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きみが成立した瞬間に

2009.05.11(02:24)

 5月に入ってからだいぶ頭の調子をくずしている気がする。今の僕に書くべきことなんて1行だってないのに、何かを書かなければいけない、という焦燥感はなんだろう。他人を愛そうと願うこと、他人から愛されようと願うこと、どちらがより傲慢で、どちらがより醜いか。ケースによってずたずたにされて内蔵が黒く塗られる。何かを考えるときにケースにならないための方法が僕にわからなかった。永遠にわからなかった。


つる、はとてもおいしそうに食事をする
酒もある程度嗜み
煙草を喫み
うつくしい眼をしている
だから
もうきみは正しいじゃないか


もうそれ以上泣くな
みたくないものはみるな
話したくないのなら話すな
とてもおいしそうに食事をして
酒を嗜み煙草を喫み
うつくしい眼をしているそれだけで
きみは成立している
           
       
         三角みづ紀「ただしい踝/乃田吊に捧ぐ」より



 何故フラニーは優しさに気づかなかったんだろう。他者を糾弾することがエゴイズムにほかならないと気づいたフラニーは自己の糾弾を始めた。自己を糾弾することでフラニーは他人を傷つけた。本当に僕らは何をやっているんだろう。同じところをぐるぐるまわり、自己を傷つけながら他人を傷つけ、他人を傷つけながら自己を傷つける。ゾーイーはフラニーを肯定しようとした。優しさに気づくことを肯定だと呼ぶのなら、僕らはいったいどんないきものになれるのだろう。僕は、何かが何かのままそれだけでいい、なんて思ったことは、たぶん人生で一度もないよ。

   ◇◇◇

 ぜんぜん意味がわからない。
 頭の調子をくずしたときには更新回数が上がる。
 ねえ、明日は横浜だよ。
 会社説明会なんだよ。
 横浜は遠いから、ぜんぜん行きたくないよ。
 せっかくだから、横浜美術館に行こうと思います。
 明日は晴れです。
 書かれたこと、あるいは行為のなかにしか、
 どうして優しさは存在しないんだろう。
 悲しみは書かれなくても成立するだろう。
 優しさは感情ではなかったのだろうか。
 表出された何かに
 「優しさ」という名前をつけるのならば
 僕らの心のなかにあるとき
 優しさはいったい
 どんな感情だったんだろう。
 明日は晴れです。
 きみはしあわせです。




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