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歌うことも、びしょびしょに濡らそうと思うのだ。

2009.11.08(16:38)

青い水 赤い水青い水 赤い水
(2008/04/25)
友川カズキ友川かずき

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 土曜日の朝5時までアルバイトをして、眠って、午後6時に起きて、それからごはんを食べて、ティム・オブライエン「僕が戦場で死んだら」を読みおえたら午後8時で、それから眠ったら午前3時だったから、とても気分がわるかった。眠ってばかりいるから、あたしは蠅みたいなものだと思った。こころがたいへんに暗いので、いやだった。こんなときに2ヶ月ぶりくらいでちょうど煙草を買っておいたあたしはなんてすてきちゃんなんだ、と思ってすぱすぱ吸っていたら、少しだけ楽しくなってきた。朝から学校に行って小説を書いて、「賭博覇王伝零」を読んだ。飽きたので、家に帰って、何も食べるものがないのでお茶漬けを食べて、ぶくおふに行った。そうしたら、講談社文芸文庫とか高橋和巳とか稲垣足穂とかが100円でいっぱい売っていたので楽しくなり、全部買って、帰った。それからふぁみりぶくに行った。人気のある作品だけレンタル100円だった。あたしは人気のある作品は見ないという泥みたいないやな性質をしているのでそういうことがあると憤慨するのだけれど、人気があっておもしろい作品を吟味して「フラガール」、「グムエル」、「ブロークバック・マウンテン」を借りた。見る前の評価でいくといちばんつまらないのが「ブロークバック」、いちばんおもしろいのは「フラガール」だと思う。「グムエル」に関しては、ポン・ジュノの評価が謎すぎるので未知数だけれど、たぶんおもしろいと思う。「フラガール」の蒼井優がどれほどすばらしいかにすべてはかかっている。蒼井優はかわいいなあ。麻婆豆腐を食べようと思ってお豆腐を買って帰ったら麻婆豆腐の素を買うのを忘れたので今夜の食事はごはんとお豆腐、です!

 友川カズキ「青い水 赤い水」ばかり聴いていてまずいと思う。「昏酔然」と「カラブラン」が良すぎてまずいと思う。この声でこの曲調は反則だと思った。「あたしがかっこういいと思うおっさんランキング」というものがあり、一位はボブ・ディラン、二位が勅使川原三郎、三位以下不在というまったく意味のないランキングだったのだけれど、ここに来て友川カズキがランキングに食いこんできたので、「かっこういいと思うおっさんランキング」がかつてない盛りあがりをみせ、各選手がすさまじいデッドヒートをくりひろげている。でもたぶんすぐに落ちつく。12月12日の友川カズキなんてのりだけでチケットを予約したのだけれど、本当に楽しみになってきた。友川カズキがかっこうよすぎて失神したらどうしよう。というより誰か一緒に行きませんか。あんなおしゃれ空間ひとりでいられない。

 ほんとうに長い時間眠るとあっというまに何のために生きているのかわからなくなっていき、こころが亀の2800倍くらいの速度で腐っていくのを実感でき、「俺はどこから来たのか、俺は何者か、俺はどこへ行くのか」などタヒチめいたことを考えはじめてほんとうにほんとうによくないし、もうこんな気持ちになるのはいやだ、と思ったので、何の(根本的)解決にもならないけれど、きちんと毎週毎週何か予定をいれようと思った。ダンスでもLIVEでも演劇でもなんでもいいから、毎週楽しいことをして、できるだけ、規則正しく生きて、それから消えていこうと思う。

「本が売れない」と言われたり「出版不況だ」とか言われたりしているけれど、それの何が悪いことなのかと考えてみたら、さっぱりわからなかった。プロとアマチュアの垣根がとりはらわれたカオスは少なくともこれ以上ないほどわかりやすいものになると思う。とてもいいことじゃないか。




コメント
「出版不況をなんとかしなさい」ってテーマを与えられてるから俺、がんばっちゃってるけど、桜井の言うとおり。俺も本音はどっちでもいい。ただし掲げられた旗をしっかり立てる腕力には俺、プライドあるから。


出版不況の「不況」は誰にとっての不況かって話。

プラットフォーマーが東販・日販から、youtube・google・amazon・ニコ動にシフトしただけ。

コンテンツサプライヤは、小学館講談社から、桜井晴也にシフト・・・・してないか、別に。
【2009/11/10 11:18】 | イマムラリョウ@広島 #- | [edit]
もうたぶん広島にいないと思うのですけれどいいですね広島。

なんていうか、思潮社なんて50年以上も詩の根幹を支えつづけています。あの出版社、いまどきホームページもないし、いったい何をどうして利益をあげているかわからないのですけれど。あるいは国書刊行会にしてもわけのわからな本しか出していなくて、でも一応続いています。もちろん、だからといってジャンルとターゲットを絞れば少数で貴重なことをやっているけるか、というとそれも難しいのかと思うのですけれど、総合的な出版社としてやっていく理由なんてそんなにあるのかなと思うのです。橋本治が「会社というの大きくなるということを善としている。でも大きくなったあとには何もなく、大きくなったあとには大きくなるしかない」と言っていて「ほう!」と思ったんですけれど、よく考えたら出版市場が大きくなることに善的な要素はないのかもしれないと思うのです。
なんというか、本なんてお金がなくても書けるわけです。となれば、そんなものはただ同然で配ってもいいわけです。現に、すでに多くの文字はネット上でただで配られているわけですから、わざわざそとにおでかけして買いにいく理由なんてよく考えたらないわけです。本屋なんて製本機とディジタルデータだけ置いておけばいいじゃんと思うのです。芥川賞なんてべつに文藝春秋がやらなくても東京都がやればいいし、amazonがやればいいと思うのです。
講談社が潰れるという、かつてないほどうさんくさい噂がネットをかけめぐっています。「群像」がなくなったら困るし、講談社文芸文庫がなくなったらそれはそれで困るんですけれど、でも、究極的に言えばデータだけあれば根本的に困るということは、ないんですね。1980年代と比べると新刊の発売点数は現在では3倍くらいになっていて、ということは、たんじゅんに1冊の本の寿命が1/3になっているということを昨日読みました。たぶん、今の出版社の仕事は本をつくることではなく本を減らすことだと思うのです。でも、それはきっと善ではないのですね。データにすれば本の寿命は永続的になるはずです。何故そうしないのか、もちろん、徐々になっていくだろうし、今はまだ電子データで本を読みたくないひとがいっぱいいるだろうけれど、そのうち。
音楽プレイヤがパソコンのなかで仮想化されたならば同時に音楽もパソコンのなかで仮想化されたのでした。だったら実質CDが何枚売れたなんてそんなに価値がないはずですね。音楽の世界を見ています。たとえばLPをごっそり買ったり、CDを年間数百枚も買っているひとがいても、彼らは「CDが売れない! 困る!」ことはぜんぜん言っていないように見えます(ほんとは言っているかもしれませんが)。つまり、CDが売れなくてもCDを売っているひと以外は誰も困らないことじゃないのかと思うのです。本が売れなくても、本を売っているひと以外は誰も困らないんじゃないかと。
超偏った意見ですけれど。

ああ、それで「出版不況」がなんとかなるんだったらなんとかなればいいと単純に思うので、なんとかしてください!

>コンテンツサプライヤは、小学館講談社から、桜井晴也にシフト・・・・してないか、別に。

hahahaそのうちするらしいですよそのうち。まじめにやるんだったら「ブログよりほんのちょい先にあるもの」をやるべきですね。「ブログよりほんのちょい先にあるもの」が何なのか知らないし考えるつもりもあんまりないんですけれども。
【2009/11/11 20:04】 | 桜井晴也 #oSfzfPCQ | [edit]
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