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2009.02.24(20:37)

Z境 (新しい詩人)Z境 (新しい詩人)
(2008/06)
水無田 気流

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清水清水
(2007/11/21)
ミドリ

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 最近本のことを書いてこなかったのだけれど、水無田気流の「Z境」という詩集があんまりにもすばらしかったので、それに触発されてすこし書いておこうと思った。
 電車のなかでは、野球部めいた坊主頭の男の子が大声でDSをやりながら攻略法を話しあってるし、駅では、とてもきれいなブーツを履いた女の人が漫画を読みながら階段をのぼっている。時代が変わったか変わっていないかといえば、きっと変わっちゃったんだと思う。あたしはずいぶん年をとってしまったんだと思う。
 あたしは以前「俺たちは本当に何でも書けるようになった。けれど、だからこそ俺たちは自分が書くことに常に注意しなければいけない」と書いた。行為も、思想も、言葉も、自由になればなるほど視野がせばまる。行為は行為以外のものから離脱し、やがて風景となる。水無田気流の詩は社会的すぎていやだなと思っていたけれど、もしかしたら、ほんとうはこういう詩こそが必要なのかもしれない。
 ムージル「愛の完成 静かなヴェロニカの誘惑」はちょっとベケットに似ている。普通の人は日常で何かを見つけそれを文章で表現しようとするものなのかもしれないけれど、ムージルは文章で表現することによって何かを見つけようとしているように感じる。美しすぎる文章にはっとさせられ、一行たりとも何を言っているかわからない。一度は読みたい、二度は読めない。
 ジョイス「ユリシーズ」が3巻の半分ほど。こういうものを読んでいると虚しくなってくる、あたしはなんて馬鹿なんだろうと思ってくる、早く読みおわりたい。

   ◇◇◇

 2月頭あたりから、何故だかみんながミドリミドリと言いまくっていたので、とうとう借りてきてしまった。ミドリ「清水」(しかなかったから)。最初の2曲を聴いた時点で、園子温「愛のむきだし」をだめだと言ったのとおんなし理由で「だめかもしれない」と思ったけれど、だいたい4曲目くらいから考えを変えた。ぴあのすんごくきれいだね。4曲目「エゾシカ・ダンス」を聴いたときにふきだしちゃった。ドラムたたきすぎ。あと3、4秒短くすればきっときれいにシンプルにつながってくようにあたしには思えるのにいつまでたたいているんだと思って笑った。ちょうおもしろい。
 普通のアーティストだと、だいたいヴォーカルが歌っているときにそんなにまわりの楽器が音をかぶせてくることはないと思うけれど、ミドリは逆で、ヴォーカルが歌っているときにばっかりかぶせてくる。だからヴォーカルの声がよく聴こえない(笑) 何を言っているのかぜんぜんわからない(笑) パンクというのはそういうものかもしれないけれど、あたし、生まれてはじめてパンク(ミドリってパンク?)を聴いたのでびっくりした。
 舞城王太郎にしろ、本谷有希子にしろ、ミドリにしろ、園子温にしろ、あとは七尾旅人にしろ(昔の)中村一義にしろ、あと、ほかにもたぶんいっぱいいるんだろうけれど、みんなみんな、「愛」をどうやって伝えるかということでほんとに苦労をしているんだろうと思う。
「僕らはその夜、月の下で愛についての会話を交わした」的なセンチメンタルはもうとっくに通じなくなってしまった。夏目漱石が「I love youをどう訳すか?」と訊かれたときに「月がきれいだねえ」と言ったといううそかほんとかわからないエピソードがわりと好きなのだけれど、そんなことを言っているあいだに、I love you自体が通じなくなってしまった、ような気があたしにはする。すくなくともあたし自身には愛なんて皆無なのだ。
 こういうアーティストは「I love youという気持ちがあたしにはあるんだよ。世界を実は愛してるんだよ。でもそういうことを言うとみんな馬鹿って言うし、あたし自身もほんとはさ世界を愛してるんだか愛していないんだかわかんねえけど、世界に愛が足りないってほんとに思うから、あたし愛を歌うんだよ」とかなんとか言っているような気がするし、ほんとは、あたしたちがそれを感じられないだけで、すごくたんじゅんなことかもしれない。つしまみれの歌詞について、「どうしてこういう歌詞がほかのアーティストから出てこないんだろう」と思っていたけれど、それはきっと、もうセンチメンタリズムに愛をからめると届かなくなる、無効化されてしまう、ということのあらわれで、せかいにはぽっかりたくさんのあながあいていてしょうらいそこにおちてしんでしまうんじゃないだろうかとあたし、ときどき思うのよ。
 あたしはそういう「愛」についての前提をすべて述べた上で、「柴崎友香を読め」とか「諏訪敦彦監督の映画を見ろ」とか、そういうことを言おうと思う。




コメント
私は「ファースト」以外すべてのミドリの音源を持っていますが、「セカンド」が秀逸すぎて他のものはダメに思えます。
ミドリはどんなに「愛」を歌っても「パンク」にカテゴライズされると思うので、聴いていて負担になりません。
しかしミドリが「作家になるために相応しい音楽か」と問われると難しい気がします。
【2009/02/24 21:31】 | 紅姫 #- | [edit]
誰も彼もがミドリミドリ、「これは聴けってことだよな」と理解しました。
「セカンド」、中古で見つけたら買ってきます。売っているのを祈りましょう。

作家になるための音楽と言えば、クラシックと、ジャズと、あと60年70年代のロックだろうと思います。あと何を聴けばいいのかさっぱりですが、でもミドリはわりと作家向けだとは思います。
【2009/02/24 22:46】 | 桜井晴也 #oSfzfPCQ | [edit]
このコメントは管理人のみ閲覧できます
【2009/02/26 09:21】 | # | [edit]
はじめまして。
返信がまずかったらおっしゃってください。

情報をどうもありがとうございます。
ちょっとミドリと書いただけでこの反応、僕はミドリの人気に嫉妬です。
パンクをならパンクで良いのです、パンクのほうが良いのです、これで立派にパンク童貞を卒業できました。もうこれからは「え~あんたパンクも聞いてないの~」と誰にも言わせません、もちろんそんなこと誰も言いませんけれど。

僕がひとつのアーティストの曲を連続で聴くことは稀なのですけれど、ぼちぼち聴いていこうと思いました。とりあえず「セカンド」ですね。
【2009/02/26 21:00】 | 桜井晴也 #oSfzfPCQ | [edit]
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