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踏みつぶされたサラダだけを可哀想と思わない人たちへ

2010.05.09(00:40)

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 金曜日は会社が終わったあと、家でごろごろして、ユーロスペースまで行きカネフスキー「ぼくら、20世紀の子供たち」を見てきた。乳白色のオープニングですでにぼうっとなってしまうし、冒頭のあかちゃんのシーンはパラジャーノフを思いだしてしまう。この映像はひとやものがとてもくっきりとうつっている。カネフスキーはひとの声ではなく、音楽を撮っているんだと思う。ひとつひとつのものがくっきりとしていたから、わたしははっきりと背後の子供まで見ることができた。ときどき、映画を見ていると、「どうしてこの主人公のまわりには3人くらいしかひとがいないんだろう。まるで世界が4人でできているみたいじゃないか」と思うことがある。でも、カネフスキーのこの映画にうつっている子供たちには関わっているひとがたくさんいるんだと思う。話しかたや動きからその世界の背景がくっきり浮かびあがってきて、わたしはとてもきれいだし、リアルだと思う。だいたいの監督はそのひとを撮ることはできるけれど、そのひとの関係までは撮ることはできない。だからカネフスキーはすごく特別なことをしていると思う。
 パーヴェルとディナーラの会話シーンはやさしくて、愛しい。わたしもわたしが好きなひととはあんなふうに会話を始めたいと思う。いつも。
 映画が終わったあと右のほうを見たら、藤野さんにしか見えないひとがいて、でも藤野さんにしか見えないひとが藤野さんだとはかぎらないわけだし、「たとえばたぬきが化けているだけかも」と思ってでてロビーで待っていたら藤野さんにしか見えないひとが話しかけてきたからそれは藤野さんだった。にこにこした。雨が降っていた。傘をさして駅まで歩いた。「電車はすごいですよね。おおきいし」と彼女は言っていた。「明日早稲田松竹に行かなきゃ」と言ったら「晴れますよ」と彼女は言った。

   ◇◇◇

 晴れた。今日は品川の原美術館に行き、「ヤン・フードン 将軍的微笑」を見てきた。いちばんよかったのは50分を越えるモノクロの映像だった。冒頭から牛の首をナイフでぎっこぎっこ切って血がどばどばでて、「これはやばいな」と思って寝ていたら48分くらいたっていて、起きたら、男のひとがハンマーで牛を殴り殺していた。もー。
 高田馬場まで行き、早稲田松竹でヴェラ・ヒティロヴァー監督「ひなぎく」、ゲオルギー・ダネリア監督「不思議惑星キン・ザ・ザ」を見た。
「ひなぎく」は2年くらいまえからずっと見たいと思っていたけれど、わたしの知るかぎり上映してくれていなかったので、やっと見ることができた。パラジャーノフ、ゴダール、中平康、と見ているうちにいろいろな映画を思いださせてくれるのがうれしい。「ガールズ系おしゃれ映画でしょ?」、「『アメリ』の毛を剃ったような映画でしょ?」とかものすごくてきとうに思っていたけれど、微妙な感じにはずれた。チェコ映画はたいてい悪趣味だけれど、この映画もどうどうたるチェコっぷりを発揮して、最悪だった。すくなくとも「アメリ」なら食べものをおいしそうに食べ、しかもそれはおいしそうだろう。でもこの映画のなかのひとたちはとてもおいしそうに食べものをたべるくせに、どれひとつしておいしそうじゃない。どうしてあんなおいしそうな食べものたちをあんなにまずそうに撮れるのかわたしにはさっぱりわからない。チェコ映画の真髄を見たような気がする。とくに彼女たちがだれからも存在に気づかれなくなってしまったあと、パーティ会場みたいなところでテーブルいっぱいの料理を食べるシーンなんて、まれに見る最低っぷりだ。ケーキを投げあい、ぐちゃぐちゃにして、テーブルの上を歩いて料理を踏みつぶしていく。圧倒的に物悲しいのはそのあとのシーンだけれど、実際に見たほうがいいので、早稲田松竹に駆けつけるべきだと思う。映像もモノクロ写真の連続を見ているようですごくきれい。とくに妹がかわいかった。とくに妹がかわいかった。

 踏みつぶされたサラダだけを可哀想と思わない人たちへこの映画を捧げる
                 ――ヒティロヴァー


「不思議惑星キン・ザ・ザ」はソ連のカルトSF映画。これもようやく見ることができたけれど、ものすごくおもしろかった。感想はとくにない。でも12回くらい笑った。言語がものすごくて「キュー」(罵倒語)、「クー」(それ以外のすべてを表す)の2種類しかない。すごく便利。わたしはこれからはキューとクーで生きたい。クー。
 来週からはキェシロフスキ「トリコロール3部作」が始まる。「トリコロール3部作」は「トリコロール3部作」なので見にいかなくちゃいけない。しばらく、土曜日のたびに早稲田松竹に行かなくちゃいけない。早稲田松竹がわたしのとなりのお部屋にひっこしてくればいいのに。

   ◇◇◇

 後藤明生「挟み撃ち」を読んでいるけれど、すごい小説だ。えんえんひとりのりつっこみをくりひろげている。「知るか!」と思わずさけびたくなる。これが読者までまきこむということか。むむむ!




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