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床を見てばかりいる人

2009.04.20(21:17)

 最近、昔の記事の一部を消そうかなあと何回となく思っているのだけれど、消すと怒られたり(怒ってくださったり)するので、消さない。ゴダール「ゴダール映画史」を読んでいたら、ちょうどそのことが書かれていて、ゴダールは「考えを変える権利は誰にでもあります。過去の考えを変えたならば何故考えを変えたのかを述べることができるのです。そしてそれはときどき必要なことなのです」とかなんとか言っていた。ゴダールの言うことは正しいけれど、過去のあたしはあたしなりに本気で書いていた。過去にあたしが書いたことが現在のあたしにとって何故醜くなってしまったのか、そしてそれがほんとに醜いことならば、現在のあたしもまた醜いのだろう。
 あたしはあたしの過去の記事を醜いと思う。その理由もなんとなくわかる。つまり、あたしは「わからないわからない」と言いながら、ほんとは何もかもがわかっていたのだ。あたしはあのとき天才だった。「わからないわからない」と言うことに一生懸命で、ほんとは、自分が何をわかっていなかったのかだけがわからなかったのだ。「わからない」と言った過去のあたしは傲慢だ、あたしは「わかる」と言うべきだった、そして「僕に何がわからないんだろう?」と誰かに訊くべきだった。でもあたしは誰にも訊かなかった。何故なら自分ですべてわかっていたからだ。芸術や人間に関するあらゆることがあたしにはわかっていて、わかっていることすべてが、あたしにとって芸術や人間だった。それを知りながら「芸術とはふれればふれるほどわけがわからなくなるものなのです」とえらそうに言っていた。ばかばか。あたしはただ書くべきだ。ただ何かを。

   ◇◇◇

 あたしはものごとをきちんと見ることができない人間だ。「クレーの絵」がすごいのではなく、「美術館で見るクレーの絵」がすごいということを、あたしはわかっているつもりなんだ。あたしにとってクレーが何を思い、どんなふうに絵を描いたのかなんて、どうでもいい。ただあたしが気にするのは「クレーの絵がどういう存在として美術館に展示されているか」ということだ。あたしは美術館にたっぷり幻想を抱いているから、美術館の床はちゃんとした人間に歩いてほしいと思う。あたしみたいなにんげんは銃殺されるべきだ。絵のしたにノートが置いてあったとき、そこにちゃんと何かを書ける人間がきっと、きっと。あたしにはどうしてクレーの絵の下にノートが置いてないのかわからない。あらゆる絵の下にノートを置くべきだ、そうしたら、あたしはパンフレットに自慰的なことをせっせと書きこむことをしないですむのに。

   ◇◇◇

 あたしが同年代の、あるいは年下の人間(とりわけ女の子)の書くものにたいして少なからず興味を抱いているのは、彼女らが同年代であり、年下だからだと思う。少なくともあたしにとってはそれが同年代であったり、年下であったりするだけで、おもしろいのだと思う。彼女らは「経歴」なのだ。あたしは自分の経歴が嫌いだけれど、それは、自分の経歴だからだと思う。他人の経歴なら好きでいられる。経歴というのはおそらく過去に属しているものではなくて、現在に属しているものだと思う。経歴がその人間の重みを語るなんてうそだ、その人間が経歴の重みを肯定する。その人間の書いたこと、その人間が描いたもの、その人間の評価のされかたがその人間の経歴をつくる。経歴なんて過去には存在しなかった。「俺が○○歳のときあの子はこんなすごいことをしていた」という比較は意味をなさない、あたしがそれについて絶望することなんてほんとはちっともない、ほんとは。良い文章を書くべきだ、そうしたら、みんな、あたしの経歴を褒めてくれる。すてきだな、みんな嘘をついているのだ、あたしを含めて、みんなが嘘をついている。

   ◇◇◇

 ただひとり彼だけが「おまえは調子にのっている」と言った。あたしは彼に「俺は働きたくなんてない。とっとと帰って、小説を書きたい」と言った。すると彼は「いいんじゃないの」と言った。おそらく彼は正しい。けれどあたしはそれでも間違っている。何故ならあたしは傲慢だし、調子にのっているし、ほとんどの人間を腹の底で見下しているからだ。でもあたしがほんとに醜いのは、実はおそらく人恋しいからで、あたしが見下すのは見えない人間ばかりで、ときどき、あたしはあらゆる人間があたしに会いにきてくれればいいと思う、そのとき、そうするときだけ、あたしはその人たちを少し愛せるかもしれないから、でも、やっぱりそんな低俗なことを考えているあたしはやはり死ぬべきで、あたしが罪深いのは、やはり、あたしが死にたくないと思っているからだ、憎悪という、そんな感情しかないのかしらとあたしは思い、その炎。

   ◇◇◇

 こういうことを書くたび、彼女のことを思いだす。
 彼女だけが「それではだめだと思う」と言った。




コメント
過去の記事を消したら殺しますからね。
私、以前に「寂しい」は「死にたい」と同じで、だから私は寂しいという言葉を口にしたくない、と言いましたが、「人恋しい」も同じで、だからブログとはいえ「人恋しい」と書いたあなたに、私は拍手したいのです。人恋しいのに誰もいない。ひどくそれは辛いことです。
【2009/04/21 00:35】 | 紅姫 #vjB1Ultc | [edit]
> 過去の記事を消したら殺しますからね。

じゃあ消さないです。やるときにはこっそりやります。
誰かに読んでもらえるから意味があるのだと思います、今の僕ならひとりでも書いているけれど、誰かに読んでもらえるから。

そうですね、きっと誰かと話したいんだと思います。
でも、なんていうか、きっと誰かがいてもまだ人恋しい人恋しいって言いつづける気もします。
【2009/04/21 09:43】 | 桜井晴也 #oSfzfPCQ | [edit]
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