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咆哮と夏

2009.01.10(22:44)

 俺は今忙しい。ぜんぜん焦っていないがスケジュールを見る限り俺は19日くらいまで断然忙しいはずなので、忙しい忙しいとアッピールをしつつ、明日のために俺は眠る。死な底の水際で、きみが。

   ◇◇◇

 何日か前に書いておきながら「アップしたくない」と思っていた文章をやはり以下に載せることにした。ミトさんの言葉を俺は思いだした。

   ◇◇◇
   ◇◇◇   

「テロは断じて許せない」というのは宣言であっても対話ではないのです。

 と俺はかつて書いた。
 人は怒りを感じるときに「許さない」と言う。「自民党を許さない」と言ったり「イスラエルを許さない」と言う。でも、悲劇的なことに、自民党やイスラエルは俺が「おまえらを許さない」と言ったとしても「どうしておまえに許してもらわなくちゃいけない?」と思うだろう。
「許す」というのはコミュニケーションをとることだ。何故そこにコミュニケーションが生じるかと言えば、常に「許す」「許さない」という選択肢が存在しているからだ。
 俺は「イスラエルを許さない」と思ったことがない。さらに言えば他人に対して「許さない」と思ったこともない。それは俺がイスラエルに強い関心を抱いていないからであり、他人に興味を抱いていないからであり、何かに対してそんなに強い感情を持つことがないからだろう。
 でも俺は「いつかは許さなければならない」と思う。「許さない」と言いながら誰であれけっきょくは許さなくてはいけない。イスラエルが許せないからといってイスラエルを滅ぼすわけにはいかない。
「テロを許さない」という発言は貴いかもしれないが、どうあっても欺瞞だ。

   ◇◇◇

 俺はコンビニでアルバイトをしている。深夜に若い男がやってきた。ぺらぺらしゃべりながら俺(店員)に近づいてきた。何か俺に話しかけているのかと思って「はい?」と問うたら「いや、独り言だよ。俺ね、よく独り言しゃべるんだよ。気にすんじゃねえよ」とか言うのでそいつの諸々の態度に腹が立って「はあ」とシカトしていたら「それ捨てるの?」と今度は話しかけてきた。俺はそのとき賞味期限が近づいた商品を店頭から下げるために籠のなかにぽいぽい入れていたのだ。「そうです」と俺は言った。「ありえねえ。カンボジアの子供がかわいそう」とそいつは言った。俺は「馬鹿かこいつは」と思い本当に腹が立ってシカトしてその場を離れた。俺はその男にはっきりと侮辱されたのだ。もうそいつの近くにいたくなかったしそいつが何か言うのも聞きたくなかった。俺は食べ物を捨てようとしているコンビニの店員に対して「カンボジアの子供がかわいそう」と言ってその後普通に大声で買い物をして出ていくその男を侮蔑した。男は正義の上に立っている。しかしその正義はもちろん歪んでいるし、吐き気がするほど汚いと思う。俺はそんな正義の上に立つくらいならその横で次々と食べ物を捨てたい。
 おそらく、俺も文章というかたちだけれどその男と同じようなことをやったし、やりつづけていると思う。俺は日々誰かを侮辱しつづけているだろう。そういうことは、その男が自分で何をしているかわかっていないのと同様、自分ではよくわからないものだ。何度も言うけれど俺は醜い。でも醜くなりたくないとは思う。

   ◇◇◇

 今は閉鎖してしまったが、俺がかつて愛読していたブログにこんなエピソード(うろ覚えで引用するのをお許しください!)があった。
「道を歩いていたら猫の死骸があった。本当にどうしようかと思ったけれど、私はその死骸を土に埋めることにした。木の枝を用いてひとりでせっせと穴を掘った。カップルが通りかかって女のほうが男にこう言った。『あ、猫の死体だ! かわいそう!』。私はぶちきれて『だったらてめえが埋めろよっ!』と言った。カップルは怖がって逃げていった」
 俺は彼女自身も、彼女の行為も貴いと思う。彼女を少しでも見習いたい(と思いながら何もしない!)。

   ◇◇◇

 携帯電話で電話しながらレジに来るやつが本当にいっぱいいる。何故俺の存在を無視するやつらににこやかに物を売ってやらなければならないのだろうか。俺は卑屈だからそういうやつらが来るたびに心の底でそっとこうつぶやいている。
「俺は自販機じゃねえよ」

   ◇◇◇
   ◇◇◇

 雑談にもどろう。

   ◇◇◇

 橋本治「宗教なんかこわくない!」のイントロダクションだけ読んだ。ここを読んで俺は「おそらく日本で一番頭が良いのは橋本治だろう」と思った。文体からだけ推測すれば、橋本治の思考速度はおそらく常人の何十倍何百倍も速い。俺はものごとを断定しない。何故なら俺にはすべてがわからないからだ。だが橋本治は宗教なら宗教で「宗教とは、この現代に生きのこっている過去である」と言いきってしまう。何故なら橋本治にはそれが「わかってしまう」からだ。普通の人間ならば何か考えた後ある結論を導くが、橋本治はもう最初から何かがわかってしまい、その後それを俺たち常人にわからせるために何かを書いているだけだ。「わかってしまう」というその現象、それはたぶん「頭が良すぎる」あるいは「天才だ」としか言いようのないもので、俺には一生理解できないだろう。橋本治のやりかたは思考というものから何よりも隔たっているように見えながら、そこに生じている現象は俺たちから見たら思考そのものにほかならない。橋本と俺では生きている速度が違う。
 橋本治はおそらく哲学をしない。何故なら橋本治には「哲学がどういうものか」おそらくわかってしまっているからだ。だから彼の前では哲学はすべて無力化される。「何かがわかってしまう」ということはその何かが消滅してしまったということだ。
「最大の理性とは、すべてを冗談にする力だ」
 と橋本治は言う。彼にとって世界はいったいどんなふうに見えているんだろう。「すべてわかってしまうゆえにこの世界を冗談にする」。それが悲哀でなくて何だというんだろう。

   ◇◇◇

 最近読んだ本

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 最近聴いた音楽

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コメント
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【2009/01/11 21:13】 | # | [edit]
コメントありがとうございます。

僕は猫をよけることも何もしない人間なので、やはり貴いのは実行できる人だと思います。

「かわいそう」と言うこと自体はべつに悪いことではないと思うのです。当人から見てかわいそうなのは事実ですし、そう思うこと、言葉にすること自体は否定されるべきではないかもしれません。けれど、「かわいそう」と口に出すことがときに他人を傷つけたり侮辱したりすることになると思うので、使う場面には注意したいと思うのです。
【2009/01/12 17:47】 | 桜井晴也 #oSfzfPCQ | [edit]
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