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安川奈緒/MELOPHOBIA

2009.06.08(03:56)

MELOPHOBIAMELOPHOBIA
(2006/12)
安川 奈緒

商品詳細を見る

 この人が「好かれる」ということにたいしてどういう思いを持っているか、知らない。自分にとってたいせつに思える言葉を投げかけてくれる人が、勝手に好きだ。詩集を読むまえから安川奈緒が好きだった。この人はどういう人なんだろうと思うまえから安川奈緒が好きで、好きになったあとで、この人はどういう人か考えるようになった。どういう人か考えたかったから、詩集を買った。そういうひとは、あんがい少ない。少ないということは、あたしが馬鹿ということだ。なんでもいいじゃないか。自分にとってたいせつに思える映像を見せてくれる映画が好きで、自分にとってたいせつに思えることを音とともにうたってくれる音楽が好きだ。

 自分が必要とした言葉を他人も必要としていると根拠もなく信じること。それ以外に私は他人との関係をもう想像することもできないぐらい友達がいない。
 
 中学、高校、大学と朝から晩までテレビばかり観ていた。それ以外何もなかった。明石家さんまの輝く歯を見つめながら、「空耳アワー」のタモリのサングラスの向こうにある目を想像しながら、音楽と詩は無関係だと思った。紙面から囁きかけてくるような詩は下劣だと思った。音楽的快楽から身を引き剥がした詩以外は信じられないと、いつでも甘くなろうとするナルシスティックなリズムを殺した詩以外は信じられないと思った。


 この世は音楽を愛しすぎている。

 だからあたしはまだこの詩集を読みおわっていない。あたしはすでに安川奈緒を好きになってしまったのだから、特にこの詩集を読む必要性を感じない。読んでも読まなくても、もうどちらでもよい。その自由のなかであたしは安川奈緒の詩集を読む。
 三角みづ紀さんに似ていると思う。

「私は誰とでも寝ますよ」
「僕も誰とでも寝ますよ」
「ライバルですね」

泣くな 泣くようなテレビじゃない 今日は不用意に原爆と口に出してもいい 自分のせいで誰かが自殺すると思ってみてもいい 間違いの手旗信号にうっとり見とれていた敗残兵たち 窓は縛るためにある そして今からとても楽しみ インポテンツ・トルバドゥールの夜


 許されないことが多すぎる、とは思わない。あたしはじゅうぶんに幸せだ。けれど言葉にしなくては許されるか許されないか問われもしない問題はとても多く存在するはずだ。その問題を発露させるのはやさしさだと思う。問われもしない問題を骨のつきでた華奢な手で掘りかえし、「ね、あたしが今日は許したげる!」と言うのはやさしさだと思う。
「泣くな」と言うことと「泣いてもいいよ」と言うことは同じだ。そう言われたときに、あたしは泣くのか、泣かないのか、泣こうとして泣くのか、泣くまいとして泣くのか、それは、言われた側の問題だ。だからあたしはそれにたいしてどうにかするだろう。言われたことをあたしはだいたいの場合黙殺する、世界を愛したい気持ちくらいはあるけれど意外に世界はどうでもいい、「あたしがどうにかする」、そのための言葉が欲しい。いっぱいもらった。ありがとね。でももっと欲しいんだよ。これからも、よろしくね。
 薦めようかと思っていたけれどやめた。勝手に読めばいい。書けることはとりあえず書いた。俺が好きな人の好きな部分を書いた。だから俺はうれしい。明日になればもううれしくはない。今はうれしい。




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