スポンサーサイト

--.--.--(--:--)

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。





スポンサー広告 トラックバック(-) | コメント(-) | [EDIT]

いろとりどりの世界

2010.01.28(08:52)

バーデンハイム1939バーデンハイム1939
(1996/11)
アハロン アッペルフェルド

商品詳細を見る

POP LIFEPOP LIFE
(1998/06/24)
JUDY AND MARY

商品詳細を見る

 なりたいものにだけ、なることができない。言葉のしゃべりかたを考えるふりをして、考えないことをしてきたのかもしれなかった。むぐむぐ。どうしたらいいんだろう。そうは思うけれど、どうしたらいいんだろうとなぜ思うのか、そこからしてすでによく、わからなかった。わたしはきれいなものになりたくて、きれいなものになりたいと思った。言葉を使って語りかけるやりかたを知りたかった。その媒体になりたかった。愛のようなものに。おそらくは、そこからがすでに欺瞞だったのかもしれない。しかしわたしはわたしだった。わたしがわたしだったことがいやなわたしだった。

   ◇◇◇

 むがががが。でもがんばる。すこしがんばる。はれつ。

   ◇◇◇

 あらゆるひとから好きになってもらえるはずがない。ぼくはあらゆるひとを好きになろうとは思わない。そしてそのふたつのことがらには、関係はないと思う。

   ◇◇◇

 それでいいんだ、と開きなおってしまったほうがらくだけれど、あたしあのひとがきっと好きだと思うからそれはむつかしくて、そしてたぶん、それでいいんだと開きなおった「それでいいんだ」はあたしが思うきれいなものではない、だろう。それがいつもかなしいからいやだ。ほんとうにいやだ。

   ◇◇◇

 アッペルフェルド「バーデンハイム1939」を読んだ。

「わたしの身体はおいしくないのかしら?」とパッペンハイム博士に体当たりした。
「もちろんだとも」
「だったら、ナイフでちょっと刻んでみて?」
「ぼくが屠殺屋だとでも?」
「あんたなんと思ってんの? 博士にそんなことがおできになると思って?」とサリだった。
「だったらわたし自分でやるわ」といって、女は太股の部分を削り出した。酒場は上を下への大混乱に陥った。

「おれをどうしようというんだ」とパッペンハイム博士は繰り返したが、彼の声はあまりに内向していて、だれの耳にも入らなかった。
 もう八時になっていが、門のほうではなんの動きもなかった。静寂が人気のない家々から立ちのぼり、朝靄が灯りのついたところどころからのぼっていた。いたるところに影が伸びて、まるでなにかに怯えてでもいるかのように、家々の隅っこにちぢこまっていた。噴水の水は相当な高さまで上がっていた。バーデンハイムの朝の時刻を、ことにこの季節を、見た者はなかった。今どきはだれもが熟睡している時刻だった。


 イスラエルの小説を読むのはアモス・オズ「地下室のパンサー」以来だ。「バーデンハイム1939」は何がなんだかちっともわからなかった。でも、太股をいきなり削りだすなんてことがいきなり書いてあるなんて、すてきだ。
 荒川洋治が湾岸戦争を起こったときに「アフガニスタン文学を読みたい」ということをたしか言っていて、あたしはそれにびっくりした。アフガニスタンのことをぜんぜん知らないから、とりあえずアフガニスタンの文学を読もう、というのは、それまでほんとうには考えたことはなかったからだと思う。
「バーデンハイム1939」は群像劇で、ひとがたくさんでてくるのでもういきなりわけがわからなくなった。あたしがわけがわからなくなるとわけがわからなくてもいいからとりあえず読もう、と思ってわけがわからないままに読みすすんで、「わけがわからなかったなあ」と思うことが多いと思う。この本もそうだった。でも、もしかしたらこの本には「ひと」がいらないんじゃないかなあ、となんとなく思った。ふたつめに引用した文章は、あたしがなんとなく感じたことの象徴のようにも見えて、印象に残った。

   ◇◇◇

 日本はいい国だと思う。日本が好きだ。でも、「定年後も働きたい」と言っているひとには「え~」と思う。あたしは働きたくないと思う。もう労働・労働以外という二分でわけるのが、たぶんおかしいはずだ。資本主義は「働くことが善」という思想を持って成りたっているとあたしは思っているけれど、ここまで資本主義が発展したならもう、あまり通用しないと思う。みんな、もうすでに「もの」を持っているからだ。よくわからない。よくわからないけれど、ずっと前に平田オリザが「芸術立国論」で「地方にこそ芸術が必要!」と言っていたのを立ち読みした記憶がある。ちゃんと読んでないから知らない。労働・労働以外という二分以外のあいまいな場所に芸術が存在する価値はすこしだけあるのかもしれない。でも、それは芸術だけの話じゃなくて、あたしは「定年後も働きたい」と言うのは何かへんだなあと思うので(だってへんだもん)、労働・労働以外の場所を考えていて、たぶんそこにNPO的なものの立ちあらわれかたがあるんだと思う。あたしはNPOをよく知らないからそれをNPO的なものとしか呼べないけれど、これからNPO的なものは労働・労働以外という二分のそとに立つものとしてなら、とても重要だし、いいものになってくると思う。
 NPOカタリバのイマムラさんが首相官邸で行われた「新しい公共の円卓会議」に(鞄持ちとして)侵入して、ついったーで実況中継をして、それをまとめていた。たとえば、「ビジネスパートナーとしてのホームレス」という関わりかた、発想のしかたがこれから重要になってくるんだと思う。この会議がついったーで流れたのはいいことだ。めんどうくさいからもちろんほとんど読んでないし、そのまわりの議論も追わないけれど。けれど、ついったーとはそういうことだ。あたしはそれをしないけれど、ふつうに考えてもぜったい、そういうことだ。イマムラさんは「社会貢献はもてるのか?」とかさいきん言っている。もてないと思う。そして、その問いはあまりにも文学的すぎるとあたしは思う。それが文学だというのがいまのところ、あたしの認識だ。

   ◇◇◇

 岩波ジュニア新書の「砂糖の世界史」があまりにもおもしろい。歴史とは経済、政治こみの「流れ」として話されなければいけないことだと思う。大航海時代、ひとびとが何を思って海を渡ったのか、もちろん「お金欲しい」ということだったんだろうと思う。アフリカの奴隷だってそうだ。「お金が欲しい」と思ったひとが奴隷を使った。インディアンというのはインド人という意味で、コロンブスがアメリカをインドだと思っていたことに由来している(たぶん)。それはまったく西洋人的な発想でつけられている。インディアンがインディアン以前だったとき、インディアンは何を思っていたんだろうか。そしてインディアンが何を思おうと、それは「世界史」ですらない。世界史とはたぶん文明の発展と経済の移りかわりのことだった。だから、コロンブスに発見されるまで、インディアンを歴史として見ることがうまくできない。イスラエルを建国するとき、先進国のあいだで協議があったらしい。南アメリカにつくろうかと言ったひとがいた。イスラエルが建国されたとき、イスラエルは「パレスチナ人なんていなかった」と言った。そのとき、たぶんイスラエルは歴史を語ったんだと思う。
 
   ◇◇◇

 このあいだのゼミで、T大学のひとが書いた論文を参考にした四年生が「T大学に行ってきますか?」とせんせえに言われていた。「話がはずむはずがないよね」とあたしは言った。ぴぴぴぴっとせんせえのターゲットが定まっているらしい。シミュレーションに重大なまちがいがあったので、プログラムを直して、またシミュレーションをやりなおしている。実行させて数時間放っておくのを6回くらいくりかえすだけなのに、ひじょうにめんどうくさい。けっきょく、あたしの2年間の研究成果とはなんだったんだろう。「もうちょっとまじめにやっておけばよかった」ともつゆほども思わないほどに、やばい研究成果。ほんとうに卒業できるんだろうか。できるんだろうけれど、こんな大学院生、ほんらい卒業させちゃいけないと思う。
 エアコンの工事があるので、机を移動させなくちゃいけなかったり、研究室が使えなかったりする。みんなでだめ大学院生を卒業させない作戦をたてているんだ。
 JUDY AND MARYの「イロトリドリ ノ セカイ」が車のなかでずっとくりかえされている。YUKIは今年で38歳だという話だけれど、あたしは信じていない。だってかわいすぎる。たぶん転生をくりかえしているんだろう。ボブ・ディランのライブに行くはずだったけれど、電話はつながらないし、インターネットでは画面を切りかえた瞬間ぜんぶ売りきれていたというこわすぎる事態におそわれてけっきょくチケットをとってない(というか、どうやってとるの?)。それでもボブ・ディランはわりといっぱい聴いていて「Emotionally Yours」はいいなあと思う。すごくやさしい。




コメント
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
トラックバックURL:
http://kizuki39.blog99.fc2.com/tb.php/765-a324ca38
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。