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災害を考えることは、つまるところ人間と、人間が作り出した世の中について考えることにつながっていく。

2008.04.20(20:00)

日記というのはいったい何を書けばいいのだろうか。
たとえば僕は今宵皿に盛れないくらいのキャベツを切ってしまったわけだけれど、そんなときは皿に盛れないくらいのキャベツを切ってしまったと書けばいいのか。キャベツを切りすぎたというひどくくだらないものごとを日記に書けばそれがいくらか他人と共有されるとでもいうのか。そんなわけはない。くだらないできごとはくだらないできごとだ。キャベツを切りすぎたというくだらないできごとを日記に書けばそれがいくらかでもくだらなくなくなるとでもいうのか。それもちがう。くだらないことを日記に書けば人は「くだらない」と言う。しかし人が「くだらない」と言った時点でそのできごとはくだらなさを消失する。人は本当にくだらないことは書けない。くだらないできごとをくだらない日記として書きのこして僕らは何を確保できるというのか。僕らが確保しなければならないのはくだらない日記ではない。僕らが確保しなくてはならないのはくだらない日常だ。日常は常にくだらない。でもそのくだらなさは永遠に確保できない。


手塚治虫の「どろろ」を読み、百鬼丸のあまりのかっこうよさに驚愕する。
手塚治虫のイメージなんて「鉄腕アトム」的だけれど、
「ガラスの城の記録」とか「奇子」とかそんなものばっかり読んでいるのは秘密だ。

「どろろ」の映画版が気になる。

最近のゲームは「映画みたいでおもしろくない」とよく言われるけれど、
映画も同じで、下の動画なんて「ゲームみたい」だ。
うーむ、区別がつかない。
そういえば、
邦画史上最低の名を欲しいままにした「デビルマン」も、
「格ゲーみたい」と言われていた。
ゲームがつくりたいならゲームがつくりたいと言えばいいのに。
あと、両方とも(特に上の動画)、音楽がいけない。
正気ではない。
そう思うのは僕だけだろうか。

あと、妻夫木聡はどんな役をやっても似合っていないと思えるのは僕だけだろうか。
「きょうのできごと」、「ドラゴンヘッド」、「やわらかい生活」
「ガスパッチョのCM」、「DoCoMoのCM」
何をしてもしっくりこないと思うのだけれど、
そう思うの僕だけだろうか。

相米慎二監督の「セーラー服と機関銃」を見ようと思っていたのに、
何故か鈴木清順監督の「ツィゴイネルワイゼン」を見ていた。
えろこわい。
こんにゃくこわい。
でも、ものすごい傑作。
タイトルがよい。
純和風の映画に「ツィゴイネルワイゼン」なんて。
曲はぜんぜん知らないかと思ってたけれど、
youtubeで検索したらすごい有名な曲だった。
これ好き。

「すばる5月号」の
「災禍を超えて――世界PENフォーラム『災害と文化』より」
がおもしろい。
原爆、スマトラ沖地震、あるいはハリケーンなど、人災としての災害を含め、
そこから人間がどう回復してきたのかを世界中のアーティストが集って考えている。

自然の猛威が災害となるのは、そこに人間がいるからである。人間がいなければ、ただの自然現象にすぎない。災害を考えることは、つまるところ人間と、人間が作り出した世の中について考えることにつながっていく。
                ――吉岡忍/人は「表現の力」で生きなおす





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