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佐東利穂子「SHE – 彼女」@アルテリオ小劇場

2009.11.23(18:17)

田紳有楽;空気頭 (講談社文芸文庫)田紳有楽;空気頭 (講談社文芸文庫)
(1990/06)
藤枝 静男

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 肋骨を五本切りとられた妻は、沈んだ土気色の顔と青黒く変色した爪を持った身体を担架に横たえて、病室にもどってきた。鼻孔から酸素吸入用のゴム管をたらし、足の甲の静脈に輸血用の針を刺しこまれ、何かの残骸のようになっていた。
                           ――藤枝静男/空気頭
                        
 22日は川崎市アートセンターまで佐東利穂子のソロダンス(勅使川原三郎ディレクション)「SHE ― 彼女」を見にいった。泣きそうだった。でも、わたしがダンスを見て泣きそうになるわけがないから、凝視しすぎて、目が疲れて涙がでちゃったにちがいない。「夜中に鏡を覗くことをおすすめするわ」から始まる一連の台詞がエンドレスで流れていて、そのあいだ、佐東利穂子は後ろにかかっている暗幕とからみあいながら、でたり、はいったり、しながら踊っていた。とてもすごかった。勅使川原三郎のディレクションは音楽がいいと思う。というよりも、何回も言っても申しわけないけれど、勅使川原三郎の趣味はわたしの趣味の直球どまんなかなので、だいすきだった。最初は全身白い服だった。でも、最後だけ黒コートを着ながら踊っていた。スーツっぽい黒コートがかっこういいと思うのは、まちがいなく「FF7」のタークスの影響に決まっているけれど、ほんとうにかっこうよかった。かっこうよすぎて、死にたかった。あと、冒頭の映像が終わった直後の激しいダンス、ひとはひとりで十分くらいのあいだあんなに激しく踊れるのかと思って、そのとき、すでに泣きたいと思っていた。ふりつけがないようにしか見えないところがすごいと思う。音楽と照明のかねあいがあるからふりつけはそれはあるのだと思うのだけれど、あんな適当に動いているようにしか見えないダンスにふりつけがあるって、ちょっと、驚異的なことだと思った。「ひとの身体があんなにきれいに動くなんて!」とすなおに思えるダンスが、やっぱりいちばん好き。
 佐東利穂子は横浜トリエンナーレで、ガラスの上で5時間ぶっつづけで踊っていた。たまにそういう話を聞くと、うっかり、感動してしまう。吉本隆明は昔24時間ぶっつづけのトークショーをやっていた。すごいひとを、ちゃんとすごいって思って、好きなひとを、ちゃんと好きって、思いたい。
「ソロ、1時間公演で4000円は高い!」と思っていたけれど、価値はあった。席はけっこう空いていた。わたしはいちばん前で見ていたから、とてもよかった。わたしは基本的にソロダンスが苦手だけれど、すごく、すごくよかった。勅使川原三郎の新作「オブセッション」は来年5月、今度は Bunkamuraで。7000円と、だんだん値段あがっているような気がするけれど、わたし、負けない。ぜったい、いく。

   ◇◇◇

 現代詩手帖の12月号にはだいたいの詩人の住所(と電話番号)が載っている。こういうのを見ると、詩人とそれをとりまく環境って何なんだろうと思う。高橋源一郎の家にクッキーを持って尋ねていけというんだろうか。りんりん電話のべルを鳴らせというんだろうか。思潮社はいまどきホームページすらない。「現代詩手帖50年祭」のとき、あのひとたちは誰も終了時間のこととか、時間がおしてることとか、まったく気にしていないように見えた。頭がおかしい。

   ◇◇◇

 藤枝静男「田紳有楽 空気頭」を読んだ。「自由すぎだろ!」と思った。ぶっとびすぎてもう何が起こっているのかさっぱりわからなかったけれど、たぶんもう二度と読まないけれど、楽しい。登場人物が焼き物(しかも贋物)とか金魚のC子とか。しかもそれが私小説とか。以下は、鳥葬のシーン。「私」はお皿だと思って読んでくれればいいと思う。

 やがて伜が、刃渡り七十センチばかり、そのわりに巾の広い、重そうな刀を振りかぶって死骸を刻みはじめた。首、腕、脚を切りはなしておいてから、ひとつひとつを棍棒か何かで叩くようにして力まかせに根気よく刻む。腹は裂いて内臓をつかみ出す。あまり鳥が啄み易いようなふうに根気よくやるのである。主人の方は沢庵石くらいの大きなゴロタ石をかかえてきて、岩を敷いた婆さんの頭の上へ何度何度も落として頭蓋骨を砕いて、脳味噌を突つきいいように按配する。二時間近く手間をかけてやっている。この時分になると集まった禿鷹は昂奮して周囲を滑走してまわり、隙をねらっては翼を半開きにしたまま二人の間を走り抜けていたりしていた。二人の服の胸から脚には肉切れや脂が撥ねかえって点々とはりついていた。――ようやく作業を終えたところで飯になり、二人はパンパンと両手を打ち合わせて掌にこびりついた脂や肉を払ってから、伜は銀鉢、主人は私の腹のなかに弁当用の麦焦し粉とバターを入れ、私のかぶった肉片脂もろとも指でよく煉り合わせてうまそうに食った。

「あまり鳥が啄み易いようなふうに根気よくやるのである。」なんて普通の言語意識では書けるわけがないし、書けたとしても推敲段階でこんな文章は直してしまうので、やっぱり、文章がうまいとかへたとか、もうそういうものを見ている場合じゃない、と思う。わたしが読みながしているせいだけれど、ほとんどのシーンで文章が流れすぎていて、何言っているのかぜんぜんわからないし、わかるよう書こうとしてすら、いない。

   ◇◇◇ 

 そろそろフランスに行きます。24日午前4時くらいまでは家にいるので、おみやげ買ってきてほしいひとは一声かけてくれれば、誰彼かまわず、買ってくるよ! 「わいん!」とか「くっきぃ!」とか「ちよこれえと!」とか「ぐりこ!」とか「ぱいなつぷる!」とかリクエストしないと、フランス産の葉っぱとか、フランス産の石とか、フランス産の土とか、フランス産の生水とか、正真正銘フランスでしか手に入らないものになるから、気をつけてね!




コメント
おひさしぶりです。前にmixiで少し関わらせていただいた者であります。

わたしも最近、藤枝静男を読みまして、というかまさに今鞄の中に読みかけの『空気頭』が鎮座しておりますが、豊かな小説時間に身を任せてたゆたう心地よさというよりは、みているスケールのでかさと自由さに顎外れそうになりながらも思わず一緒にペイーっといわしめられそうになる何かを感じます。

これからもまたちょくちょく拝見させていただきます。
それと記事のタイトルをざっとみただけでも絶対どこかでお会いしてる気がします(笑)

わたしもブログをはじめましたので気が向いたらご覧ください。

では。

山田山田
【2010/04/23 07:23】 | 山田山田 #- | [edit]
山田さんだ!
おひさしぶりです、ずいぶんごぶさたしていました。

藤枝静男、僕の読書集中力ではいったい何が起こっていて、何が書いてあるのか、もよくわからないのですが、藤枝静男ののりのりで書いている感覚が好きです。何をどう書けばあんなへんてこになってしまうのか、よくわからなくて、好きです。もうばかじゃないかと。

> これからもまたちょくちょく拝見させていただきます。
> わたしもブログをはじめましたので気が向いたらご覧ください。

ありがとうございます、よろしくお願いします。
ニアミス、せまい世界がこわいです。
「桜井晴也いるな」とか思ったら電波を発信してみてください、
すごい確率で気がつかないですが、電波は大事だと思います。

それでは。
【2010/04/23 18:42】 | 桜井晴也 #oSfzfPCQ | [edit]
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