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トーキング・アバウト・アンラッキー・ガール

2009.07.06(18:28)

イーザー/オアイーザー/オア
(2008/02/22)
エリオット・スミス

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 YNに「就職決まったからお祝いをしようぜ(俺の)」と言ったらお祝いをしてくれることになったのでお祝い。TNも呼んでお祝い。うれしい。ありがとう。「よーし今日は飲もう」と思っていっぱい飲んだらあんのじょうべろんべろんになり、あいかわらず何を話したのか覚えていない。きみたちネットゲーの話で盛りあがりすぎだ。それはどこの通貨単位だ。
 建築業界の悲惨な現状を聞く。「残業代? 何それ?」とか言っていた。ある種の会社は「仕事に生活をかけているやつが働く場所だ!」と言ったら、YNがぼそりと「俺、生活かけてないんですけど」と言った。うんごめんね知ってる。ああ仕事したくないでござるな。

   ◇◇◇

「何か良い本はないか?」と訊かれるけれど答えるのが難しい。「村上春樹が好きなんですよ!」と言うひとに「リチャード・ブローティガンやボリス・ヴィアンやカート・ヴォネガットがおもしろいですよ」と言うことはできる。でもたとえば普段ぜんぜん本を読まないというひとに何を薦めていいのかがよくわからない(そもそも、ごくせまい範囲の本しか読まないあたしに訊くのがまちがっている)。本は「わかる・わからない」や「理解できた・理解できない」や「役に立つ・役に立たない」で判断するものでないと思っているし、そういうことを気にしないようにしようと努めて本を読んできた(そういうふうに「努める」ことは醜いことであるよなあと思うけれど、それは置いておく)。社会的な教養として身につけたいならば夏目漱石や川端康成や太宰治やドストエフスキーやトルストイを読めばいい、それらはもしかしたらTOEICで550点を持っているという肩書きくらいには役に立つかもしれないけれど、よくわからない。
「本を読むと何かが得られる」なんてあたしは信じていないし、むしろ失われていくことが多いかもしれない。
 くわえて、あたしは本の絶対性なんてろくすっぽ信じていない。太宰治のおもしろさというのは、「太宰治以外の人間が何を書いているか、語っているか」ということを知り、そこに注意を向けることではじめて実感できるかもしれないと思っている。それはたとえば小説というカテゴリだけじゃなく、絵画であるとか、映画であるとか、音楽であるとか、あるいは政治や経済など、それと比較して太宰をどう見るか、ということなのかもしれないと思っている。今まで文学と呼ばれるものを一冊も読んでこなかったひとがいきなり「カラマーゾフの兄弟」を読んで「さいこう!おもしろい!」と思えることはほぼないと思っている(おもしろいと思えるひとをあたしは天才だと思う、天才もけっこういると思う)、「カラマーゾフの兄弟」を楽しむためには、「カラマーゾフの兄弟」以外の本をある程度読まないとだめだと思う。でもその「ある程度」の範囲はひろくて、しかも時間もかかるから、だいたいのひとはそんな熱心に本は読まないのだと思う。それでこまることもべつにない場合が多いだろう。社会生活や会社内での仕事を充実させたいのなら、そのためのスキルや立ちまわりかたというのはたくさんあるだろうし(あたしはもちろん知らない)、それを身につけるために「文学」なんてまどろっこしい方法を選択するのは非効率だと感じる。
「文学なんか読んで何の役に立つのか?」
 そう言われることはわりあい不愉快だけれど、
「文学は心を豊かにするんだよね!」
 そう言われることもなんでか不愉快だ。

「映画を見終わって、映画館を出るとき、誰もかれもが下を向いて出ていく。誰もお互いに声をかけあおうとしない。そのときかける言葉を持っていない。脚本家は、たとえばそのとき誰かに声をかけるための台詞を書けばいい」と言ったひとがいた。あるいはあたしは「まったくきみはどこまでもフラニーみたいだねっ!」と思える女の子をひとりだけ知っていて、だからあたしが「ゾーイー」を読んでいたならばその女の子に「まったくきみはばかだよ、ばかばかばか、きみにはスープを持ってきてくれるお母さんがいるのに、エゴエゴ言うばかりでそのやさしさをないがしろにしているなんてっ! それこそがエゴじゃないかっ!」とひとこと言えるかもしれないし、そのひとことがその女の子のこころをほんのすこしくらいは動かすかもしれない。
 おそらくもうしばらくは、あたしは「文学なんてその程度のもんさ!」と言ってる。

   ◇◇◇

 本を薦めるのを忘れた。
 いちばんてっとり早く社会的に意味があり頭が良くなれる本を書いているのは橋本治だと思う。だから橋本治の本を読めばいいと思う。「宗教なんかこわくない!」を読めば宗教がどういうことだか300ページで「わかる」。新書でもいい。「上司は思いつきでものを言う」でも「大不況には本を読む」でもなんでもいいから読めばいいんじゃないのだろうか(あたしは読んでいないのだが)。橋本治の本は「わかった」と思えるように書かれている。そのじつぜんぜんわかってはいないのだけれど、でも「わかった」と思えるように書かれているのでぐんぐん頭が良くなる。俺も読む。

   ◇◇◇

「松山ケンイチが画面にうつっていること」と「『あ、松山ケンイチだ!』とあたしが言うこと」にはなんの関係性もない、とあたしは書いたことがある。「『あたしあなたのこと好き!』と言うこと」と「あたしの感情」は関係ないのかな。かりに世界を構成する諸要素の完璧なまでの無関係性によって世界が保たれているとすれば、にんげんは、どんな生きものなんだろうね。

   ◇◇◇

 あしたも飲み会。まったくうれしいねっ!




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