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椅子の下に降る雨音

2010.04.19(21:58)

 どうしてわたしはなんにもしていないのに、食べものたちはいつもあっというまに腐ってしまうんだろう。ひどい。わたしがやさしくないのがいけないのかな。やさしくなりたいと思ってばかりいると、それは醜いことだから、きゅうりとかきゃべつとかたまねぎとかが、すぐに腐っちゃうのかな。部屋が、ときどきヨーグルトのにおいがするよ。文章が現実を補完するんだろうか、それとも、現実が文章を補完するんだろうか。文章はいつだって現実よりもずっと美しかったから、わたしはそのなかにだけ愛があるって思ったよ。文章があの体育館色の箱を跳ぶようにひょいと現実を越えてしまうなら、わたしは地面にへばりついてその強度を保たなくてはいけなかった。消えてしまう!とさけんだそばからすこしずついなくなって、体育館の屋根の裏側にはきっと潰れた鳩ばかりがはりついていた。そこを見ない方法はわたしが現実でだれかを好きになるやりかたよりもたんじゅんで楽だった。呼吸をするたびに花の棘のにおがいして、喉の奥がいけない茨になっていくのがよくわかった。ちくちくしていつもうまくしゃべれなかった。その箱を跳んでいってしまうひとばかりを心配して、そのくせ、自分の手首があとどれくらいの角度まで曲がるんだろうかと試してばかりいた。暗室のなかは光しかないから暗かった。つめたい蝋燭がぽつぽつとたれおちていって、わたしはその場所をかこうようなやりかたでだれかに告白をしたかった。告白は秋の色をしていて、けれどそれは枯葉剤を撒かれたみたいにすぐに透明になっていってしまうから、わたしはやっぱり悲しいままだった。猫が2匹沈んでいるのを見ながら湖の縁を歩いて楽しかった。指の先に指があって、わたしは毎日幽霊と友達だった。湖のなかにはお風呂があって、そのお風呂のほんとうの奥底にお城が沈んでいた。でもそれはわたしとは関係なかったから電車に乗って、家に帰った。それはすごく、ふつうのやりかただった。ずっとふつうのやりかたを続けていればわたしはいつか好きな子の特別になれるかもしれないと思ったけれど、好きな子が好きになるのはずっと特別なやりかたを続けてきたふつうのひとだった。たとえば蛍光灯から血が流れていくのなら、それを見つづけていられるのかな。いつかそれを見ないでもいいって思える日がくるのかな。散文の奥にはおにぎりを頬張った獣がいて、わたしはいつもお団子を持ってうろうろしていた。しまうま、ぞう、ありくい、たくさんの動物が腐乱しているすぐそばに、わたしの好きな子の内蔵が落ちていた。そばにいたい。内臓のそばにいたいってほんとうに思った。でもわたしのほんとうはあまり確約のないほんとうで、約束すればするほど、わたしは約束を裏切る機会がひとつ増えたとよろこんで、約束の場所まで行った。約束された場所には信号機がいた。信号機は赤と黄色のあいだでずっと点滅していて、それは故障していた。わたしは信号機の横で佇んでばかりいて、日が暮れると、電車に乗って家に帰った。それもすごく、ふつうのやりかただった。わたしが約束を裏切る前にあの子が約束を裏切ってくれてよかったって、こころから思った。わたしはあの子のことが好きだから、わたしが約束を裏切るのはいやだけれど、あの子が約束を裏切るのはそんなにいやでもなかった。あの子が約束を裏切ればわたしは電車に乗って家に帰るだけだけれど、わたしが約束を裏切ればあの子は電車に乗って帰るだけじゃすまないだろうってしんから思った。あの子はそういう子だった。だからわたしはあの子が好きだった。椅子の裏では雨が降っていた。わたしは傘をさして椅子の下に座って、雨音を聴いていた。こんなに晴れ晴れとした世界のなかで、ひとつきり雨のなかにいるわたしは有害なひとだった。椅子の下は雨なのに、まるでわたしが世界に雨を降らしているみたいだとすこしだけ思うと、太陽が雨に見えた。そっと指先を伸ばすと傘が落ちて、あの子が雨どいを伝う音が聞こえた。受けとらなくちゃいけないとわたしは思った。だからわたしはそのときひとつのたいせつだった。

   ☆☆☆

 たとえ私は機械(タイプライター)で書く作家ではないとしても、少なくともこの機械が叩く紙でありたい。たとえ私は機械の技術者ではないとしても、少なくともこの機械が用い、処理する生きた材料でありたい。

 たとえばこう書いた作家がいた。それはほんとうに板ばさみの強度だった。そのなかでだけ彼は意味するものでもなく、意味されるものではないものになれると思ったのかもしれない。その場所は作品でもなく、作家でもなかった。その場所は文章ですらなかった。たとえばそこは、雨が降りそそぐ椅子の下だとわたしは思う。
 会社でクリスタルカイザーを買って、ふたを開けようと、研修中講義をまったく聞かずに2時間がんばった。開かなかった。右人差し指の皮膚が破けて血豆ができて、左手のひらの皮が2箇所はがれて、じんじん痛い。わたしは人生で2回だけしかクリスタルカイザーを買ったことがないけれどいっつもちゃんと開かない。みんなふつうにくぴくぴクリスタルカイザーを飲んでいるけれど、どうやってあのふたを開けているのかよくわからなくて、悲しい。3回目にクリスタルカイザーを買う頃にはわたしの手首から先はふきとんでいるだろう。だからもう買わない。クリスタルカイザーこわい。この前迫られた熟女にうっかり金曜日にデートの約束をとりつけられてしまって、わたしはほんとうにほんとうにいやで、今週はもういまからいやだいやだと思っていて、冗談じゃなくていやだ。金曜が終わればそのあとの土日、その次の週から微妙に始まるゴールデン・ウィーク、など、楽しいイベントばかりなので、決戦は金曜日だ。わたしが死ぬのか、熟女が死ぬのか。




コメント
前半は美しい散文詩ですね。桜井さんの小説か詩集が出たらソッコーで買います。でも、1800円以内にして下さいね。
で、「神のみぞ知るセカイ」のアニメ化が決まったのでわたしの頭で蝉がさわいでいます。でも、福山潤とか堀江由衣とかよく分かりません。ハクア役は伊藤静にしてね!
【2010/04/22 17:07】 | 上田洋一 #- | [edit]
3行目までは日記だと思って書きはじめたのに、どうしてこんなことになっちゃうんでしょう。
こういうものを書くたびに、「僕は詩があいかわらず書けないんだな!」と思います。
1800円で売ります。20ページくらいで。ぼったくりたいです。
【2010/04/22 23:29】 | 桜井晴也 #oSfzfPCQ | [edit]
ちょっと頭が沸騰してて少年漫画ネタに暴走してしまいました。すみません。
「小説とか書くのにコナン・ドイル級の風景描写力があれば、鬼に金・・・」と書きかけましたけど、現代小説には風景描写力ははたして必要なのかなーとも思いました。
20ページで1800円ですか。うーん、120ページで手を打ちます。
【2010/04/27 17:26】 | 上田洋一 #- | [edit]
風景描写力はふつうに必要なのだと思うのですよ。だって、風景書かなかったらページがうまらなくてたいへんなことになるのですから、きっと、みんながんばって風景を書いてページをせっせと埋めているのだと思うのです。
120ページ1800円でいいです。よくないです。詩集なら安い値段です。詩集高い。
【2010/04/27 20:45】 | 桜井晴也 #oSfzfPCQ | [edit]
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