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ドリーマーズ

2009.10.06(02:11)

群像 2009年 06月号 [雑誌]群像 2009年 06月号 [雑誌]
(2009/05/07)
不明

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 わたしは5月からずっと「群像6月号」を読んでいる。雑誌を読むのは苦手で、「もう雑誌なんて買うもんか」と思ってから、2か月くらい経っている。今日は柴崎友香の「ドリーマーズ」を読んだ。そうしたら感動したのでうれしかった。読むたびに「このひと、ひょっとしたら日本でいちばんおもしろい小説を書いているひとじゃないかなっ」と思うひとは何人かいるけれど、柴崎さんはその筆頭だ。
 柴崎さんは「段落の最後の一行を書ける作家」だと思う。「うれしかった」とか「楽しかった」とか「好きだ」とか、たんじゅんな言葉や率直な感想で気持ちを表現して、そのリズムが小説をつくっている。そういう単純な言葉の積みかさねによって、柴崎さんの風景がはばひろく美しくぐいぐいひろがってゆく。このひとはフィクションを書いているけれど、このひとのフィクションはきちんと外側に向かおうというベクトルがある。そのベクトルに乗ってふらふらしていると、まわりの風景がぴかぴか輝きだす。そういうことを書けるひとはほんとにすくないし、わたしはそういうふうに世界を見たいと思うから、わたしは柴崎さんがだいすきだと思う。

 車両の真ん中を歩いた。電車が進むのと逆の方向に動いているから、わたしは速くて軽かった。きっと、今まででいちばん速く走れる。と思ったら、電車が減速する瞬間を体全体で受け止めてしまったので、ああもうあかん、もう速く走られへんようになってもうたやないか、と今日の終わりを感じた。酔っているうちは、まだ今日でいてやると思っていたのに。

 隣に座ってよく見ると、女は深緑色のウインドブレーカーの下に黄色のチアガールの衣装を着ている。黄色の短いスカートの下には、緑色のジャージだったので、一見したところでは全身緑色のグラデーションとしか思っていなかった。黄色のチアガールのユニフォームの胸には青色のアルファベットが綴られていたが、手が邪魔でなんて書いてあるかはわからない。

 黄色いチアガールが聞いた。
「今、好きな人いますか」
「うん」
 わたしは即答した。聞いてくれてうれしかった。
「わたしもー」
 チアガールもうれしかった。

 九階の部屋は暗くて静かだった。だけど暖房は効いていた。流しでコップに水を入れて飲んだ。水道の水の味がしたので、水を飲んだっていう気持ちになった。もう一杯飲んだ。

「うん。親戚も近くの人だけ」
 答えたのは沙織だった。お茶の入ったマグカップをわたしの前に置いた。湯気が立っていたが、においを嗅いでもなんのお茶かわからなかった。飲んでもわからなかった。たぶん、いろんなものが入っている。同じお茶を飲んだ森ちゃんが言った。
「法事終わってからでもええねんけど、わたしもお参り行かしてもらてええかな」

「すごいね。あれ、船なんだ」
 魚住さんの反応がよかったので、わたしははしゃいでいた。目の前を歩いていく人たちがわたしの顔を見るのは、わたしが楽しそうな顔をしているからだろうと思った。

 魚住さんがどんな場所でしゃべっているのか、全然想像がつかなかった。家だったらいいな、と思った。魚住さんがいつもいる場所でしゃべっているほうがいい気がした。目の前のチーズケーキ屋には、飽きもせず多少の行列ができていて、わたしも食べたかった。肩に猫を載せた男が歩いていった。その人たちを、傾いた日差しが照らしていた。

「言ってみてもいいですか」
「はい」
 魚住さんの「はい」は丁寧ではっきりしていて好きだった。わたしは空っぽのコップを握っていた。握っているとあたたかくなってきて、中身が入っているみたいだった。

 えみ子は首に巻いていた透かし編みのストールを口元まで引き上げた。わたしも、そういうストールが欲しいなと思った。このあと買いに行ってもいい。


 ジャン・ジュネは小説に自分の好きなことしか書いていないと思う。それよりはすこしわかりづらいかもしれないけれど、柴崎さんも同じことをしていると思う。彼女にとって世界はわからないものだと思う。だから、外面的な風景を見たままに描く。床を踏みつぶすように、中身まで立ちいらない。外面風景を愛するだけで、このひとが内面風景を愛していることが伝わってくる。何かわからないお茶は何かわからないままでいい。何かわからなくも、それを愛せないわけではないと柴崎さんは思っているように見える。彼女はたぶんあとでそのお茶の正体でわかったら「わかった」と書くと思う。書けるひとだと思う。「わからないお茶にたいしてわからないと書くこと」と「それをわかったあとにわかったと書くこと」。たんじゅんなようだけれど、じつはそれは、とてもとてもむずかしい。
 柴崎さんの見ている風景は本当にきらきら輝いている。うらやましいと思う。このひとが見ているものはわたしには特殊すぎてたぶん見ることができない。すこしかなしい。でも好きだと思う。
 柴崎さんは小説を現実世界にきちんと開示させることができる。「水道の水の味がしたので、水を飲んだっていう気持ちになった。」や「目の前を歩いていく人たちがわたしの顔を見るのは、わたしが楽しそうな顔をしているからだろうと思った。」や「このあと買いに行ってもいい。」はそういう類の文章だと思う。小説のなかには「何か」が潜んでいる。こういう文章が小説のなかに潜んでいる「何か」を刺激して、その「何か」が両手をひろげてにょっきりと小説の外部にでてくる。何をどうしたらそんなことができるのかわたしにはさっぱりわからなくてかなしいけれど、柴崎さんはやっぱりすき。




コメント
こんばんは。同じ本の感想記事を
トラックバックさせていただきました。
この記事にトラックバックいただけたらうれしいです。
お気軽にどうぞ。
【2010/04/08 02:29】 | 藍色 #- | [edit]
こんばんは。
ありがとうございました。
トラックバック、返させていただきまし、た。
【2010/04/11 19:39】 | 桜井晴也 #oSfzfPCQ | [edit]
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