スポンサーサイト

--.--.--(--:--)

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。





スポンサー広告 トラックバック(-) | コメント(-) | [EDIT]

園子温/紀子の食卓

2009.06.23(18:01)

紀子の食卓 プレミアム・エディション [DVD]紀子の食卓 プレミアム・エディション [DVD]
(2007/02/23)
吹石一恵つぐみ

商品詳細を見る

 ある映画があって、そのシーンがあって、どうしてそのシーンに続きがなくてはいけないのか、どうしてその物語が続いて、あるいは映画は終わったり始まったりしなくちゃいけないのか、映画を見ているときに一瞬だけ感じるその感傷はある映画が終わったり始まったりするだけで邪魔をされるのだから、映画はいつも乱暴だし傲慢できらいだ。一瞬の凝縮を一瞬の凝縮だけの完結としてあたしたちが受けとめられれば、人間はもっとすごい存在になれる。だけれどその瞬間あたしはもう生きてはいない。生きて、いたいから、映画は始まったり終わったりする。あたしは世界に許されてはいない。
 園子温監督「紀子の食卓」のchapter2と3を見ているあいだずっとえぐえぐしっぱなしで、まわりに誰もいなくてよかったなあ。
 村上春樹を読むとまるで自分のことが描かれていると感じるひとがたくさんいるみたいな話だけれど、あたしはそうは思わない、同じことは太宰にも言われるけれどあたしはそうは思わない。太宰は太宰であたしはあたしだ。太宰のやさしさや太宰のかっこうよさあるいは小説に描かれるかず子の美しさかわいさに惹かれて焦がれてあこがれてただそれだけ、村上春樹の小説を読んでもあたしはどいつもこいつもが不幸になればいいんだと思うだけで自分のことが描かれているなんて思ったことはないただあたしは、村上春樹を読んでいれば何か自分に深刻な悩みがあるように錯覚できるだけであたしのほんとのほんとの悩みは自分に深刻な悩みがないということだけれど、そういう気持ちって何なんだろう悩みというのは、抱えるものではなく発見されるものでだって悩みを持っていないひとがいるわけがないのだから、ひとはいつも悩みを発見して苦しむだろうと思う、村上春樹の功績は悩みを発見できなかったある種のにんげんにまるでそこに悩みがあるかのように錯覚させてそういうマゾイスティックな感覚はほんとにほんとに楽しくていやらしい。

   ◇◇◇

 明日で就職活動でがんばらなければいけないことは全部終わりだからいっぱい遊ぼうね!




コメント
このコメントは管理人のみ閲覧できます
【2009/06/24 19:39】 | # | [edit]
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
トラックバックURL:
http://kizuki39.blog99.fc2.com/tb.php/622-d14a0f43
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。