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手をあげた。初めて女の子に。さむけがとまらない。

2008.04.07(16:46)

新大学院生に対するガイダンスがあった。

下級生の祝賀会が行われた。
下級生と会話をしなければならない状況下に2時間くらいあり続けたが、
下級生とは会話をしなかった。

七尾旅人の「ヘヴンリィ・パンク:アダージョ」Disc2の価値を再確認する。

手をあげた。初めて女の子に。
         さむけがとまらない。
              ――七尾旅人/最終電車で海へいこう


これを聴くと、さむけがとまらない。

ヤン・シュバイクマイエルの「ルナシー」を見る。
30分でやめる。
映画を見るには、今の僕は疲れすぎている。
なんにもしていないくせに。
疲れすぎて、映画も見られない。
「ルナシー」みたいに、
「つくりものであること」を全肯定するような映画は、
あまり好きじゃない。
伯爵がコーヒーカップを強く置いてなかのコーヒーがこぼれるシーンがあるけれど、
コーヒーカップをアップにしてはいけないんだと思う。

冒頭で、
「この映画は芸術ではありません」
というナレーションが入るけれど、
今の芸術家はたいへんだなと思った。
いくら自分が「これは芸術じゃない」と言っても、
「芸術じゃない」と言うことじたいがひとつの芸術になっているのだから。

わけもなく疲れているときは何をしたらいいのだろう。
文章を書けばいいのか。
文章を書くことはいくらかの癒しをあたえてくれるけれど、
同時に、
いくらかの退廃をあたえる。
文章は僕のなかのいくらかの部分をたえずひっぱる。
だからそれは癒しに見えて癒しじゃない。
ただ、
「おれは疲れていない」
と錯覚させてくれるだけだ。

本を読もう。
夜に降る雨を聴きながらまちがった本を読もう。
まちがった題名をつけられた、
まちがった文章で書かれた本を、
さかさまにして読もう。

岡田利規が大江健三郎賞を受賞した。
まさか。
この賞は、
いかに意外な人を持ってくるかが判断基準にちがない。
チェルフィッチュ熱が高まっているので、
これは、
読めという啓示だろう。




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