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三匹の犬「現実はきびしく私たちは若い けれど 要求は唐突で 思い切るという手もあるかもしれない」@pit北/区域

2010.03.29(23:37)

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 自分の文章はきちんと宣伝したほうがいいのでは、という疑問にとりまかれた僕が宣伝するのですけれど、「サウンド・オヴ・ミュージック」というフリーペーパーのアンケート冊子に寄稿しています。
 だいたい、2009年に「こりゃすごい」と思った本、映画、音楽、舞台、絵画などについてだらだら書いてあるだけなのですけれども、最近、「この世界にはおもしろい作品とおもしろくない作品のふたつがあって、おもしろい作品にふれたとき『おもしろい』と言ったほうがいいのではないか」と思っているふしがあり、ありすぎて竹みたいになっています。「ベスト○○」というのは基本的に破廉恥なものですけれども、わたしはそもそも破廉恥なのでどうでもいいです。
 欲しいひとはこちらのページのメールフォームからどうぞ。



 2010年3月27日(土)

 アテネ・フランセまで走り、ゴダール「映画史」を見た。眠かった。全8章あるのだけれど、だいたい1Aからすでに寝ていた。その後の断続的にとにかく寝た。「寝てばかりでは映画が見れない!」と賢いわたしは途中で気づき、ミンティアをぱくぱく食べながらがんばって見た。「映画史」の最大の弱点は「見ていてもあまりおもしろくない」という点につきると思うけれど、それでも、4Bの章でゴダールが提示する「それが映画だ」のあまりのやさしさには胸をうたれて泣けた。わたしは「映画史」は映画史でしかなく、これを原作としてきちんと映画作品化したものが「アワーミュージック」だと思った。だから「アワーミュージック」は映画だし、「映画史」は映画史だと思う。作中で「フォーエヴァー・モーツァルト」が引用されていたけれど、わたし「フォーエヴァー・モーツァルト」はやたらおもしろかった記憶があるけれどあまり憶えていないので、もういっかい見たい。この世界でいちばんきれいな赤色。
 駅から新しい住居まで歩いて帰ったけれど、10分で行けるところを30分くらいかかった。なぜなら、自分の家がどこにあるのかわからなかったからだ。



 2010年3月28日(日)

 王子にあるpit北/区域で三匹の犬「現実はきびしく私たちは若い けれど 要求は唐突で 思い切るという手もあるかもしれない」を見てきた。その話をする前にまず橋本治「日本の行く道」という本の話からはいるけれども、この本のなかで橋本治は地球温暖化などについて「これから日本はどうすべきか、まずは高層ビルをぜんぶ壊せばいんじゃね?」と言っている。「そうすりゃ中国びびるもんよ。世界全体が『え、日本何してんの? なんか意味あるの?』と言うだろう。でもそれでも実際に壊して『知らんがな。でも高層ビルなんてもう古いっしょ』と言えばいい」。この話にどれだけの現実がこめられているのかわたしは知らないけれど、とりあえずわたしたちがいちおう現実として認識している日本のなかで高層ビルが壊されることが基本的にないのなら、演劇のなかでこそ、高層ビルを壊せばいい。「チェルフィッチュびいきだ! ばかめ!」と言われてもいいけれど、この演劇のなかでやられているようなやりかたでは戦争や戦争についての距離を表現することができないと思っているこそ、チェルフィッチュはあんなふうなやりかたを選んでいるとわたしは思う。三匹の犬は戦争について語る前に高層ビルを壊すべきだと思う。テーマ的にはわたしがいちばん関心を持っているところだったので、より、のれなかった。「おまえのはらった税金でアメリカの軍艦ががんがん砲弾を撃ってるんだよ。だから日本は戦争をしてるんだよ。おまえは戦争に加担しているんだよ」という言いぐさは正しい、正しいけれど、わたしは(何度も言うけれど)正しさを信用しない。たとえば、わたしのお金でパレスチナ人が虐殺されたところでなんだというんだろうか。わたしがマクドナルドで買い物をしウィンドウズを使うたびにパレスチナ人が死ぬ。それがなんだというんだろうか。わたしのお金はわたしではない。わたしの指先がだれかを殺すとき、はたしてその指先はわたしだったんだろうか。どこまで殺せばリアルになるのか。もちろん、そんなことを訴えている演劇ではないと思うけれど、なにかがちがう。戦争についてよりよく知るために戦争に行くひとはいるのかな。戦争についてよりよく知るために演劇に行くひとはいるのかな。光瀬指絵はかわいかった。
 東京都写真美術館で「森村泰昌・なにものかへのレクイエム」を見てきた。つまらなかったわけではないけれども、この写真を見ているよりもこっちを見ているほうがたのしいと思った。
 ものすごくひさしぶりに「映画のポケット」に行った。知られざるロシア映画、どれもけっこうおもしろそうなのに、ぜんぜんちっとも上映されないというのはほんとうにどういうことだろう。えらいひとがんばって。終わったあとの飲み会で「森村さんの写真あんまよくなかった」とぶーぶー言っていたら、となりに座っていたかたが写真美術館におつとめでほんとまじですいません。恵比寿映像祭の話になったら森山さんが「ホームページが見にくすぎる」と言っていた。わたしも追従してホームページが見にくすぎると言った。ほんとまじですいません。

 

 2010年3月29日(月)

 ADSLの工事をしてもらった。回線はあるのにパソコンがない。ばか。
 いったんアパートから実家に帰った。トラン・アン・ユン「夏至」を9割くらい見た。画面にのっている色がほかの作品とあまりにちがいすぎるので、びっくりした。緑と青がとくに印象的で、ふつうの画面だとひとつひとつの色がほかの色と混ざりあってごてっとしてしまうけれど、この映画のなかではひとつひとつの色がくっきりしているので、すごくきれい。日本だと、ビルや道路などコンクリートな建物で画面が埋めつくされて、どうも画面が灰色にくすんでしまってあざやかな色を体験できることが少なくなってしまうように見えるけれど、この映画はヴェトナムが舞台で、灰色を基調とした世界じゃなくて緑色を基調にした世界をなんだかひさしぶりに見てすごく感激した。青色の洋服なんかそれだけで宝石みたいにきらっきらしていたよ。話は死ぬほどどうでもよかったので、字幕はあんまり読まずに画面ばっかり見てたよ。
 それで、トラン・アン・ユン監督の新作「ノルウェイの森」はどうなるのかな、気になる、気になる…。12月まで待てない…。




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