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七尾旅人 presents 百人組手 vol.2 ~10年代の不屈精神~@LIQUIDROOM

2010.01.10(16:46)

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 寝ようと思ったけれど、眠りすぎて一睡もできずに、東京に向かった。紅姫さんと東京駅で待ちあわせて、とりあえず竹橋まで行って、東京近代国立美術館に行って、「ウィリアム・ケントリッジ 歩きながら歴史を考える そしてドローイングは動き始めた……」を見てきた。ウィリアム・ケントリッジは誰だかよく知らないけれどアフリカの美術家らしい。以前、世田谷美術館でメキシコ絵画を見たときにも思ったけれど、一般的にあたしたちが見る絵というのはもうそれだけでフランス、イタリアなどヨーロッパのものを意味していて、それはたとえば「日本文学はロシア、フランス文学の輸入なんだぜ!」というのと同じくらい、どうでもいいけれども重要なことで、だとすれば、もうそれがアフリカのものだというだけで見る価値はあるし、おもしろかったと思った。感想はとくにないけれど、一見雑に見えるまっくろくろな絵がきしみをあげて不器用に動く感じはよかった。戦争の実写映像が混じっていた作品がいちばん好きだったと思う。
 所蔵作品展「近代日本の美術」も、時間がなさすぎてかけあしで見てきた。とってもよかった。ゴーギャンを見にいったときには飾られていた青い花の「さいこう!」な絵がなかったのは残念だけれど、かわりに加山又造の作品があった。加山又造さいこう! ひゅーひゅー! 遠くから見たときですら「加山又造じゃないの?」と思える、あのはくりょくはほんとうにすごい! またぞう! 
 
   ◇◇◇

 恵比寿まで移動して、LIQUIDROOMで「七尾旅人 presents 百人組手 vol.2」を見た。七尾旅人は初めて見たけれど、いきなり「なんでおまえらこんなところに来ちゃったんだよ」と言っていた。思ったより変態だったし、なんで和服着て下駄はいているのかあたしにはさっぱりわからなかったけれど、一晩で、七尾旅人が好きになった。七尾旅人は「俺はまじで世界平和を願っているよ」と言っていて、たぶんそうなんだろうけれど、そのために音楽で何をすべきかということを具体的に意識して、実行しようとしているところがかっこういいと思う。七尾旅人がこの日やったステージはもしかしたらLIVEとは呼べないものなのかもしれなくて、もちろん、LIVEと呼べないものを七尾旅人は(そしてあたしも)LIVEと呼んで「それが音楽なんだ!」ということを言っていると思うのだけれど、それでも、七尾旅人のやっていることには目を向けてみるべきだと思う。言葉では説明できない。でも、それは舞城王太郎や村上春樹(!)がやろうとしていることに、近いんじゃないかと思う。
 その本気度があるから、「完全自殺マニュアル」の鶴見済(!)を呼んでいきなり詩の朗読させちゃうんだと思う。すごくよかった。
 いちいち書いているといつまで経っても終わらないから省くけれど、あたしはDJ BAKUを見て「DJってすごいな!」と生まれて初めて思ったし、サイプレス上野を見て「『SAY HO!』とほんとに言うひとがいるんだ!」と思った。ROVOの演奏が激しすぎて(ROVOかっこうよすぎる…)、七尾旅人は耳が聴こえなくなっていた。6時に始まって、あたしは2時間か3時間で終わると思っていたのに七尾旅人は5時間もぶっつづけでやりやがってくれちゃったので、ROVOの演奏中にはもう背中に激痛が走り、しかも寝不足ゆえに立ったまま眠りそうになりながら、必死に、必死にがんばっていた。あたしがんばった。
 あたしはげんきんだから、ミドリの後藤まりこがでてきたときに急に目が覚めた。後藤まりこはセーラー服を脱いでしまったけれど、私服でもかわいかった。後藤まりこはしゃべりかたがかわいかった。後藤まりこは、その日は宇宙でいちばんかわいかった。後藤まりこの一人称が「僕」だということを初めて知ったけれど、もはやそれでも揺るがない圧倒的なキャラクターを確立している後藤まりこは、宇宙でいちばんかわいかった。「後藤まりこは実はギター弾けないんじゃないか疑惑」を持っていたあたしだけれど、この日のまりこは弾き語りだった。弾き語り! まりこギター弾けるよ! かっこういいしかわいいよ! 七尾旅人は後藤まりこに「詩を書いてきて。それに俺が即興で歌つけるから」と言っていたのに、何故か、後藤まりこは昔書いてださなかったラブレターを持ってきていた。後藤まりこがそれを朗読して、七尾旅人はそれを曲にして歌っていた。後藤まりこがラブレターを読む様相は時空が歪んでしまったんじゃないかと思うほどかわいかった。このままいけば、まちがいなく後藤まりこ公開ラブレター朗読事件は2010年最大の事件として、あたしの胸に一輪のたおやかな薔薇のように輝きつづけるだろう。後藤まりことは弾き語り対決で、七尾旅人は「I'm proud」(かはらともみ!)を歌って、まりこは森高千里の「雨」を歌っていた。まりこ!
 
 七尾旅人は2010年以降、どうやって音楽をやるべきかに愚直にとりこんでいるひとりだと思う。どうやって音楽をやれるのか、というのは、どうやって文学をやれるのか、という問題と同じで、ほとんどのひとに認知されていない、たぶん重要な問題だと思う。 よくわからないけれど、たぶん、あたしは perfumeや相対性理論なら聴くことができる。でも、perfumeや相対性理論以外のものをどうやったら聴くことができるのか、わからない。あたしの知っているかぎり(あたしはあんまり音楽を知らない)、たぶん、いま日本でもっとも聴くべき音楽は相対性理論で、相対性理論だけが日本を救える可能性を内在している音楽をやっていると思う。ただ、実際にそれで日本が救えるわけがなく、ついでに言えばあたしも救われるわけではないので、「じゃあ、どうしようか?」とあたしは言う。言って、終わりにしよう。

 七尾旅人はサッチモの「What a wonderful world」を歌った。「目をつぶってごらん」と彼は言った。「ここは恵比寿じゃない。平原だ。想像力で音楽を聴くんだ。雲をつきぬけて、宇宙まで行く」と言った。
「そうじゃないんだよ」
 あたしはそう思って、目を開いていた。そうじゃない。想像力を全部捨てて、音楽を聴くんだ。ここは恵比寿だ。一対多を前提にした共有空間で、多は多同士で何かを共有することはできない。もうこの時代に、あたしたちは星々のようにこなごなに砕けちっているんだ。だからこそ、音楽が必要なんだ。きみがひとりでいるときに、あたしがひとりになれるような、不幸せでいて幸せになれるような音楽から、あたしは始めたいと思うんだよ。あたしたちは共有する必要はないんだよ。想像力なんてものを使うから、あたしたちはいつでも夢を見てしまうんだ。あたしは夢ではない。残念ながら。

   ◇◇◇

 時間がないのでおにぎりを食べた。あたしは紅姫さんに安川奈緒の本を貸すと言っていたのに、あんのじょう忘れた。彼女はさいきん太ったと言った。「それは太ったんじゃない」とあたしは言った。「誰かが知らないあいだに背中にセメントを塗っているだけですよ」。でも彼女は信じてくれなかった。「小悪魔ageha」と「セブンティーン」と「In Red」の話をした。女の子のファッション雑誌が読みたい。「In Red」は表紙が永作博美やYOUなのですばらしいはずだった。せかいはひろい。ひろくて、ほしすらもみえない。




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