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江藤由紀子「ポンペイの落書き#03/FINAL」@pit 北/区域

2009.10.01(00:43)

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 王子にあるpit 北/区域の「東京バビロン ダンスセレクション『ポンペイの落書き#03/FINAL』」を見てきた。今日は江藤由紀子さんと今野眞弓さん。
 江藤由紀子さんはたぶん召喚獣だったと思う。バハムートだったと思う。一楽まどかさんがわけのわからない演奏をしてて、あ、左にへんなのがいる、と思ったらそれが江藤由紀子さんだった。召喚獣じゃなかったらミニスカートの貞子だ。でも貞子がミニスカートを履けばバハムート・改くらいには勝てるかもしれない。ということはバハムート・零式とどちらが強いのかという議論になるけれど、ここは専門家のあいだでも意見がわかれているらしい。今回はテラフレアを吐かなかった。たぶんもう見にいかないけれど、次はテラフレアを期待したい。チラリズムではなくモロリズムだと思った。たぶんあたしだけ笑いをこらえてずっと口に手をあてていて、ばかみたいだと思った。江藤由紀子さんはだいたい首の上に髪の毛しかなく、どんなにがんばってもなかなか顔が見えないのはすごいと思った。「ダンサー江藤由紀子は、首を切り落として登場してきた。」と岡村洋次郎さんというひとがかっこういいことを書いている。ときどき髪の毛の隙間から眼光がのぞき、それが怖い。お客さんの目の前に座ってお客さんのほうをとっても見ていたけれど、あたしはすぐ近くにいたのに、なんか怖いから、彼女のほうを見なかった。座敷女をとてもかわいくした感じだと思ってくれればいいと思う。キャラクターのインパクトが大きいので、最初の頃「このひとの住所、ぜったい会社の倉庫だよ」と思いながらにやにやしていたけれど、さすがに1時間もそんなことを考えながらにやにやしてはいられない。でも見てよかったと思う。
 今野眞弓さんは江藤由紀子さんに輪をかけてよくわからなかった。足踏みを20分くらいやっていたけれど、それを見て「美しい!」とか「これこそが芸術だ!」と感動する気にはなれないし、しない。オープニングはよかったし、ラストで上からカプセルみたいのがばらばら降ってくるのは好き。でも足踏みはちがう。あたしはそうじゃないと思っている。それでは「ジャガーさん」のポギーにしかなれないと思う。

   ◇◇◇

「ダンス」、「舞踏」というふうにカテゴライズされていたけれど、へんな動きをえんえんとやっているだけで、「これはダンスなのかなあ?」と思って見ていた。むしろ森美術館とかに江藤さんを展示すればいいと思った。森美術館に江藤さんが展示されていればあたしはたぶん見にいくけれど、でも、それってどういうことなんだろう。ジャンルの話はそんなにおもしろくはならない。あたしはそれがおもしろければおもしろいと言って、つまらなければつまらないと言って、そのあとに「これはダンスだ」とか言えばいいと思う。ジャンルというのはいつもあとからついてくるものだと思う。それでとりあえずはいいと思っている。
 たぶん、あたしは「身のまわりのものを使って芸術にしました!」という類のものが基本的に好きじゃないのだと思う。コーラの缶とか、塵がいっぱいうつっている写真は好きじゃないし、その手のものを使ってつくられたオブジェも好きじゃないのだと思う。同じように、「身のまわりのものを使って音楽しています!」という類の音楽も基本的に好きじゃないのだと思う。青山真治「エリ・エリ・レマ・サバクタニ」で中原昌也がそういうことをしていたけれど、たぶんあたしはああいうことがあまり好きじゃないのだと思う。すごく頭のわるい話だと承知しながら言うのだけれど、ヴァイオリンで100の音が出せ、わけのわからない物体で70の音が出せるならあたしはぜったいにヴァイオリンを聴く。わけのわからない音を出しているひとは、それがヴァイオリンよりもすてきな音を出していると思っているのか、気になる。もちろん、これはあたしが音楽をカテゴライズし音楽はこういうものであるという固定観念にのりまくって音を聴いているという証拠だと思う。たぶんあたしは音よりも音楽が好きなんだと思う。音楽より音が好きなひとがどれくらいいるのかぜんぜん見当もつかないけれど。でも「音は音楽だ!」という意識にのって音楽をやっているひとはそれなりにいるんだろうなと思う。あたしはそういうひとたちを好きになったり好きにならなかったりして、今は、好きにならないことのほうがたぶん圧倒的に多いのだと思う。

   ◇◇◇

「自由に作品をつくること」は作り手にとってたぶんそんな理想的な状況ではないと思う。ルールがあって作品がつくられる。でないと小説も詩も成立しない。ルールが大事だ。それは「HUNTER×HUNTER」にも書いてある。自由に作品なんてつくっちゃいけない。ルールが大事。あたしたちは篭のなかの鳥だ。篭のなかの鳥が実はいちばん美しい。

   ◇◇◇
 
 プルースト「失われた時を求めて」をいいかげん読みはじめた。こんなにおもしろいのかとびっくりした。プルーストは数秒の時間のあいだに宇宙の星屑をすべてつめこむ。映画を見ていると小説なんて馬鹿らしいと思うことがあるけれど、プルーストを読むと「映画の不幸は時間があっさりと流れてしまうことだ」と思える。小説だって負けないゾ!

   ◇◇◇

 ところであんぐらっぽいおどりてのひとはふりつけのなかに「ぱんつやおっぱいをみせる」というどうさをいれなくてはいけないというてつのおきてでもあるんですか?




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