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サイレン

2009.01.11(21:10)

 福本伸行「賭博黙示録カイジ」を久しぶりに読みなおしていたらあまりにおもしろすぎて失禁しそうになった。6巻でもう俺はとにかく泣きそうになった。「何かに似ている!」と俺は思った。「何だっけ! 何だっけ!」と考えつづけた。なんてことはない、ドストエフスキーだ。

   ◇◇◇

 ブログにいろいろリンクをくわえた。それは俺が敬愛している方々のサイトを勝手にぽいぽいくわえていっただけのことではあるけれど、その根底には「俺のブログを見ている暇があったらもっとちゃんとこういうほんとにすばらしいあるいは頭の良い人のブログを見れっ!」という切実な思いがあった。なあに、俺はマゾであるから踏み台であってかまわない。俺は泣きぬれた踏み切り板さ。俺の屍を越えてゆけ。

   ◇◇◇

 俺は自分と同年代(あるいは同年代より下)の人がいったい何を書いているのかは常に気にかかる。だいたい同年代(あるいは同年代より下)の人がときどきものすごい詩などを書いていたりすると「反則だっちゃ!」と思う。しかしそれは反則ではないし、ここで愚痴愚痴言っていてもしかたないのでもう言わないことにしたいがあんがい言っちゃうかもしれない。
 現代詩を書く若い人はどうしてしまったんだろう。どうしてそんなものを書いているのだろうか。変だと思わないのだろうか。
「どうしてそんなものを書いているのか?」
 と訊ねるとき現代詩には小説とは違い「慰め」以外の何かがあるように思えてならない。俺が現代詩を読むときそこは「憧れ」がありその反動としての「俺が屑であるとの再認識」があり、そのぬるま湯はやはり気持ちがいい。しかし現代詩を書いている若い人に訊けばぬるま湯という単語は出てこないだろう。
 俺は何を言ってるんだ。違うな。俺は違うのさ。そしておまえも違うんだよ。わかってんだろ。嘘つくんじゃねえよ。

   ◇◇◇

 そろそろ現実にもどろう。俺は忙しいんだぜ、えい、えい、この赤鬼め! あ、青鬼もいたな! ちくしょ! ちくしょ!

   ◇◇◇

 今日読んだ本

カイジ―賭博黙示録 (5) (ヤンマガKC (674))カイジ―賭博黙示録 (5) (ヤンマガKC (674))
(1997/07)
福本 伸行

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カイジ―賭博黙示録 (6) (ヤンマガKC (709))カイジ―賭博黙示録 (6) (ヤンマガKC (709))
(1997/12)
福本 伸行

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