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わたしは頭の中に、葬式があるのを感じていた。

2008.10.01(04:10)

「フラニーとゾーイー」を読みおえた。
他人と話をすることということが一生できない気がして、ややもすると気が滅入る。「ボヴァリー夫人は私だ!」とフローベールは言ったが、「フラニーは俺だ!」と言いたくなる。フラニーを自己のうちに抱えこんで一生を生きるのだろう、とふと想像して、その混沌と解決されない祈りにぬかるみで息をする。ゾーイーとベシーがいたことはフラニーにとっては救いだ。ゾーイーがフラニーに言ったようにふるまうことができれば、しかしそれはできない、できないというエゴ、醜い世界のなかでの。愛。

わたしは頭の中に、葬式があるのを感じていた。
                  ――エミリー・ディキンスン




コメント
このコメントは管理人のみ閲覧できます
【2008/10/01 13:36】 | # | [edit]
よかったんじゃないでしょうか。
【2008/10/01 20:02】 | 桜井晴也 #oSfzfPCQ | [edit]
このコメントは管理人のみ閲覧できます
【2008/10/01 23:53】 | # | [edit]
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