スポンサーサイト

--.--.--(--:--)

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。





スポンサー広告 トラックバック(-) | コメント(-) | [EDIT]

鳩子ちゃん

2009.08.20(10:21)

あらためまして、はじめまして、ミドリです。あらためまして、はじめまして、ミドリです。
(2008/05/14)
ミドリ

商品詳細を見る

 バキュームカーがいる。くさい。

   ◇◇◇

 最近のわたしの文章はとっても気持ちわるい。
 頭のなかに文章や語りが浮かんで浮かんでとまらなくなることがある。本谷有希子「あの子の考えることは変」でグルーヴ先輩なるものがでてくるけれど、たぶん、グルーヴ先輩のはとこくらいのものはいるのかもしれない。ものを考えるとき、たとえばブログに書くための文章がそのまま浮かぶ形式で考えたり、誰かに語りかけるかたちで考えたり、そういうふうなかたちで言葉が流れこんでくる。わたしは頭のなかでずっと文章を書き、頭のなかでずっとひとりで会話をしている。気持ちわるい。そういう瞬間はたまらなくいやだ。死にたくなる。わたしが実際にブログ等に書くことはそのじゅうぶんのいちくらいで、実際に誰かに話しかけるのはそのひゃくぶんのいちくらいだと思う。文章を書くのはなんといってもめんどうくさいし、誰かに何かをうまく話すのは苦手だ。
 明日は三角みづ紀さんのライブだ。すくなくともこういうとき、何か予定があるということだけで救いになる。
「文学は救いにならない」と言ったことがある。文学自体は救いにならない。「何かを書こうと思う」、「何かを書きたいと思う」、そういうことはほんとうには救いにならないと思う。プロの作家たちが何をも思っているのかわからないけれど、作家たちが救われているのは「あと一週間後にしめきりがある」とか、そういう事実でしかないんじゃないかと思う。
 誰かわたしの好きなひとがいて、たとえばわたしがそのひとに刺されたとしても、わたしはたぶん刺される前と同じようにそのひとを好きでいられてしまうような気が、した。それはとてもとても気持ちわるいことだと思っていやな気持ちになった。
 グルーヴ先輩のはとこがやってくるのは、たぶん、書きたくても何かを書けえない状況にあるときだと思う。パソコンに向かって今書いていて、書こうと思ったことのじゅうぶんのいちくらい書いたところで、グルーヴ先輩のはとこはいなくなってしまった。
 わたしは何かを書くとき、わたしの文章に依存しすぎているように思う。わたしは自分の文章を書いて自分の文章にレイプされているように思う。すごくばかみたいだと思う。すごくくだらないと思う。

   ◇◇◇

「デトロイト・メタル・シティ」の5巻、6巻をようやく読む。「てか 佐治くん ふけた!?」で爆笑した。
「いぬまるだしっ」の1巻もようやく読む。だいぶ笑った。わたしはこれはかなりおもしろいと思う。たまこ先生かわいい。

   ◇◇◇

 夜勤明け。ねむい。ねむねむねむい。ねむる。




コメント
クラウザー様は8月19日の「朝日新聞」にも降臨されました。「ま、まず年金とか確実にもらえるのか不安だろ?」とやや狼狽しながらインタビュアーに答えるクラウザー様に笑えました。「こんなキャラだったっけ?」とも思ったのですが。
【2009/08/21 17:07】 | 上田洋一 #- | [edit]
出世するのはもちろん良いことです。
朝日新聞に載ったり、売れすぎてブックオフで100円で売られていたりするからです!
【2009/08/22 17:15】 | 桜井晴也 #oSfzfPCQ | [edit]
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
トラックバックURL:
http://kizuki39.blog99.fc2.com/tb.php/673-4d28aae7
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。