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空洞

2010.05.16(02:27)

「悪」と戦う「悪」と戦う
(2010/05/17)
高橋 源一郎

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 高橋源一郎「『悪』と戦う」を165ページまで読みました。この本の感想を述べるまえに、わたしはまずエリック・ロメール監督「我が至上の愛」という映画について話さなければなりません。この映画を見たとき、わたしは「なんだこれは?」と思いました。そして眠りました。わたしにはこの映画をうまく形容する言葉がどうしても見つからなかったのです。この映画は5世紀を舞台にしています。そして、ひとはふつう、そんなだれも見たことのないおおむかしを舞台にするとき、役者にいかにもおおむかしのようなかっこうをさせ、いかにもおおむかしのような演技をさせるのです。なぜなら、監督はまず観客に「これはおおむかしを舞台にした作品なんだよ!」ということをわからせないといけないからです。そしてひとはそういう撮りかたをあたりまえだと思い、それを「映画」と呼んでいたのです。けれど、わたしたちはほんとうはそれが現代の技術を結集してつくられたにせものだということを知っているのです。なぜなら、たとえば、わたしたちは「トロイ」という映画のなかで剣をふっているのがブラッド・ピットだということを知っているからです。わたしたちはその映画のなかの舞台がトロイア戦争ということをよく知り、かつ、それが現代の映画だということを知っているのです。そしてわたしたちは映画とはそういうものだと思っているのです。それがアメリカの映画だと知っているのです。「我が至上の愛」という映画はほんとうにひどい映画です。役者たちは学芸会でやる演劇のような粗末な服を身につけ、歯の浮くような台詞を棒読みでしゃべります。映画はてきとうに進んで、終わりがきたのでてきとうに終わるのです。わたしはそれがスクリーンにうつしだされていたからそれが映画だとわかることができましたし、エリック・ロメールというひとが映画監督であるということもよく知っていたので、そのひとの作品が映画だとわかることができました。でも、さいきんわたしはよくこの映画のことを思いだしては、「あれはいったいなんだったんだろう」と思うのです。 
 たとえば、わたしはゴダール「気狂いピエロ」やヒティロヴァー「ひなぎく」については「アートだ」とか「芸術だ」とか言えそうな気がします。同じように、「トロイ」についても「エンターテインメントだ」と言えそうな気がします。というよりも、わたしたちは無意識のうちに「気狂いピエロ」や「ひなぎく」をアートと呼び、「トロイ」をエンターテインメントだと呼ぶように教わってきたのです。けれど、ロメール「我が至上の愛」はエンターテインメントではもちろんありませんが、アートですらないのです。だったらなんなのだろう。わたしはそう考えましたが、どうしてもわかることができませんでした。あの映画のなかでひとびとは粗末な服を来てばかみたいな台詞を吐き、おいおい泣いているだけなのです。わたしには役者たちがなにを思ってそんなに泣いているのか、さっぱりわからなかったのです。わたしは、「わけのわからない」と言われる映画をわたしなりにたくさん見ました。フィリップ・ガレル「内なる傷痕」、パラジャーノフ「ざくろの色」、ロベール・ブレッソン「たぶん悪魔が」、ツァイ・ミンリャン「楽日」。どれもわたしにはわけがわかりませんでした。役者たちがなにをしてなにをしゃべっているのか、わたしにはひとつたりとも理解できませんでした。でも、それらはいわゆるアートでした。なぜなら、わたしはそういう映画を見ているうちにそういう映画をアートだと呼ぶということを覚えてしまったからです。けれど、なんども言いますが、ロメール「我が至上の愛」はアートですらないのです。それは、おそらく監督が映画を撮る気がないからだとわたしには思えます。わたしの想像では、ロメールは「画面になんかうつってりゃいいんだろ」としか思っていないのです。「台詞なんかそれっぽいのをてきとうに書いとけばいいんだろ」としか思っていないのです。あるいはロメールは映画を撮ることに飽きてしまったのかもしれません。この映画が公開されたとき、ロメールは87歳でした。彼は50年も映画を撮っているのです。だから、ロメールは映画なんて撮る必要はないと思っていたのかもしれません。わたしはボブ・ディランの「クリスマス・イン・ザ・ハート」を聴いたとき、「なんてアルバムなんだ!」と思いました。それは、ボブ・ディランが「もう歌ってりゃなんでもいいんだろ」と思っているようにしか思えなかったからです。かつて、ボブ・ディランが「僕はもうたくさん曲をつくったので、もう曲をつくることはないじゃないか」と発言しました。そしてその後、彼は新しく曲を書きました。同じように、ロメールも映画を撮りつづけたのです。でも、ロメールの撮ったものは映画ですらなくなっていたのです。それを形容する言葉は、おそらくまだこの世界にはないのです。すくなくとも、わたしはまだその言葉を知らないのです。
 高橋源一郎の「『悪』と戦う」を読んだとき、わたしはまずだいいちに「これは小説ですらない」と思いました。かといって、「我が至上の愛」とどうよう、それがいったいなんなのか、わたしにはわかることができないのです。「日本軍」がでてきたとき、「舞城王太郎だ」とわたしは思いました。けれど、それもすこしちがうのです。舞城王太郎は小説を書いていますが、高橋源一郎は小説を書いていないのです。というよりも、むしろ、この小説は「小説である」ことを巧妙に排して書かれているように見えます。だから、これは小説ではないのです。わたしは高橋源一郎の小説を読むまえにトルストイの「イワンのばか」という本を読んでいました。それはトルストイの書いた民話だったのです。わたしはトルストイのことにはくわしくありませんが、彼は晩年、道徳化、教化に強い関心を抱いたそうです。この本もそういう要素が散りばめられています。それは物語でした。トルストイはおそらくそういう方法をひとつの手段として選んだのです。そして高橋源一郎もそういう方法をひとつの手段として選んでいるのです。
 さいきん、わたしは「わたしのポストモダンの理解は『中身がなくなり構造だけがのこった』というものにすぎない」と言いました。それではモダン、近代とはなんだったんでしょうか。わたしの考えでは、近代にはふたりのにんげんがいました。ひとりは「ばかなひと」で、もうひとりは「かしこいひと」です。そして、近代という時代において、「かしこいひと」が「ばかなひと」にせっせとなにかを教えていたのです。近代というのはそういう構造でなりたっていたのです。そしてその結果、現代では「ばかなひと」がいなくなり、「かしこいひと」と「かしこいひと」しかいなくなってしまったのです。「かしこいひと」は「かしこいひと」になにかを教えようとしますが、教えられるひともまた「かしこいひと」なので、「かしこいひと」は「かしこいひと」になにかを教えることがうまくできないようになりました。わたしたちはおとながばかだということを知っているし、芸術家もばかだということを知っているのです。そしておとなや芸術家もまたわたしたちがばかだということを知っているのです。フランス革命とは、けっきょくのところ、「俺たちみんなかしこくなろうよ」と言ったにすぎないのです。彼らはかしこくなるために、コンコルド広場でせっせと貴族たちの首を切っていったのです。「ポストモダンでは構造だけがのこった」と言いました。おそらく、現在のわたしたちの世界には「だれかがだれかになにかを教える」という構造だけしかのこっていないのです。
 ドストエフスキー、トルストイ、わたしが近代の文学を読むとき、そこにはなにかしらの強度があるように思います。わたしはそれが言葉の強度のことだと思っていましたが、それはけっきょく「内容」だったのではないかと考えるようになりました。「内容」というのは「かしこいひとがばかなひとに教えるなにか」ということです。それはドストエフスキーやトルストイら教化的な文学ではないものを読んだときにも感じることでした。たとえその文学が教化的なものではないとしても、それらの文章には「かしこいひとがばかなひとに教えるなにか」がこびりついているように見えました。それはおそらく現代の文章では失われてしまった「なにか」なのです。そして、おそらくわたしたちはもう「ばかなひと」はだれもいないのに、それでも「ばかなひと」に向けてなにかを教えようとしているのです。なぜなら、わたしたちはずっとそういうやりかたで小説を書いてきたからです。というよりも、ほとんどの場合、わたしたちはそういうやりかたでしか小説を書くことができないのです。現代文学と近代文学は同じものです。ただひとつちがうとすれば、「かしこいひとがばかなひとに教えるなにか」がなくなっただけです。アートとは、芸術とは、現代文学とは、「かしこいひとがばかなひとに教えるなにか」にたいして外側からつけられた別名にすぎなかったのです。だから現代文学にはもはや中身というものがないのです。そこはぽっかりひらいた空洞があるだけなのです。かつて村上春樹はそれを「井戸」と名づけました。でも、わたしたちはそれをのぞくばかりで井戸のなかにはいろうとしないのです。そして、わたしが「ねじまき鳥クロニクル」を読んでいくつかの感動を覚えるのは、主人公が井戸のなかにはいっていったからなのです。わたしたちはその空洞を一度体験しないといけないのです。かりにワタナベくんがほんとうに緑に語りかけたかったならば、彼は一度井戸のなかにはいってみるべきだったのです。でも、彼は井戸にははいりませんでした。空洞の体験とは小説を否定することだったからです。空洞をのぞきこむことで小説をやっと保ってきたわたしたちには空洞を体験することが不可能だったのです。けれど、わたしはわたしたちが21世紀になって、ようやく、すこしずつではあるけれど、空洞を体験できるようになってきたように思えます。
 ボーヴォワールというひとは「人間について」という本のなかで、こう言っています。

 わたくしがその裡に自分の存在を認めるもののみが、わたくしのものなのです。そして、わたくしが自分の存在を認めることができるのは、それが参加している場合でしかありません。

 村上春樹「風の歌を聴け」も、高橋源一郎「さようなら、ギャングたち」も、「空洞を見つめる」小説でした。だからわたしたちはそれを「新しい」と言ったのです。かつてはそれが希望だったのです。でももうそういうことはやめようじゃないか、とわたしは思うのです。かりに現代文学に近代文学と同じかそれ以上の強度を求めたいと思うのならば、「ないもの」を「あるもの」に見せかけるのではなく、「ないもの」にわたしたち自身が参加するべきなのです。いまはまだ多くのひとが「ない、ない!」と言っているだけです。それはただしいのです。なぜなら、もうこの世界にはなにもないからです。他人にあたえるものがないならば、他人からあたえられるものもないのです。わたしはいぜん「わたしと他人が関係しないことはかなしいことではないと思った」と言いました。わたしは空洞でした。けれど、おそらく他人も、わたしが好きなひとたちも、みんな空洞だったのです。そしてそれはやはりかなしむべきことではないのです。たとえば自分の好きなひとに「愛している」と言うことは「ないもの」を「あるもの」に見せかけている以上、不可能なのです。けれど、わたしたちが空洞になるときにだけ、それはほんのすこしだけ可能になるのかもしれないのです。この世界でわたしたちが参加できるのは、せいぜい空洞ぐらいなものだと思うのです。
 長くなりましたが、高橋源一郎「『悪』と戦う」は高橋源一郎が空洞に参加して書いた小説だと思う、というのがわたしの暫定的な結論です。ほかのほとんどの小説にはなにもありませんが、この小説には空洞だけがあります。そしてそれはおそらく愛だけがあると言うこととたいしてかわりがないことなのです。




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