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言葉とははかないスペシウム光線であった

2010.02.06(07:45)

砂糖の世界史 (岩波ジュニア新書)砂糖の世界史 (岩波ジュニア新書)
(1996/07)
川北 稔

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 2010年2月5日(金) 

 完璧な私信なので、今村さんと管城さん以外のひとはとくに読まなくていいです。ブログにおいて私信をすぺしうむ光線のごとく個人に発射することに、ためらいを感じません。

 議題

・今村さんがけっきょくのところ文学を否定していない(ようにしか見えない)ことについて
・「押しつける」を回避するのはいいけれどその回避策としてすら「文学」あるいは「文学的なもの」はなんの役にもたたないぞ☆とわたしが思うことについて(いちおう)
・相対性理論が日本を救うだろうことについて
・「絶望する暇をなくす」ことの是非について
・たとえば「政治を変えるには首相のついったの変革から!」という主張の純政治的・社会的有効性について
・「アバター」を「ゴミ!」と呼ぶことの是非について
・ついったの一人称は「僕」じゃなくて「俺」がいいと思うことについて


>・「社会から転がり落ちた下」にどんなクッションを置くか

 社会から転がり落ちた「下」にクッションを敷くのが政治の役割で、社会から転がり落ちた「先」にクッションを敷くのが文学・芸術の役割にならないんだろうか。
 わたしは文学や芸術が社会からこぼれおちたもののクッションになっていることは否定しない。それは社会的な価値観とはべつのところで自分の価値を認めてもらえる場所としてあるからだ。たまたま文学・芸術には高尚な価値観が根づいていて、それらはとてもここちいい。わたしが思っていることはたいしたことじゃなくて、ただだれかから褒められたいとか、だれかから好きになってもらいたいとか、それだけだ。駅の構内でギターを弾きながらミスチルのできそこないみたいな歌をうたっているひとたちとわたしのやっていることは、そうは変わらないはずだと思う。わたしはギターも弾けないし、歌もうたえないし、構内でパフォーマンスする勇気もないから、こそこそ文章を書いている。
 わたしがそういうありかたでいることによって、たとえば、管城さんや今村さんやほかのひとたちがあたしに話しかけてくれる。だれかと演劇を見にいったり、だれかとLIVEに行ったりして、楽しい時間をすごすことができる。そういうことはうれしい。そういうことだけが、うれしい。たんじゅんなことだ。たまたまわたしが選んだのが文学や芸術であるだけで。管城さんは「文学は実学ではないと思う」と書いたけれど、わたしが「文学は実学かもしれない」と書いたのは、文学や芸術を自分がやることによって派生する日々生きる時間のすごしかたの変化のことだ。文学自体はなんの救いにはならないと何度か書いた。救いになるのはそこから生まれる会話ややりとりや時間だけだと思う。そういう意味では、わたしは自分の作品になんて興味はない。自分が書いていることにも、さして。砂を見たら水をかけてあげればいい。たとえそれが太陽に照らされ、すぐに乾いてしまうとしても。不毛を否定することがかなしい。草原じゃなければ生きていけないのはしまうまさんたちだ。わたしは、しまうまさんじゃない。しまうまさんじゃなくて、べつにいい。そしてかりにわたしではないだれかが草原をつくり、「こっちに来なさいな」と言われたら、わたしは砂漠を捨て、さっさと草原に居つくだろう。

 文学が社会から転がりおちた下にあるのではなくて、社会から転がりおちた場所を「文学」と呼ぶことにあたしたちがしているだけじゃないだろうか。

   ◇◇◇

 明けがた、論文を書きおわった。先生に提出して、チェックしてもらって、つっこみがあったら、直す。発表が17日、それが終わればわたしにとっての天国が待ちうけているだろう。わくわく。




 2010年2月6日(土) 明けがた

 学校に来たら、金曜日の朝に提出した論文への返信がなかった。先生は火、木しか学校に来ないといううわさは、ほんとうらしい。しゅ、っせき、りつ! さて、これで、土日はやることがないので、思いきり、楽できる。遊べる。日曜日はダンスをいっこ見るので、うきうき。

 川北稔「砂糖の世界史」を読んだ。すごくおもしろかった。歴史を勉強するのは、たぶん、たんじゅんなもので、「その事件が起こったことによって社会のシステムはそれ以前とどう変わったのか」を知ることがひとつで、もうひとつが、「その事件が起こったことによってひとびとの考えかたがどう変わったか」を知ることだと思う。そしてそのふたつを両方学ぶことによって、歴史を「流れ」としてようやく感じとることができると思う。
 この本はそういう書きかたをされていて、ほかに、橋本治や高橋源一郎もそういう書きかたをしている。だから、わたしはほとんどの歴史の話に興味はないけれど、彼らの話になら、耳を傾けることができる。
 たとえば、労働の仕方ひとつとっても、昔のひとは日曜日にはお酒を飲みすぎて、月曜日には「せんと・まんでい!」と言って二日酔いで休んでいた(らしい)。産業革命が起こり、近代国家ができあがり、工場というやっかいなものができると「時間を守れ!」と言われるようになってしまった。ひどい。日本だって同じようなもので、わたしたちが時計を持って「何時にどこで待ちあわせ」という行為ができるようになったのは、おもに明治以降のことだった(らしい)。つまり、考えようによっては、近代以降に世界はぐっちゃぐちゃにされてしまったということだった。そういう世界があって、そういう世界のありかたのことを、わたしたちは「自由」とか「平等」とか「豊かさ」とか、そう呼ぶことを、「学校」で教わった。もちろん、「学校」というものの制度化は近代の産物であって、学校教育の義務化が起こったとき、当時のひとを何を言ったのか、「ああ、これでやっとだれもが勉強できる平等な世のなかがやってきたんだ!」と言ったのか。ちがう。「家でやらせることいっぱいあるのになんで昼間から子供を学校にとられなきゃなんないのよう。ふざけないでよう。ぷーんぷん!」と言った(らしい)。学校で教える、それを教育というものの基本とする、という概念自体が近代の発明だった。そこにはたかだか150年の歴史しかない。ひとがふたり生きるぐらいの時間しかないものを、わたしたちはどれだけ信じすぎているんだろうか。日本はいつできたのか。日本とは何をさすのか。本居宣長は「他国にたいしての日本」という概念をうちだした(らしい)。それ以前にほんとうに日本なんてものがあったんだろうか。いま文学といえばそれはほとんど小説をさすけれど、小説の歴史だって3、400年しかない。それまでは「詩」が文学の代名詞だった。1000年前のアラブの詩人はその詩でいったい何を言っていたのか。「お酒いっぱい飲んで楽しければそれでいんじゃね?」と言っていた(これはほんとう)。ひとびとの考えかたはいったいどうなってしまったんだろうか。みんなだいじょうぶなんだろうか。わたしはだいじょうぶなんだろうか。近代以前にひとびとに「内面」と呼ばれるものはあったんだろうか。「経済」という言葉をつくったのは福沢諭吉で、はじめは「経世済民」という言葉だった。「経済」は輸入品だ。それ以前のわたしたちが行ってきた経済的ものもたしかにあったはずだけれど、「経済」が輸入された時点で後世のわたしたちは「経済的なもの」と「経済」にうまく区別をつけられなくなってしまった。その混同に待ったをかけることによって現在流通している「経済」と呼ばれるものにあらたな価値観をもたらすものが文学のやりかたでもあるし、歴史のやりかたでもあった。歴史とはたとえばそういうことだと思う。ピカソはほんとうには何を描いたのか。遠近法とはなんだったのか。レヴィ=ストロースの構造主義的な手法によって、わたしたちはようやく西洋史以外の歴史を発明したんだろうか。歴史は直線的かつ進歩的なものではないと、はじめて理解したんだろうか。カミュが「異邦人」において描いた「太陽がまぶしかったからひとを殺した」あのひとは、ほんとうはだれだったんだろうか。
 高校の頃に、わたしは日本史も世界史も習った。でも、その内容はひとつも覚えていない。歴史の先生は数学の話をしてくれた。「ふたつの並行する直線は交わらないと思っているけれど、あれは交わるんです」と言った。その話だけは覚えている。そういう話しか覚えてない。それだけが、ほんとうの歴史だったからだ。

 コンビニの廃棄のお弁当は基本的にひとにはあげられない(もちろん、わたしは食べるし、わたしが持ちかえったものを友達にあげたりはする)。なぜなら、それはそういうシステムだからだ。コンビニのシステム上、販売期限(賞味期限の2時間前とかに設定してある)を切れた商品はレジを通らないので、お客さんがいくら「すぐ食べるから」と言っても、売れない。なぜなら、そういうシステムだからだ。1000年前だったら売ることも、あげることもできたかもしれない。でもわたしたちの社会はもう1000年前ではない。システムを通せば、ひとにあげることができないその商品を豚の餌にすることはできる。でも、ひとにはあげられない。そして、そういうコミュニケーションの貧しさがわたしたちの社会の豊かさの基盤になっているのだと思う。「それはなにかがおかしい。なにかが狂っている」とふつうは思う。わたしも思う。でも、その「おかしさ」にたいしてどうすればいいのかということだけは、いつもわからない。それを社会的・政治的問題だと考えればおかしくなるし、個人の感情的な問題だと考えても、やっぱりおかしくなる。生きていくためには社会に迎合しなければいけない。あたりまえだ。わたしはコンビニの弁当が廃棄されていくのを見ても「アフリカがうんぬん」とか「もったいないな」とか、そういうことはほとんど思わないのでどうでもいいけれど、それでもやっぱり、「おかしさ」に興味がないこともない。文学はいちおうそれをひきうけている。津村記久子を読めば「ぱわはら!」についてもやもや思うだろう。思った結果どうなるかといえば、べつにどうにもならない。どうにもならないから「そんなものは役にたたないじゃないか」と言われる。あたりまえだ。わたしはものすごくあたりまえのことを言っている(はずだ)。でも、あたりまえのことを言うことすらもう「おかしさ」が流れているいまのわたしたちのありかたというのはどうなんだろう、と考えてみると、たぶん、それは昔もいまも未来もそれほど変わっていないんだろう、とは思う。わたしはいまの社会がへんだと思う。テレビにでて、ニュースなどにコメントしているひとを見ると「このひとは正気なんだろうか」とよく思う。でもわたしはべつにそのひとじゃないので、そのひとが正気だろうが気狂いだろうが、とくにどうということはない。でもそれにたいしてアプローチするやりかた、というものがいちおうはあるみたいで、それをやるとたちまち政治的だよ、とか社会的だよ、とか、たぶんそういうことになるんだと思う。それは、どう考えたっておかしいじゃないか。
 政治、社会、経済、文学。たしか吉田アミが「芸術は芸術としてその享受されかたを発見された時点で芸術じゃなくなる」と言っていたと思う。社会は複雑になった。だからわたしたちはそれをカテゴリとしてわけるようになった。だからそれは社会じゃなくなってしまった。という言いかたですらすでに「それはすでに芸術的観点だ」と言われるようになってしまったのなら、わたしはどうすればいいのか。たぶん、たぶんだけれど、わたしたちは目がわるいんだと思う。あとたぶん頭もわるいんだと思う。それはどうしようもない。どうにかする気もなくなる。でも、だからといって生きていることが楽しくないわけでもないし、だったら、ますますどうにもしないだろう、とは思う。
 たいへんだね、世界は。にこにこ。




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