの確認のために電話がいく」と言われ数十分後にかかってくるが何故か「いたずら電話だ!」と思い2秒で切る。それきりかかってこない。合宿に行けなかったら僕のせいだろう。

   ◇◇◇

そろそろ飽きてきたし隣も静かになったので寝ようと思う。あれから映画も見ていないし本も読んでいないので特に書くことがない。そういえばJudy and Maryが、と言うよりも正しくはYUKIが、まあいいや、寝よう。




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