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おれが革命といったらみんな武器をとってくれ

2009.11.04(06:03)

マチウ書試論・転向論 (講談社文芸文庫)マチウ書試論・転向論 (講談社文芸文庫)
(1990/10)
吉本 隆明

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 すごい。ぜんぜん日記を書きたくない。ということが、うれしい。

   ◇◇◇

おれが愛することを忘れたら舞台にのせてくれ
おれが賛辞と富とを獲たら捨ててくれ
もしも おれが呼んだら花輪をもって遺言をきいてくれ
もしも おれが死んだら世界は和解してくれ
もしも おれが革命といったらみんな武器をとってくれ
                       ――吉本隆明/恋唄


 吉本隆明の講演を聞いたことがある。何を言っているのかわからなかった。司会の瀬尾育生さんが何か問いかけをひとつ発すると、その答えになっていないことをえんえんとしゃべりつづけていた。車椅子だった。戦後最大の思想家と呼ばれたひとは西行をリスペクトし、昨今の不況の原因はアメリカの金融危機ではないと言っていた。吉本隆明は昔24時間ぶっつづけてトークショーをやっていた。瀬尾さんはあの講演が終わったあと、「あと数時間しゃべらせつづけないと吉本さんの本当のところは出てこない」と言っていたらしい。

   ◇◇◇

「続・高橋睦郎詩集」を読んだ。彼の詩のよさはさっぱりわからなかったけれど、解説で澁澤龍彦の言っていることがおもしろい。

 かつてジャン・コクトーは「詩人はオリジナリテを警戒すべきだ」と言った――中略――詩は無名の祈りのように、いたるところで本質的に同一でなければならないという、当節ではまったく顧みられていない非個性の詩、普遍的な詩という観念を、そもそも彼はどこで手に入れたのだろうか。

 この解説で書かれていることから意図的に遠く離れて言いたいことを言うと、ひとに必要なのはオリジナリティよりも歴史だと思う。誰かをまねすることでしか生きることをうまくできないのなら、そのひとが書くものはまねでいいと思う。本当に唯一になりたいひとがいるなんて信じられない。あたしはあたしのなかにきれいなものがあるなんて信じていないけれど、あたしはあたしのそとにきれいなものがあるとは信じているから、それらをよせあつめて、肉としてくっつけている。それの何がわるいんだろう。もし唯一のものしか愛せないのだとしたら、それは対象をとらえるやりかたが著しく歪んでいるか、自分の感情を誤解しているかのどちらかだと思う。20世紀の最高の小説と言われるものがパロディでしかないことを思えばいい。「作品にはオリジナリティがたいせつ」と言うことは「読書をすれば想像力がつく」と言うことと同じだと思う。少なくとも、「作品にはオリジナリティがたいせつだ」という言葉にオリジナリティのかけらもないことは誰だってわかるのに、どうしてそんな言葉を信じようとするんだろう。あたしはあたしの好きなひとがある作品にたいして「この作品はオリジナリティにあふれている!」なんて言って褒めているのを聞いたことがない。たとえば、映画なんて現実を断片にしてそれから適当につなぎあわせているだけじゃないか。そして映画のひとはそれを「編集」と呼んでいる。それだけだ。オリジナルな映画なんてひとつもなかった。映画の歴史上、たったひとつも。「誰かのかわりになる」ということはすてきなことだと思った。少なくとも、誰のかわりにもならないという絶望よりはほんの少しだけましだ。




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